
ほたるのうた〈2. まみこ 3. プラネタリウム〉
2章 まみこ
ママがお茶を飲みながら、おまんじゅうを食べる横で、ちあは宿題の音読を終わらせた。そして、ケータイを手に取った。
「あー! まみこからメッセージきてた」
まみこは、ちあの幼なじみだ。6年生になる前に、転校してしまった。でも、それまでは毎日一緒に遊んだし、今でも一番の仲良しだ。キッズケータイの連絡先登録は、家族だけがルールだけど、まみこだけは特別だった。それはまみこの方も同じで、一日に3回までのルールで、ショートメールを送り合う。
「まみこちゃん、なんだって?」
「さっきの地震、こわかったねって」
「心配してくれたのかもね」
「あ~あ、まみこがいればなあ」
「でも、今はそうやってメールできるんだから」
「うんー……」
「もうすぐおとまり会じゃない。ほたる、見られるといいわね」
「うん」
来月ちあは、まみこの家へ、とまりで遊びに行くことになっていた。家の近くで、ほたるが見られるらしいのと、6月生まれのまみことちあの誕生日も祝いたいと、まみこのお母さんがさそってくれた。ママは夜勤に入る日で、仕事前に、車で送ってくれることになっている。
(楽しみだけど、ちょっとドキドキ)
ちあは、そんな気分だった。
まみことちあの出会いは、小1のとき。クラスが一緒だったのだけど、名前の順でははなれているし、どうやって仲良くなったのか、もう覚えていなかった。ただ、ふたりにはいくつも共通点があって、それは、ふたりとも6月生まれということと、4才年上のお姉ちゃんがいるっていうこと。それから、家で犬を飼っているということ。
まみこの家の犬はモフという名前。モフもサリーも大きな犬だけど、だいぶタイプはちがう。サリーは長い毛、耳は寝ていて、モフは短い毛、耳は立ってる。
そんなふたりは、帰り道も同じ方向だったから、クラスがえで組が別々になっても、一緒に帰っていた。最初に到着するのは、ちあの家。げんかん前にランドセルを置いて、ちょっとしゃべったりする。ほかの子も遊ぶこともあったけど、みんなが帰っても、まみこは、すぐには帰らなかった。
「サリーちゃん、ただいまあ。あ~、このもふもふ! サリーちゃんはかわいいねえ」
まみこはそう言って、サリーのことをめちゃくちゃにかわいがり、バイバイのときはなごりおしそうだった。そして「はやくモフ子に会いたいー」って言いながら、走って帰った。
「サリー、ただいま」
(あ、ちあちゃんだ。おかえりー)
まみこのはげしいナデナデ攻撃をくらい、ボサボサになったサリーは、いつ見てもちょっと笑える。
ちょうど帰ってきたお姉ちゃんと、まみこが、すれちがうこともあった。
「ただいま。あ、まみこちゃんだ。大きくなったねえ。わーやっぱり姉妹って似てるもんだね、あきちゃんそっくり。またねー」
「おじゃましましたあ、ちあ、ばいばーい」
「ばいばーい。お姉ちゃん、今日、帰るの早いね」
「テストがあるからね」
「ふうん」
お姉ちゃん同士は同じクラスになったことはなく、ちあ達みたいに特別に親しいわけではない。そして、まみこは、お姉ちゃんのあきちゃんと、確かによく似ていた。ちあとりさは、あんまり似ていないらしく、ちあはパパ似で、お姉ちゃんはママ似らしい。それでも、
「はい、もしもし、颯田ですけど」
電話に出るちあの声を、ママとかんちがいして話し始めてしまう人もいた。お姉ちゃんもそうらしいから、ちあとお姉ちゃんの声も、似ているってことなのだろう。
ママには、親せきからの電話があったり、ご近所さんが家までたずねてくることが、よくあった。看護師さんは、何かしらたよりにされて、いそがしいんだ。
そういえば、5年生になってすぐのころ、学校でまみこが言った。
「きのう、ちあの家まで行ったんだ」
「え、なんで、いつ?」
「夕方だよ。ちあの家の方に救急車が行ったんだよね。ウーウーってサイレンならして。なんかよくわかんないけど、わたし心配になっちゃって、走って見に行っちゃった」
「えー!」
「で、ちあの家はどうやら何事もなかったから、よかったなと。で、ちょっとサリーと遊んでった」
「えー! わたし、家いたよ! よんでくれたらよかったのに」
ちあはつい、おこったように声をあらげてしまったけど、実はただ、びっくりしていた。まみこも、そういうことを考えるんだって。そして、それをこんなふうに話してもいいんだって、ちあは知らなかった。それに、わざわざうちまで来たなんて。きっとまみこは、走ったんだろう。まみこは足が速いから。
ちあは、むねがじんわりと、あったかくなるのを感じた。
(まみこは心配の力を、わたしのために使って、走ったんだ)
ちあにはそう、思えた。そして、
(わたしも走ろう。何かのときには、まみこのために走るんだ)
そう、心に決めた。
3章 プラネタリウム
その年の夏休み。ちあとまみこは、よく児童館へ出かけた。ふたりの家のちょうど真ん中くらいにある文房具屋さんでまちあわせ。高学年になって、子どもだけでどうどうと自転車で出かけられる。それは、とても大人に近づいたような気がするものだった。
児童館では、1日に何回かプラネタリウムの投影があった。ふたりはそれを見るのが好きで、毎週のように見ても、惑星が目の前にせまってくるシーンでは、決まって「きゃー!」と悲鳴を上げた。そしてふたご座のおはなしには「うちら、うちら」と言って喜んだ。
―ふたご座のα星はカストル、β星はポルックスと名前が付けられていて、冬の夜空に仲良くならんでいるのが見られます―
そして、上映の終わりに、解説の人が「だんだん、朝になります」と言うと、満天の星空は西の空へとしずみ始めて、空は東からだんだんと白んでいく。星の数が少なくなるかわりに、町の明かりがふえる。それは、児童館の屋上から撮影したこの町の景色だった。でも、ちあの家もまみこの家も見つからないまま、朝はやって来てしまうんだ。
「あれさあ、何年前の写真なんだろう」
夏休み最後の日。児童館からの帰り道に、ふいにまみこがそう言った。
「だってさ、うちも、ちあんちも見えないし。最新の写真を使ってほしいな。きのうの写真とかだったら良くない? それがムリでも、せめて1か月ごととか。とり直してほしいよね」
「こだわるねえ」
思わず、ちあは笑うが、まみこは続けて言った。
「うちらが、生まれる前の写真かもしれないよ」
「どうだろうねえ」
「うちらがいないのに、朝が来ましたって言われても、なんか、ふーんって感じ」
「そう?」
「そうだよ。ちゃんと、今の、わたしたちの朝であってほしいのに」
「そっか」
ちあは、うなづいて見せたけど、本当のところは、まみこのこだわる理由がいまいちよく分からなかった。まみこは、変なところで真面目なときがある。
「でもさ、それを言ったら、星の光も、ずっとむかしに光ったのが、今地球にとどいているらしいじゃん。もう、死んじゃった星の光を、わたしたちは見ているかもしれないって」
まみこは、それには返事をしなかった。
バイバイの文房具屋まで帰ってきた。ちょうどお店のおばさんが、外にはき掃除をしに出ていて2人はあいさつをする。そして、ふたりは別れた。
「じゃね」
「じゃあね、明日、学校で」
「明日、一緒に帰ろうね」
「うん。ばいばい」
そして、プラネタリウムの朝の景色にちゃんと写っている小学校からの、また、いつもの帰り道。ちあの家で、まみこ今日もしばらくサリーと遊んだ。
「また、まみこがより道してるー」
と、友達のだれかが言った。なれっこだし、別に気にしないけど、まあそういうこと。
「おくるよ」
「いえーい」
(あれっ、今日はまみこ、ランドセルを置かなかったんだな)
今までこうして、ちあがまみこの家までついて行くこともあったけど、夏休みは一度も行かなかったから、モフに会うのも久しぶり。
まみこの帰りを待っていたモフが、ちあに気がついて、しっぽのふりを倍速にした。ちあも、モフをなでる。
「いらっしゃい」
まみこのおばさんが、外に、麦茶を持ってきてくれた。
「いただきます」
ちあは、それを受けとり、一気で飲みほした。
「ちあちゃん、気をつけて帰ってね。お母さんに、よろしく伝えてね」
「あ、はーい。まみこ、じゃあねー」
少し遊ぶつもりだったんだけどな。ちあは、しかたなく歩きはじめた。
後ろで、ドアがバタンとしまる音がした。ちあは、ふりむいて、モフに手をふる。ふいに、まどから、カーテンのむこうにだれかが寝ているのが見えた。
あとから分かったけど、あれはまみこのお父さんだった。