
ここは仮の居場所だと、ずっと言い聞かせてきた。
こんにちは、ひさねなです。
私はいま主婦です。外に働きには出ていなくて、在宅でデータ入力の仕事をしながら日々noteを書いています。
これが私の現在地です。
・・・そう。まぎれもなくこれが事実。
なのにね。
私はずっと、この現在地を「仮の居場所」だと思って生きてきました。
そうすれば、いつだってお客さんの顔で、覚悟を引き受けずにここにいられるから。
◇
気づいたのは些細な瞬間。
さっき自宅でトイレに行くのに、リビングから廊下を歩いて引き戸をスライドさせたときでした。
「私って、家事やるときいつも『とりあえず』って思ってない?」
で、すごく怖くなった。
だって、家事やるのが今の私の仕事なのに。
それをいつも「とりあえず」って思ってたなんて。
私は、今の自分の人生を、どこかで「まだ始まっていないもの」扱いしてたんだと思います。
◇
同時に、腑に落ちたことがあってね。
私、記事書くのに熱中しちゃって、夕飯作り始めるのが遅くなっちゃたり、家族団らんの時間にひとりパソコン開いて作業してたんです。
それを、「私はnoteが好きだから♡」だと思っていました。
その側面ももちろんあると思うけれど、そうやって本来家事にとりかかる時間を侵食することで、時間が足りなくなって、結果、いろんな家事を「バタバタと慌てて」やるようになってたんです。
「だってさ。家事は『とりあえず』だもん。私の人生にとって。」
・・・ずーっと、こう思ってたんだ。私。
◇
それでも、時間と気持ちに余裕があって、家事と丁寧に向き合うこともあるんです。
そんな時はすごく気持ちが良くてね。毎日やってる何気ない家事が楽しく感じられて、その時間が豊かだなぁって思える。
でも同時に、「こんなことに満足してちゃいけない。私にはもっと大きな使命があって、いずれは社会に出て活躍しなきゃ!」っていう圧が、常にあるんです。
それは本当に、ずーっと流れている通奏低音のようなもので、あまりに自然に背景と一体化していて、その圧があることが見えなくなってたくらいなの。
◇
「いずれは社会で活躍しなきゃ!」っていう圧の存在。
うすうす感じてはいたけれど、今日、この記事を書きながらその存在がはっきり分かったのはホント収穫。
でもなにより、自分がいま生きている場所を「仮の居場所」だと思っていたことに、絶望に近い驚きと、「仮なんかじゃなくて、ここが今の私の居場所なんだ」って気づけて、肚がくくれた感じがしています。
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