
手間をかける心地よさ。食器を手洗いして気づいたこと
こんにちは、ひさねなです。
今回は、今朝の気づきをシェアさせてくださいね。
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朝ごはんを終えて、いつもなら食洗機に任せてしまう食器たち。今日はなんとなく気が向いたので、手で洗ってみました。
スポンジに軽く水を含ませてから、液体洗剤を回しかけて。水で軽くすすいであったお茶碗を、順番に洗っていきます。
大きい順に洗って重ねていって。同じように味噌汁椀も洗って、でもこれは重ねるとピタっと密着しすぎてすすぐ時に外れなくなることがあるから、重ねずにシンクに置いて。
次におかずを乗せるのに使っていたお皿。お箸。ここまででいったんすすいで、シンクを空に。
そして今度は、お弁当用に使った卵焼き用のフライパンとか菜箸とか、調理器具をあといくつか。泡立てたスポンジで洗って、水ですすいで、洗いカゴに並べていく。
今日は時間に余裕があったせいか、洗いながら次の家事のことや時間の心配をすることもなかったので、ただ洗うことに集中できました。
そういうときって、ただ洗ってるだけなのに心が落ち着いていくんですよね。
食器洗いが終わってから、「どうして人は、手間をかけることを心地よいと感じるんだろう?」と考えてみました。
便利なものはたくさんあって、食洗機も間違いなくありがたい存在です。でも、手を動かしながら「いまこの瞬間」に意識を向けていると、自分の中が静かになっていって、そうすると五感が敏感になってきます。
スポンジを持つ右手、かわるがわる食器を持つ左手、泡の感触、水の冷たさ、両足裏にかかる体重や視野の変化、頭の位置によって首や肩にかかってくる体重の変化…
そういうものを感じているとき、それがそのまま「生きている実感」になっているのかも。そう思ったのです。
だから私、洗濯物をたたむのも何となく好きなんだ!と気づいたのは、おまけの話(笑)
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