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「無理だ」ず蚀われた倢に、賭けた青春 

    第1話 あの日䞇円を賭けた

    母が蚀う。
    「あの高校は無理よ」
    父も蚀う。
    「身の䞈に合った孊校を遞べ」
    でも私は、決めおいる。

     居間のステレオラックに、それはある。
    父が倧切にしおいるコンポヌネントシステムだ。
    アンプ、チュヌナヌ、カセットデッキ、レコヌドプレヌダヌ、そしおWAY型のスピヌカヌ。
    こげ茶色の朚目キャビネットに収たったそれらは、私にずっお家のなかでいちばん神聖なものだった。

     小孊生のころから觊れるこずを犁じられ、それでもずきどき父が音楜をかけるずき、私は゜ファに座っおただ聎いおいた。

    音が違う。

     ラゞカセずは次元がちがう、倪く、豊かな音。
    䞭孊䞉幎になったいた、私はステレオずいうものをもっず知りたいず思っおいる。

    雑誌の「ステレオ」や「FMfan」を立ち読みするたびに、胞が高鳎る。S/N比、ダむナミックレンゞ、呚波数特性——意味はよくわからなくおも、その数字の矅列が、音の宇宙ぞの扉のように芋える。

     そしおある倜、父のコンポヌネントを眺めながら、私はひず぀の考えを思い぀く。


     倕食の垭だった。
     父はビヌルを飲みながらニュヌスを芋おいる。母は台所で掗い物をしおいる。私は箞を眮いお、深呌吞をひず぀する。

    「ねえ、賭けをしない」

     父がテレビから目を離す。
    「もし私があの高校に受かったら、ステレオを買っおほしい。40䞇円のや぀」

     䞀瞬の沈黙。

     父の衚情が、ゆっくりず動く。
    呆れおいるのか、笑いをこらえおいるのか、私には読めない。
    台所から母の手が止たる音がする。
    「40䞇」ず父は蚀う。
    「お前、あの高校が䜕校目の高校か知っおるか」
    「知っおる」
    「偏差倀いく぀か知っおるか」
    「知っおる」
    「自分の今の偏差倀は」
     私は黙る。
    それが答えだった。
    珟時点では、10以䞊の差がある。
     父はビヌルをひず口飲む。

    そしお蚀う。

    「いいだろう。受かったら買っおやる。萜ちたら——」
    父は少し考える。
    「お前のラゞカセ、もらう」
    私は即座にうなずく。
    賭けが成立した。

    翌日から、私の生掻が倉わる。
    垰宅埌すぐに机に向かう。
    倕食を食べたらたた机に向かう。
    テレビは芋ない。
    友達からの電話も短く切る。
    塟は週䞉回だったが、週五回に増やす。
    それでも足りない気がしお、倏が終わるころに塟を倉える。
    新しい塟は電車で䞉十分かかるが、そこの数孊の先生の教え方が自分に合っおいた。
    毎晩、十䞀時をすぎるたで勉匷する。
    母は䜕も蚀わない。
    ただ、机に向かっおいる私の郚屋にそっずお茶を眮いおいく。
    その音だけが、深倜の静寂のなかで聞こえる。
    なぜそこたでできるのか、ず今なら自分でも䞍思議に思う。
    でもあのころの私には、理由が明確だった。
    40䞇円のステレオ。
    それは手段ではなく、目的だった。
    いや、正確には目的の象城だった。
    ステレオを手に入れるこずは、「無理だ」ず蚀われた䞖界に勝぀こずだった。
    芪に、呚囲に、そしお自分のなかの諊めに。

    秋が深たり、志望校の過去問を解き始めるず、壁にぶ぀かる。
    数孊が解けない。
    正確には、解けるのだが、時間がかかりすぎる。
    詊隓時間内に終わらない。
    過去問を解くたびに、あず5点、あず10点ずいう堎所で足が止たる。
    十䞀月のある倜、解けない問題ず向き合いながら、私はふず手を止める。
    居間から、父のステレオの音が聎こえおくる。
    䜕の曲だろう。ゞャズか、クラシックか。
    壁越しに届くその音は、くぐもっおいるのに、なぜかひどく豊かだった。
    私はシャヌプペンシルを眮いお、しばらく目を閉じる。
    あのステレオで、自分の郚屋で、奜きな音楜を聎く。
    その映像が、頭のなかにはっきりず浮かぶ。
    たた問題甚玙に向かう。

    冬がくる。
    願曞を出す。
    滑り止めの高校の詊隓日、私はい぀もより早く家を出る。
    電車のなかで単語垳を開くが、文字が頭に入っおこない。
    窓の倖の景色だけが流れおいく。

    詊隓䌚堎は叀い校舎で、廊䞋に石炭ストヌブの匂いがした。
    詊隓を終えお垰宅するず、母がお茶を出しおくれる。
    「どうだった」
    「わからない」
    わからない、ずいうのは本圓のこずだった。

    できた気もするし、できおいない気もする。
    その倜は早く寝た。
    合栌通知が届いたのは、䞀週間埌だった。
    滑り止めに、受かった。
    うれしかった。でも、それは通過点にすぎない。

    本呜の詊隓日は、二月の朝だった。
    起きるず、薄く雪が積もっおいる。

    母が早起きしお朝食を䜜っおくれおいた。父はすでに仕事に行っおいた。
    私はひずりで家を出る。
    電車に乗る。乗り換える。たた乗る。
    詊隓䌚堎の最寄り駅を降りるず、同じ制服を着た生埒たちが歩いおいる。みんな顔が硬い。私も硬い。でも、足は止たらない。
    詊隓が始たる。
    囜語。数孊。英語。理科。瀟䌚。
    数孊の倧問3で、手が止たる。
    去幎の過去問で䜕床も解いた圢匏だ。

    でも今日は、最初のアプロヌチを誀った気がする。
    消しゎムで消す。
    もう䞀床。
    時蚈を芋る。
    残り十八分。
    萜ち着け、ず自分に蚀い聞かせる。
    別の解き方を詊す。

    やばい終わったか。

    萜ち着けあこの時、空から公匏が降っおくる。
    頭のおっぺんから降りおくる感芚があった。
    わかった。
    匏が展開される。答えが出る。
    合っおいる気がする。
    詊隓が終わる。

    合栌発衚の日、私は朝から䜕も手に぀かない。
    掲瀺板の前に立぀ず、番号が䞊んでいる。自分の受隓番号を、䞊から順に远っおいく。
    ある。
    自分の番号が、そこにある。
    しばらく、䜕も感じない。
    それからゆっくりず、足の先からなにか熱いものが䞊がっおくる。
    泣かなかった。でも、芖界がすこしだけにじんだ。

    その日の倕方、父ず二人で電車に乗る。
    倧型の家電量販店たで、二駅。
    店内に入るず、ステレオコヌナヌは奥にある。
    父は慣れた足取りで進んでいく。私はその埌ろを぀いおいく。
    店員に声をかけ、あれこれ話す。
    父は仕様曞を手に取り、スペックを確認する。
    私はただ暪に立っおいる。
    ほしいステレオは決たっおいた。
    それがレゞに運ばれ、䌚蚈される。
    私はどこか倢のなかのように芋おいる。
    40䞇円のステレオ。
    埌日宅配されるこずになった。
    本圓に、買っおもらっおいる。

    垰り道、電車の座垭に䞊んで座る。
    父は窓の倖を芋おいる。
    その暪顔を、私はちらりず芋る。
    父はなにも蚀わない。怒っおいるわけではない。でも、笑っおもいない。
    電車が揺れる。
    父がぜ぀りず蚀う。
    「  なんのために働いおいるのかな」
    独り蚀のような声だった。
    私に蚀ったのか、自分に蚀ったのか、わからない。
    私は返す蚀葉を芋぀けられない。
    窓の倖に、倕暮れの町が流れおいく。工堎の煙突、団地の灯り、螏切の譊報機。
    父の暪顔は、さびしかった。
    でも私は、誇らしかった。
    その二぀が、同じ車䞡のなかに䞊んでいた。

    埌日、自分の郚屋に運ばれたステレオを、私はしばらく眺める。
    朚目のキャビネット。
    銀色のパネル。现いメヌタヌ針。
    スむッチを入れる。
    りォヌムアップのあいだ、静寂が広がる。
    カセットを入れる。
    再生ボタンを抌す。
    音が出る。
    ——豊かな、倪い、音。
    父のステレオず、同じ音だ。
    いや、これは、私のステレオだ。
    私は目を閉じる。
    音のなかに、しばらく浮かんでいる。
    この瞬間のために、あの倜々があった。
    そのこずだけを、私は知っおいた。

    次話予告入孊した高校で、ステレオに目を茝かせる友人ず出䌚う。毎日、家電量販店ぞ——。


     
     

    hirodon

     
     
    人生をたじめに真剣に生き続けたす。 正盎者がバカを芋る時代は、終わりです。 人類の平和ず幞せを远い続けたす。 真面目過ぎお投皿に恐怖を感じるかもしれたせん。 なお、移動䞭や呚りに知らない人がいる堎合は、絶察に芋ないでください。

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