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多分日本で一番わかりやすい『リバタリアン』解説。テック業界やピーター・ティール氏やシリコンバレー文脈で出てくる『リバタリアニズム』とは何か?

    前回、リバタリアニズムと縁が深いスタートアップの実験都市『プロスぺラ』の取材に日本人女性である私1人で行ってくる件と、概要やビットコインやリバタリアニズムとのつながりを解説する記事を公開しました。

    そちらの記事では『プロスぺラを理解するためのリバタリアニズム』について少しご紹介しましたが、今回はテック業界や国際情勢を理解するための『リバタリアン』『リバタリアニズム』という視点で、もっと詳しく!

    多分日本で一番わかりやすく解説します。

    リバタリアンは日本には少ないです。
    海外ではもっと知られていますが、広めるための活動をしている人に欧米高学歴エリートが結構多いこともあって、とっつきにくさを感じてしまう人もいるかもしれません。

    活動家の解説って難しい率が高いのですよ。

    『リバタリアニズムは日本に縁がない』といわれてしまうかもですが、私個人はそうではないと考えています。
    なぜなら、現在の世界情勢や経済の関係者たちにリバタリアンがそこそこいるからです。彼らを本当に理解するにはリバタリアニズムへの理解が必須です。

    日本人気の高いアメリカのテックエリート、ピーター・ティール氏は自身をリバタリアンと分類しています。

    そして実はご本人が『自分はリバタリアン』と主張しているわけではないのですが、思想の面からメディアにリバタリアンと書かれてしまいやすいのがイーロン・マスク氏です。

    あとはトランプ大統領。彼はリバタリアンではありません。
    むしろリバタリアニズムとぶつかる思想や方針を打ち出していますが、同時に一部リバタリアニズム寄りの部分もあり、メディアによってはリバタリアニズムの概念で分析することがあります。

    公表リバタリアンも、メディアにそう扱われる人も、とりあえず全員が同じ見解を持っているわけではありません。人や立場によって異なります。

    『今』を理解するためにリバタリアニズムを理解することは大切だけれど、『皆を一つに括ってはいけない』という点も頭に入れておく必要があります。

    はじめに~注意事項や表明~


    明確に主張しておくと、私は自分のことをテクノリバタリアン寄りの人間だと考えています。

    この記事はリバタリアニズムを肯定した視点でお送りします。

    とはいえ私は、日本がリバタリアニズムの国家に変化していく可能性があるとは考えていません。
    リバタリアニズムで国を変えたいと思っている活動家でもありません。

    私自身のスタンスとしては、『リバタリアニズムがベースにある国家的な場所が成功した場合に、従来のリバタリアニズムの弱点を解消するためのシステムを導入したいから取り組んでいる』という感じです。

    私はAI危機予測システムの開発と実装を目指しており、そのために(既に社会人ですが)ヨーロッパへの留学も希望しています。

    また、将来的にそのAI危機予測システムをシミュレーションしたい場所であり現地コミュニティにも関わりたいから、今年はピーター・ティール氏が投資している、リバタリアニズムのベースがある実験都市『プロスぺラ』へ取材に行ってきます。

    私はリバタリアニズムの活動家ではないため、この思想が適応するかという議論を行うことはできません。

    私とリバタリアニズムの出会いはアカデミックな世界ではなく、もっと野生的でした。

    合計1年かけてヨーロッパ15ヵ国を巡り、そのうち3ヵ国に住みました。そのヨーロッパ滞在中に、著名人枠に入るリバタリアンと出会いました。最初はリバタリアニズムを警戒しましたが、知れば知るほど興味を持ちました。

    多くの日本人もいきなり本物のリバタリアニズムに触れると、当時の私と同じ反応になるのではないでしょうか。
    思想が合うか合わないか判断できるほどかみ砕かれた情報に触れる機会が、日本にはほぼ存在しないからです。

    野生出身のテクノリバタリアン寄りである私なら、日本一わかりやすく伝えることがで……でき……できる……かもね?

    リバタリアンとは何か?


    リバタリアンとは、自由至上主義者のことであり、自由市場を望む人……というと日本語では本当にややこしい。

    日本語では『自由』の他に表現しようがないため誤解を生み出しやすいです。

    彼らは『自由には責任が伴う』という考え方をします。つまり責任を負う覚悟を持っていることがリバタリアンの必須条件。

    『他人の権利を侵害しない限り人は自由に生きる権利があり、その代わり結果にも責任を持つべきだ』

    私が欧米で出会ったリバタリアンは非常に勤勉で働き者が多かったです。
    『働きたくないでござる』って言っているリバタリアンを見たことは一度もありません。

    しかし実は、リバタリアニズムでは働く自由も働かない自由も認められています。

    リバタリアニズムの普及を目指す活動家は必然的に働き者のほうが活動量が増えるので、『リバタリアンってめっちゃ働くやん』という印象になるのは否めません。

    リバタリアンへの誤解を解くための他の解説は後述します。先に思想を理解するためのキーワードを見ていきましょう。

    • 小さな政府

    • 個人の自由

    • 自己責任

    • 自由市場

    • 財産権

    リバタリアニズムの土台には『政府はできるだけ小さい方がいい』という考え方があります。

    小さな政府(Small Government)とは干渉が最小限のシステム


    『小さな』の範囲をどこまでに設定するかはリバタリアンの間でも意見がわかれるところです。

    政府(国家)の機能は、警察、裁判所、国防くらいにするべきだというリバタリアンもいれば、警察や国防も民間にするべきと主張するリバタリアンもいます。

    また、『国家はいらない』『無政府資本主義が理想』だと主張する人も一部ですが存在します。

    今回は無政府ではなく『小さな政府』のほうを基準に書いています。

    いずれにせよ共通していているのは、補助金、産業保護、過剰な規制、行き過ぎた福祉制度はなくしたほうがいいという考え方です。

    欧米人リバタリアンがよく活動の中で話しているのが、『税金を安くしろ』or『税金をなくせ』という点です。

    リバタリアニズムは政府も失敗することを前提としている思想


    リバタリアンは『政府も失敗する』と考えます。

    これは『〇〇という国はこのままいくと経済破綻したり少子化で終わりますよ』という意味ではなく、『政府(国家)が作るルールや規制が正しいとは限らない、作った規制が失敗することもある』というイメージです。

    『これは国民の義務』『この研究をやりたいなら許可を取れ』『この業界は禁止(もしくはほかの業界より厳しい税金が課せられる)』という感じのルールは世界中の先進国に見られます。

    この厳しさは国民の安全を守り秩序を保つ働きはしますが、その代わり新しい会社や技術は生まれづらくなります。

    なぜかというと、世界を変えるような新しい技術は、既存のルールや常識(政府が国民の安全や権利保護のために厳しくしているもの)と衝突することが多いからです。

    個人の自由(Individual Liberty)


    リバタリアニズムを語るうえで切っても切り離せないのが、『個人の自由』です。

    ベースとなるのは『他人の権利を侵害しないなら好きに生きろ』というもの。

    どこに住み、何を学び、どの仕事をして、誰と付き合うことを選ぶか――。

    これらは本人が決めるべきとリバタリアンは主張します。

    『それって当たり前じゃないの?』と思うかもしれませんが、日本人だって自由なようでいて『周囲の顔色を窺って進学先や仕事を決める』『周りの目を気にしてやりたいことをやらない』といった自分の望み100%ではない選択をする人はいます。

    『これのどこが政治哲学?』と思った方もいるかもしれません。

    リバタリアンは、個人だけでなく政府も他人の選択の自由を奪うべきではないと考えるのです。

    『〇〇歳になったからこの税金をここ(最初から1つに決まっている場所)に払いなさないね』
    『〇〇歳になったからこの学校に行きなさいね』と、政府が決めるのはおかしいという見方をします。

    自由の責任は果たす


    リバタリアンは自由を求めますが、ニートや寅さんやスナフキン的な自由思想とリバタリアンの自由思想はまったく異なります。

    リバタリアン的な自由思想を表現するなら、こうです。

    『誰にでも起業する自由がある。しかし失敗した場合はその損失も責任も全て自分で負え』

    甘えや他責は通用しません。

    『サッカーをやる自由は誰にでもある。だから僕ちんサッカーをやってみたよ!そしたら転んで怪我をした!このサッカー場の芝生が滑りやすいせいだ!管理していた奴が悪い!お前らのせいだ!』

    この主張はリバタリアニズムの世界では認められません。

    転んで怪我をしたのは全て僕ちん(本人)の責任であり、誰にも負わせることはできません。

    『自由は欲しいけど、責任は取りたくない』というのは一切認められません。

    自由への責任を取りたくない人はリバタリアンではありませんし、欧米リバタリアンたちも仲間とは認めてはくれないでしょう。

    自由市場(Free Market)


    特に近年のテック業界のリバタリアンや国際情勢を理解するために押さえるべきなのが、自由市場という考え方です。

    リバタリアンは市場をできるだけ自由にしろと主張します。つまり政府は市場に余計な介入はするなということ。介入の範囲には規制やら重い税金やら色々なものがあります。

    例えばお菓子を作って売るA社B社C社という同業界の3社があるとします。

    チョコレート、チップス、グミといった同じカテゴリーのものを作るわけなので、オリジナルの味にこだわったりパッケージをデザインしたり差別化しますよね。

    そしてそれがお店に並ぶと、お客さんはA社B社C社の商品の中から自分の好きなものを選んで買います。

    選ぶ基準は『安さ』かもしれないし『味』かもしれないし、『新しさ』かもしれません。

    各社は『商品を売るため=お金を稼ぐため』に、自社のカラーを出します。この『商品を売るための努力』がより良い社会に繋がるのだから、政府は邪魔をするなとリバタリアンは考えます。

    例えば政府が『この国ではお菓子はこの基準を満たすものしか作っちゃダメ』とガッチガチのルールを決めたとします。
    A社B社C社はルールを守ることに必死にならざるを得ず、商品開発で個性を発揮できなくなります。個性を発揮しようとしたらルールに引っかかってお店に並べてもらえないからです。

    するとどうなるでしょう?

    お客さんからしたら、『A社B社C社どのチョコレートを買っても大差ない』となります。

    リバタリアンは、『政府が余計な介入をしないでルールを寛容にし、A社B社C社が個性を追求したほうが良い商品が生まれるのは当然。介入は最小限にしろ。そうすれば国民にも良い商品が届き、良い経済になるよ』と考えます。

    表現を変えると、『政府の介入を最小限にして市場を自由にしたほうが、社会は豊かになるよ』と考えます。

    ただし注意点は、一般的にリバタリアンも『詐欺や契約違反といった市場を乱すものを取り締まるためのものは必要だよね』と考えます。

    市場にはまったく何にも手を加えないで神に任せましょうというわけではありません。彼らのいう『自由』とは、完全放置ではないことを知っておく必要があります。

    財産権(Property Rights)


    欧米リバタリアンのインタビューや講演を見てみると、これについて触れているケースは多いです。

    財産権とは『自分の持ち物は自分のもの』という権利です。

    『お前のものは俺のもの。俺のものも俺のもの』というジャイアンスタイルはリバタリアンからは嫌われます。

    自分の持ち物とは何でしょうか?

    • 土地

    • お金

    • 会社

    • アイデア

    • ドラえもん

    何を持っているかは人によって異なるけど、皆何かしらを持っている。

    リバタリアンは、個人の持ち物がその個人のものだときちんと認められて、他人に奪われない環境でなければ社会の発展はないと考えます。

    これはリバタリアンに欧米人の、優秀な人材が多く厳しい欧米資本主義ビジネス界で成功した人が結構いることも背景に絡みます。
    リバタリアンだから成功したというよりは、成功者の中でリバタリアン的意識を持つ人が出てきやすいといえるかもしれません。

    私みたいに現時点でなんの財産もないけどリバタリアンであると言っちゃっている人もいるので、もちろん例外はありますよ。

    リバタリアンの成功者は、自分が努力して築いた財産は自分のものであることを望んでいるということ。

    例えば政府が『今日からあなたの貯金や家は国のものでーす!』と言い出す可能性がある社会では、皆財産を持つことに恐怖するようになりますよね?

    『そんな世の中ある?』と思ったあなたは平和な資本主義の豊かな国に慣れているはず。

    リバタリアンの場合は『自分の財産は他人にはやらんぞ!』と必死というより、権利を守るために契約を守る、所有権を守る、法の支配を守るという義務面を整えようという点に意識がいっているのがポイントです。

    先ほどの部分の繰り返しとなりますが、リバタリアンは『義務を果たすことをとても重視する人たち』です。
    無法地帯は望んでいないし、怠けたいから自由を主張する人たちでもありません。

    『自由』の意味を日本人は誤解しやすい


    日本でリバタリアンについて語った数すくない経験の中で私が感じたのは、リバタリアン=自由至上主義というキーワードから、日本人はリバタリアンの望む自由を『フリーダム』のほうだと誤解しやすいということです。

    欧米ではリバタリアンの望む自由を『ワガママだ』と否定する人たちはいます。日本にも同じく『ワガママだ』と否定する意見はあります。

    ただ、同じ『ワガママ』という言葉で同じ否定をしているようで日本と欧米の否定意見の視点は少しすれ違っていることがある印象です。

    日本の場合は、リバタリアンについて『不労収入で豊かに自由に自分の好きなことをやって暮らしたい』とか、
    『国に縛られずに世界を旅しながらノマドをしたい人たち』みたいな感じの、無理しないでのんびり生きたい派、好きなことだけしていきたい派と誤解することが多い気がします。

    欧米人リバタリアンとそこのカテゴリーの人ってむしろ結構相性悪い気がします。

    繰り返しますが、リバタリアニズムって働かない自由も認められているのですよ。働かざる者食うべからずなんてリバタリアニズムではいっていません。

    しかしリバタリアンという肩書で欧米で目立っている人って、なんかめちゃくちゃ働いている人が結構いますからね。

    通勤スタイルで働いていて拠点にいなければいけない人など、自由に移動できない生活をしている人たちも多いです。

    ピーター・ティールやイーロン・マスクが不労収入でのんびり自由に生きることを望んでいると思います?

    本人に聞いたことはないから知らんけど、もしもそれが望みな人ならパランティアやスペースXは作らずに、ポルトガルあたりに土地買ってワイン農場で犬と羊飼って労働せずにのんびり暮らしているでしょうよ。

    どうして誤解が生まれやすいかというと、日本で普通に育つと『自由には義務が伴う』みたいな教育をあまり受けないこともあるかもしれません。

    もう1つ原因として私が感じるのは、英語で自由を指す言葉には『フリーダム』と『リバティ』があるけど、日本語だとどっちも『自由』でまとめられちゃうせい。

    フリーダムは、何にも縛られない自由を指します。

    リバティは『解放』『独立』『選択する自由』『勝ち取った権利』などの意味合いで使われます。

    例えば仕事をサボってパジャマ姿のまま一歩も外に出ずに散らかった部屋でカップラーメンをすすりYoutubeを見続けて『自由だ!』と叫ぶ場合は、フリーダムという言葉が適切でしょう。

    リバタリアンはリバティのほうの自由を求める人たちです。その時点で、無法地帯の自由や権利を主張して義務を果たさないタイプの自由とは異なることは明確です。

    日本人はおそらくリバタリアンというものを特に誤解しやすい条件がそろっているので、リバタリアンを理解するうえで『自由に気楽に生きたい人たち?』とイメージを持ってしまった場合は先入観を取っ払う必要があります。

    リバタリアンは多分全然気楽じゃないです笑

    税金が下がるのに『リバタリアニズム』が批判される理由


    リバタリアニズムは欧米でも批判する層はたくさんいます。欧米リバタリアンの活動家は高学歴エリートが結構いますので、

    彼らと殴り合う否定派も高学歴エリートが多い(言い方w)

    英語だとリバタリアニズムを否定する偉い教授の記事なんかも出てきます。

    リバタリアンの理想の世界って、税金が下がるのですよ。その点では『え、いいじゃん』と喜ぶ日本人もいるでしょう。

    しかしリバタリアニズムはあくまでも『市場の豊かさ』や『規制に邪魔されずに企業が発展しやすい社会』にすることが土台にあるため、伸びられる人がより伸びる世界観なのです。
    自分の意志で行動できない人やのんびりスローライフをしたい人たちにとっては、大きな国家より住みづらい環境である可能性が高いです。

    スナフキンや寅さんが、保険会社を選びどの警察や民間軍事会社と契約するか選ぶ作業をできるでしょうか?
    できるかもしれませんが、上手くできるかはわかりませんよね?

    私がオランダに住んでいたとき、知り合いのオランダ人の青年は週3日しか働いていませんでした。しかし普通に豊かに暮らしていました。
    彼は若いので例としてアレですが、オランダでは週3休の会社は珍しくなくて、それでゆとりある生活をしている家庭はたくさんあります。

    『すごーい。オランダ羨ましい!』っていう日本人多いのですが、私は『週3日も休みいらん派』です。バリバリ働かせてくれやって思う。

    オランダ社会があのやり方にできているのは、高い税金で福祉重視の社会を構築できているからです。
    オランダがリバタリアニズムの世界観になったら、あの社会のままでは成立しません。
    今のオランダの週3休で満足している人たちにとってはめちゃくちゃ嫌だと思います。

    しかし私のように何かを作り社会でどんどん働きたい人には、逆に今より満足できる世界になる可能性があります。

    リバタリアニズムを否定する層は、リバタリアニズムの世界観が実現したら『困ってしまう人』と『めちゃくちゃ嫌がる人』がいることを見ています。
    彼らを救済すること、彼らも安心して暮らせる強い国家が世界のために必要だと考えている傾向があります(もちろん全員じゃないよ)

    この考えは欧米リベラルと相性が良いことがよくあるため、絶対ではありませんがリベラルメディアはリバタリアニズムを肯定的に見ないことが珍しくありません。

    それもあってリバタリアンの活動家の中には過激なワードを使う人もいます。リバタリアン支持派にはリベラルにうんざりしている層もいるので、この演出がスター性になることがあります。

    わかりやすくこう書いていますが、リバタリアンもリベラルが肯定している主張を肯定しているケースもあるので、白黒はっきりわかれていなくてそのときによることもあります。

    さて、リバタリアンには自分の財産は守りたいというベースがあります。

    『起業して成功してめっちゃ大金稼ぎました!』となったら、普通の国家はがっつり税金を取ります。つまり努力して稼いだお金をまるまる受け取ることはできず、稼げば稼ぐだけたくさん国に持っていかれるということ。

    多くの人は『稼げたのは周りの人のおかげだから社会に還元しなきゃ』とか『国に納めるのは常識』だからと疑わずに支払います。

    しかし中には、『自分の力で稼いだのに、政府が持っていく』という視点になる人もいて当然でしょう。

    リバタリアンの活動家で『税金を下げろ』と主張する人はそこそこいます。彼らの大半は自分のビジネスで成功していたり、何かしら大きなお金を稼いだ経験がある人たちなので、この主張は庶民目線でないことを知っておく必要はあります。

    日本人からすると『税金を下げろ』という発言をしている人たち=庶民の生活を楽にするために頑張ってくれている人たちのイメージに繋がりやすいのですが、
    欧米リバタリアンはそうでもない。中には庶民目線もいますけど、めっちゃ稼いで資産がある人が税金を下げろと言っていることが多いです。

    これは庶民側からすると、『富裕層なのに税金払いたくないの?』という格差への不満に繋がってしまうことがあります。

    しかもリバタリアンは小さい政府を理想としているため、リバタリアンの理想世界が実現した場合福祉は最小限になります。
    富裕層がいっぱい税金を納めてくれるから維持できている今の福祉制度は、彼らが納める税金が下がってしまうと維持できないわけです。

    この影響は、庶民の中でもその日暮らしをしている人や福祉の支援が必要な人を直撃します。

    税金が下がってくれれば助かるのは庶民もそうなのですが、しかしリバタリアニズムでは税金とともに庶民のための福祉もかなり縮小されるので庶民が楽になるとは限りません。

    庶民を助ける目的での『税金下げろ』ではないので、反発があります。

    否定派が使うのは『ワガママ』という言葉


    リバタリアン否定派が攻撃の際によく使う言葉は、『リバタリアンはわがままだ』的なもの。

    『さんざん稼いでおいて税金を払いたくないなんて』
    『国家のインフラで出世しておいて国家がいらないなんて』

    欧米リバタリアンがどこで成功者になるための能力やリバタリアニズムを語るだけの知性を身に着けたの?というと、多くは大学などの高等教育機関。つまり国家が築いた制度の恩恵を受けたわけです。

    リバタリアン否定派は『自分は国家の高等教育を受けたから成功できたのに、成功したら国家を否定するわけ?』という視点でめちゃめちゃ攻撃します。

    高学歴エリートのバックグラウンドがあるリバタリアン著名人の場合、おそらくこの攻撃を100万回くらいされていますw

    しかし理解しなければいけないのは、彼らは学校をなくせと言っているわけではないこと。政府は最小限でいいと言っているけれど、政府がなくてもいいと主張しているわけではないのです。
    ここは誤解されやすいポイントです。

    まあ、アメリカのテック業界の成功者とかだと大学中退者も多いので、『別に大学なくても成功したよ』って言えちゃう人もいるだろうし、括れないというか難しい点です。

    持たない者はどうすればいいという点


    さらにリバタリアニズムの否定派は、『持たない者はどうすればいい?』と攻撃することもあります。

    リバタリアンの超理想世界になった場合、国保のようなものも警察機関も民間企業を見比べて自分で選ぶ必要があります。

    警察組織の場合はどこを選ぶかによって大きな事件があったときの個人の安全性が変わる可能性がありますし、どこの保険を選ぶかによっていざというときの保障も変わります。

    『自信をもって選べる』とか『資産がたくさんあるからいざというときも何とかなる率高い』という富裕層やエリート層は良いですが、そんなに貯蓄もない庶民の場合どうするの?

    という視点で切り込んできます。

    実はひと昔前のリバタリアニズムでは、それにはこれってパキッとした答えが出なかったのですよ。

    個人個人で『こうすればいい』という意見はあったかもですが、リバタリアンにもいろいろいるので一番難しい条件になる立場の人を見ていない人ももちろんいます。

    しかし現代ならその問題への答えは出せるでしょう。と、私は考えています。

    なぜなら今はAI時代だから。
    テック業界がすごい勢いで発展しているから。

    私の個人的な意見ですが、テック業界の技術で、正直リバタリアニズムの解決しなかった部分はこれから解決できるようになると思います。
    そして私はそのためのAIの1つを作りたいと思って海外を旅しています。

    あくまでも持論:日本人が気づいていないだけで日本にもリバタリアニズムはある


    日本人がリバタリアニズムを受け入れるには、概念をわかりやすく伝えられる人が必要です。

    ただ、理解が広まったとしても、日本市場や政治が変わることはないと思います。

    これは日本だけの話ではありません。
    ヨーロッパ人のリバタリアンでさえヨーロッパを変えることが現状できていません。

    アメリカだとピーター・ティール氏とかたくさんいて市場が独特なので少々例外ですが、ヨーロッパは意外と冒険は難しいです。

    それでヨーロッパ人のリバタリアンは外に出てしまうことがあります。

    私は少し前まで、ヨーロッパっていう皆が憧れる場所に生まれたのに出ていくなんてマジ……?と、思っていましたが、リバタリアニズムを勉強した今は気持ちがわかる部分があります。

    私は活動家ではないのでリバタリアニズムを広めて社会を変えたいという希望はなく、リバタリアニズムの街に住みたいくらいの感覚ですが、広めたい人にはEU先進国や保守的な国家はキツイ部分もあるかと。

    そんな感じなので日本がリバタリアニズムの社会になるとは思いませんが、変わらないとしてもこれからの時代を生き抜くなら知っておくべきだと私は主張します。

    これからは1つの国だけで問題が解決する時代ではなく、政治も情勢もより複雑になります。そして起業の際の国境の垣根もなくなってきています。
    とりあえず従来の日本の常識だけではどうにもできないことが増えてきたということ。

    リバタリアンの望む世界は過去には完成できなかったかもしれないけど、これからの時代では完成できる可能性は高いと私は予想しています。

    それは突然国家の方針が丸ごと変わるようなことではなく、『特定の場所にリバタリアンのための場所ができる』など。

    その先駆けは間違いなく私が取材で行くプロスぺラでしょう。

    さて、しかし私が1つ思うのは、日本にもリバタリアニズムはあるということです。

    どこに?

    というと、創作物の世界です。

    異世界転生して国を変えるとか、成り上がりモノとか、いわゆる『既存のものを破壊して新しくする』ことがストーリーの土台になる漫画、ラノベ、アニメはリバタリアニズムと相性が良い世界観率が高いです。

    私も小説家だからわかるのですが、多分多くのクリエイターは『それっておかしいよね』とか『何かへの不満』とかがなければ、『壊して新しくする系』のストーリーは作りません。

    あくまでも仮説ですが、日本人は欧米リバタリアンが主張することを創作物の世界で表現したり消化したりできるので、欧米リバタリアンのように『自分たちで現実を変えるために活動しよう』という人が出現する率が低いのかもしれません。

    つまり決して日本人に思想がないとか政治への関心がないというわけではなく、不満を消費するルート(出口)が現実ではないところで完成されている感じ。

    そして厄介なのが厨二病という言葉。

    先に創作物の世界で描写されてしまっている世界観を日本を変えるために現実に持ち込もうとする人がいたら、『厨二病www乙www』で片づけられてしまうというか、相手にされないリスクがあります。

    ちなみに欧米にはピンポイントで厨二病に該当する言葉は、多分ないと思います。

    私がリバタリアニズムという言葉を知らなかったから、もともとリバタリアン思想なのに『自分はリバタリアンかもしれない』と認識できなかったように、厨二病という言葉がなければ厨二病であるという否定も生まれません(哲学w)

    だからリバタリアニズムとかは欧米のほうが議論しやすいよね。

    私はこれちょっと面白いと感じるのです。
    日本人って、本来は現実を動かすために向けるエネルギーを、創作物の世界に向けていてすっきりしているのかもなって。

    良いか悪いか?

    これはなんともいえません。

    今は欧米人にもアニメや漫画が浸透している時代なので、今後欧米人の活動家っていうのも減るかもというのは感じています。
    不満を創作物で解消するケースは欧米でも増えていくかもしれません。

    ということで、長くなりましたが、多分日本で一番わかりやすいリバタリアニズムの解説でした。

     
     
    世界を旅するジャーナリスト・ラノベ作家。テック業界とリバタリアニズムが専門で色々行っています。奨学金に応募するので合格したら2028年にヨーロッパ留学をしたいと思う。

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