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【読書感想文】原田ひ香『一橋桐子(76)の犯罪日記』 高齢者の生きる道

    お正月に帰省した折に、私はまた原田ひ香さんの本を電車内で読んでいました。
    前回ご紹介した『一橋桐子(79)の相談日記』の前に出版された本です。

    前回の『相談日記』の記事では、桐子さんと雪菜さんの関係について考えました。

    今回は、2020年刊行の『一橋桐子(76)の犯罪日記』を読み返しました。

    犯罪日記というと穏やかではないのですが、主人公の桐子さんは、とても真面目で勤勉な高齢者です。

    高齢者の関心事といえば、どう死ぬか、というか、死ぬまでの間どう生きるか、ということになってきます。

    この本には、高齢者がどうやって生きのびればよいか、というテーマで奮闘する桐子さんのエピソードがユーモアを交えて描かれています。


    高齢者にとっての死を考える

    私は今、60歳です。
    そして90歳近い母の様子を、少し離れた場所から見守っています。

    若いころは、「死」はどこか遠い出来事でした。
    ニュースの中や、小説や映画の中にあって、自分とは別の世界の話のように感じていた気がします。

    けれど、母が年を重ねるにつれ、できないことが少しずつ増えていく姿を見るようになりました。

    できていたはずのことが、できなくなった不安は、本人がいちばん感じているかもしれません。

    たまに実家に帰ることで、私は少しずつ母の衰えに気づくようになっていきました。


    死は急に、生活の延長線上に現れるものになりました。

    老人にとって死は、予想外のものではありません。
    でも、静かにゆっくり現れる死の前触れには、長い時間の重みがあります。

    だからこそ、高齢者を見ると「この人は、どんな人生を生きてきたのだろう」と、考えずにはいられなくなるのだと思います。


    人生の「答え合わせ」をする年齢

    この本の最後に、こんな言葉が出てきます。

    「人の死、特に老人の死は、これまでの人生の答え合わせなのかもしれない」

    この一行は、少し冷たく聞こえるかもしれません。
    でも、これは人生に点数をつける話ではありません。

    正解か不正解かを決めるのではないのです。

    生きてきた選択や積み重ねが、最後にそのまま表に出る、ということを表しているのだと思います。

    母を見ていると、人生の歴史を感じます。
    若いころにどんな人間関係を大切にしてきたのか、なんとなくわかる気がします。

    どんな価値観で日々を選んできたのか、ということも、作った俳句や短歌から、雰囲気として伝わってきます。

    死が間近になった人の生き方は、隠そうとしても隠しきれなくなります。
    死を前にしたら、取り繕おうとしても、もう必要がありません。

    それが「答え合わせ」という言葉の正体なのかもしれません。


    私たちの日常も、すでに小さな「答え合わせ」


    人生の「答え合わせ」は、死の瞬間に突然始まるものではありません。

    自分の生き方を振り返ってみても、社会の中で生きていくためには、いろいろ我慢したり誤魔化しながら暮らしています。

    人に無理に合わせて疲れることも少なくありません。
    自分の本音を後回しにして、あとでモヤモヤした経験もあります。

    でも老いると、人間関係の「素の形」だけが残ります。

    • 困ったときに声をかけられる人がいるか

    • 迷惑をかけても「まあいいか」と思ってもらえる関係があるか

    • それとも、形式だけのつながりしかないか

    これは才能の問題ではないようです。
    日常の態度の積み重ねが人間関係を作ります。


    また、生きていく上で少し不器用でも「これは自分で選んだ」と思える出来事は、時間がたっても、どこか納得感が残っています。

    老いと死の前では、自分との関係性がむき出しになります。

    • 自分の本音を聞いてきた人 → 静かでも納得感がある

    • ずっと自分を後回しにした人 → 理由のわからない不安や怒りが残る

    これは「立派に生きたか」という問題ではありません。
    自分に嘘をつき続けたかどうか、が問われています。

    「これ、本当はやりたくなかったな」
    「でも、あの選択は自分なりに納得している」
    と振り返る瞬間があるなら、それがすでに人生の途中の「答え合わせ」です。

    母を見ながら、この先どのように年を取るべきなんだろうか、と考えます。
    老人の姿は、特別な結果ではないんですね。
    日常の延長線上にある姿だということです。

    今日の小さな選択や、
    人との距離の取り方、
    自分への扱い方が、
    少しずつ形になって年取ったときの姿が決まっていきます。

    それが、老いとして、そして死の手前の姿として現れるのだと思います。


    この本が、投げかけている問い

    この本の中で、桐子さんはいろいろな高齢者の生き方を経験します。

    そして、たどりついたのが『老人の死は、人生の答え合わせ』という言葉です。

    これは、「ちゃんと生きなさい」と叱るためのものではありません。

    ましてや、「立派な最期を迎えなければいけない」というお説教ではないのです。

    そんな重たいメッセージではなく、一つの問いに過ぎません。

    今の自分は、何を大切にして生きているのだろう
    そう問いかけているだけなのだと思います。

    60歳になり、母の老いを見つめるようになって、私は初めてこの言葉の大切さを感じるようになりました。

    「死を考えることは、生き方を見直すことなのかもしれない」
    と、やっと実感できる気がします。

    『老人の死は人生の答え合わせ』という一行が意味するのは、
    「死は怖い」でも
    「老人は可哀そう」でもないのです。

    人は、どう生きてきたか以上の死に方はできない

    という、静かで冷静な観察です。

    それは、残酷でもありますが、同時に救いでもあるのです。
    今の生き方を、途中で調整できるから。

    答え合わせは、死ぬ瞬間だけではありません。

    こうして立ち止まって考えている今も、すでに始まっています。

    その余地があるうちは、人生はまだ、静かに書き換えられるのだと思います。

    少しでも、死を意識する年齢になったら、一度読んでみると、参考になる本かもしれません。

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    お時間のあるときに読んでみていただけると幸いです。



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