
年をとるということ
89歳になる母が実家で一人暮らしをしている。妹が隣に住んでいるけれど、仕事で留守になることも多い。だから私は、2年前くらい前から毎朝1回は電話をして、近況を聴くことにしている。
今朝はテレビで見た新潟の空がキレイだったらしい。妹は昨日は英検の仕事で5時半ごろ帰ってきたようだ。焼き鳥を買ってきてくれた。トリカワを初めて食べたらおいしかった。というような話ができるうちは、平穏に暮らしてくれていて有難い、と思う。
お向かいのピアノの先生はもう90代で歩けなくなったそうだ。介護施設に入っているお友だちにお中元でメロンを送ったら、いつまでたっても届かない。よくよく聞いたら、施設の人が受け取って冷蔵庫で保管していたそう。メロン丸ごと2個を認知症の入居者に渡すのは不安だから、息子さんが来る時まで預かるらしい。施設にとって迷惑な差し入れだったのかも。高齢になると、判断できないことやわからないことが、いつのまにか増えていくんだなあ。
一人暮らしの母の判断力が不安だな、と最初に思ったのは、去年実家に泊まった時。洗い終わった洗濯物から臭いがする。おかしいな、と思って洗濯機を見たら、糸くずフィルターにぎっしりゴミが詰まっていた。フィルターが目詰まりして、そこにカビが生えて、またゴミが溜まって、を繰り返し、10センチくらいのケースがゴミでパンパンになっていたからだった。
昔の洗濯機は糸くずネットが外に出ていたけれど、5年くらい前に新しい洗濯機に買い換えたら、フィルターは本体に収納できるタイプ。母には外し方がわからなかったから、買ってから一度もフィルター掃除をしていなかったらしい。高齢者はほんとに変化が苦手みたい。一人でフィルターケースの取り外しができるまで、1か月くらい電話でレクチャーしたっけ。
新しいものが苦手なのは、他人ごとではなくて、私もまもなく同じ道を行くと思う。noteで若い人の記事を読ませてもらって、最近はとりわけ年齢ギャップを意識する。
平穏な時間がいつまで続くかわからないけれど、母と笑える時間を大切に過ごしたいなと思う今日この頃。