
大きな古時計、買ったの誰問題
昨日、子供たちと一緒にお風呂に入っていたら、息子が急に「大きな古時計」を歌い始めた。
娘「えっその歌なんで知ってるの」
息子「ようちえんでうたった」
娘「へー。小学校でも歌うから練習しといたほうがいいよ!」
妙な先輩風を吹かす娘も一緒に、みんなでチクタクと歌う。
久しぶりにこの歌聞いたけど、小さい頃から知ってる歌って意外と覚えてるもんだなぁ。
しかもこの歌、おじいさんが生まれて、結婚して、亡くなって...って流れがあるから歌詞が思い出しやすい。
などと思いながら合唱し終わったとき、私の中に思いがけず大きな余韻が残った。
「...ねぇ、この歌めっちゃいい歌じゃない?」
娘「まぁねー、でも最後はちょっと悲しいんだよ」
息子「うん、おじいさんしんじゃう」
「でもさ、いい人生だったなーって終わり方じゃない?これはハッピーエンドだよ」
娘「まぁそうだね。おじいさん100歳まで生きたしね!長生きだよ!」
「え、何で分かるの」
娘「100年休まずチクタクって言ってるじゃん」
息子「ほんとだ!!おれきづかなかった…!」
「いや、100年動いてたのは時計でしょ。
とけい〜ともお別れ〜♪だから、おじいさんはたぶん80とかで先に亡くなって、その後時計だけ20年くらい動いてたんじゃないの?おじいさんの子供とかを見守りながらさ。
で、役目を終えて時計も遂に動かなくなっちゃって、その時計を前にして、誰かが歌ってる歌なんだよ」
説明してみて初めて気づいたよ。
この歌に、こんな時の流れを感じていたなんて。
それを複雑な説明なしに、チクタク言いながらさらっと表現してしまう「大きな古時計」、恐るべし...!
おじいさんは死んでしまうけれど、やさしいメロディが悲しみを中和して、懐かしいセピア色の景色っぽい雰囲気になっているの、本当うまいわぁ。
でもよく考えると、生まれた日に時計を買ってくるって結構ぶっ飛んでる。いや素敵だとは思うけれども。
昔はよくあることだったのかしら?
というか、買ってきたの誰?おじいさんのお父さん?
いやいや、子供が生まれたその日の朝にのんびり家具屋を物色するってのもどうなの?他にやることあるでしょうよ。
と1人で色々考えた結果、「おじいさんの祖父母がお祝いとして買ってきた」説に落ち着いた。
きっと初孫でテンション上がってたんでしょうなぁ。立派なお祝いをしたくて、大きなのっぽの時計を贈った、と。
それを置けるスペースのあるお宅、きっと裕福なおうちだったんでしょうね〜と、おじいさん家の経済状況にまで思いを馳せてしまった。
ちょっと感動は薄れた気がしたが、この歌がいい歌であることに変わりはない。
しばらくは息子と一緒に存分に歌おうと思う。