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はじめてのホストクラブで水割りを浴びた夜 中編 (大学2年のころ)

    大学2年の春。帰り道の電車で声をかけてきたのは、かつての“元彼”アキラだった。中学時代、はじめての「彼氏」だった彼は、いまや金髪スーツのホストになっていて、香水と夜の匂いをまとっていた。

    その姿に最初は戸惑いながらも、「俺、変わったんだぜ」と笑う彼の言葉に、不思議なまぶしさを感じた。生活費のためにコンビニでバイトしていた私は、アキラに誘われるまま、体験入店という形でホストクラブへ足を踏み入れることになる。

    渡されたのは、前任者の名札をそのまま流用した「ツバキ」という源氏名。アキラの源氏名は「トウマ」だった。

    「歌舞伎町の夜」は、私にとって未知の世界だった。そこで見たのは、ナース風の女性がグラス越しに語る、職場や恋人の愚痴。
    それを静かに聞きながら水割りを注ぎ、そっと手を握る“トウマ”。チップの一万円札が、首元にそっと差し込まれる感触。
    それは、熱くも冷たくもなく、ただ「異物」のような感覚として残った。

    次に案内されたテーブルで、まさか自分の身に“水割りを浴びる”出来事が待っているなんて、思いもしなかった

    前編はこちら ↓


    「じゃあ、くわえて」と声が響いたフロア

    「次、ツバキも一緒に入ってみようか」

    そう言われて案内されたのは、二人組の女性が座るテーブルだった。

    ひとりは、ピンクのフリルがたっぷりついた服を着ていて、髪はくるくるの巻き髪。
    色は、金髪に近い明るい茶色だった。
    肩幅も、顔も、お腹まわりも、ふっくらしていて存在感があったけれど、どこか“隠そう”としている雰囲気があって、かえってそれが目立っていた。

    もうひとりは、黒のワンピースに、黒髪のストレートロング。
    ワンピースの袖からのぞく腕や、足首までが細くて、肌は白すぎるくらい白かった。
    化粧をしているのに、なぜか血色がなくて、見ていてすこし心配になるような顔色だった。

    ふたりとも、すでにお酒が入っているようだった。
    ピンクのフリフリの方は、顔を真っ赤にしながら、わりと大きめの声で笑っていた。

    話を聞くと、ふたりは歌舞伎町のファッションヘルスで働いているそうで、今日は仕事終わりの2軒目らしい。

    席は、L字型のソファに並んで座った。

     レン | フリフリ | トウマ | 黒ワンピ | 私(ツバキ)

    という配置だった。

    「はじめまして、ツバキです。今日、はじめて入店しました。よろしくおねがいします」

    小さく会釈しながら挨拶をすると、黒ワンピは視線を上げて、軽くうなずいた。でもすぐに、またトウマの方へ顔を戻した。

    フリフリの方は、私の存在ごと、まるっと見ていないような感じだった。
    音楽が大きくて声が届かなかったのか、それとも最初から、聞くつもりがなかったのかはわからない。

    そのあとは、レンとフリフリ、トウマと黒ワンピが、それぞれのペアで談笑していた。

    私は、話すこともなく、ただ水割りを作ったり、灰皿を交換したりしていた。
    いちばん端っこに座ってはいるけれど、そこに“私”はいないような時間だった。

    一度、フリフリがタバコを手にしたので、ライターを取り出して火をつけようとした。
    でも、その手はスッと制された。

    ──あ、それ、担当のレンくんにつけてほしいってことか。

    私は、すこしだけ手を引っこめて、何もなかったふりをした。

    ひとつの世界には、たぶん、いくつもの“見えないルール”がある。
    この夜、私はその一つを学んだ気がした。

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    2本目のボトルが空になったころだった。

    フリフリがふいに、こっちを見た。

    「ねえ、あの子だれ?」

    レンに聞いた声は、たぶん悪気があったわけじゃない。ただ、酔っていて、思ったことをそのまま言葉にしているだけだった。

    「トウマのつれだよ」

    レンが答えると、トウマがうなずいた。

    「へー。トウマくんの友達なら、あの子もゲイなの?」

    そう言いながら、フリフリはまた水割りをぐいっと飲んだ。

    トウマは、笑って、なにも言わなかった。

    否定も、肯定もせず、ただいつもの調子で軽く笑っていた。

    私は、ただ薄く笑って、その場をやりすごした。
    それ以外に、どうしていいかわからなかった。

    「ねえ、ふたりは付き合ってるの?」

    今度はストレートにそう聞かれて、トウマは「つきあってないですよ」と、ハッキリ否定した。

    あとで聞いた話だけど、たとえほんとうに付き合っていたとしても、ホストは恋人の存在を客に明かしちゃいけないらしい。

    たぶん、それも「ルール」なのだと思う。

    ――そのときだった。

    「それじゃあ、くわえてみて!」

    フリフリの声が、ひときわ大きく響いた。

    え? なに? と思った次の瞬間、

    「トウマくん、パンツ脱いで」

    その場が、ふっと静かになった気がした。

    私は声の意味が理解できなくて、ワンテンポ遅れて、ようやく意味をつかんだ。

    トウマは、何のためらいもなく立ち上がり、ベルトを外して、ズボンとパンツを足元まで下ろした。

    あまりにも自然な動作で、逆にリアルじゃなかった。

    黒ワンピが、「キャー」って、ドラマの中のセリフみたいな声をあげて笑った。

    その声に反応して、近くのテーブルの人たちが振り返る。
    視線がトウマに集まる。
    そして、笑い声がぽつぽつと広がっていった。

    私は、何も言えなかった。

    その場にいるのに、自分だけ別の世界の住人になったような感覚。
    現実なのに、現実じゃないような。
    夢なのに、ぜんぶ記憶に焼きつくような。

    目の前にいるトウマは、相変わらず堂々とした態度だった。

    でも、彼の下半身は、その態度とはまるで違っていて、情けないくらいに、ぐったりとうなだれていた。

    誰も、それを止めなかった。

    止めなかったことのほうが、よっぽど怖かった。


    あの夜、私は“なにもできなかった”

    「じゃあキミ、トウマくんのをくわえて」

    そう言って、フリフリが、まっすぐ私を見た。

    笑ってもいないし、怒ってもいない。
    ただ、当然の流れのように、言っただけだった。

    “え、これってやらなきゃいけないの?”
    “こういうのって、ホストクラブの“仕事”なの?”

    アタマの中で、ぐるぐると自問ばかりしていた。

    中学生のころ、私はアキラ――今のトウマと、付き合っていたことがある。
    キスもしたし、それ以上のことも、経験していた。

    でも、あれは「好きだから」できたことだった。

    こんなふうに、命令されて、客の前で、
    人前で、しかも笑われながらやるようなことじゃない。

    「ねえ、どうしたの? できないの?」

    フリフリの声が、わざとらしく高くなり粘度を増していった。

    「ゲイのくせに、できないの?
    男同士で気持ち悪いことしてるくせに、こういうことはできないの?
    中途半端な人間のくせに、なに気取ってるの?」

    私は、動けなかった。

    言い返すことも、逃げ出すことも、できなかった。

    何も言えない私に、フリフリは、水割りをぶっかけた。

    冷たい液体が、顔を直撃する。
    氷が頬に当たり、息が止まる。

    私は、思わず目を閉じた。

    そのとき、空気がすこし揺れた気がした。

    目を開けると、
    トウマがフリフリの頭に、アイスペールの氷をまるごとぶちまけていた。

    くるくるだった巻き髪は、氷水でぺちゃんこになっていて、
    なぜか私は、昔、飼っていた猫をお風呂に入れたときのことを思い出した。

    ――なんで、こんなときに。

    ほんの一瞬、「ホストって、こういうのも“サービス”なのかな」なんて、現実味のないことが頭をよぎった。

    でもすぐに、レンが立ち上がって、トウマを羽交い締めにした。

    他のホストたちもやってきて、
    数人がかりでトウマを床に押さえつけて、
    そのまま、バックヤードへと引きずっていった。

    トウマは抵抗しなかった。

    ズボンも、パンツも、足首のところまで下がったまま。

    彼は何も言わず、ただ静かに、
    ゆっくりと、ズルズルと、連れていかれた。

    あのとき。

    私は、なにもできなかった。

    ただ、そこに座っていただけだった。

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    口の中に入れられたマルボロ

    私は、バックヤードに向かった。

    なにかしなきゃ、って思ったわけじゃない。
    でも、じっと座ってることはできなかった。

    奥の壁にもたれかかるようにして、トウマが立たされていた。
    両肩を、ホストの誰かが押さえつけている。

    そして、そこに、店長が現れた。

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    何も言わず、ただ手にしていたマルボロの箱を、
    トウマの口の中に、ぐいっと突っ込んだ。

    次の瞬間、
    腹に、キレのあるボディーブローが連続で打ち込まれた。

    (後編に続きます ↓ )



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