
さやかに星はきらめき ⑥ 最終回
前回の話↓
さやかに星はきらめき ⑤
次の、『さやかに星はきらめき』の合奏練習の日がやってきた。
仲直りの後、毎日放課後に二人で作戦会議をしようと、準から提案があった。
そこで色々と話し合ったおかげで、演奏の方向性や、テンポや表情などの細部がだいぶ整理できた。
練習の時も、ソリストはバンドの前、指揮者の隣に位置して演奏する。
楽器のベルは前方に向けているが、視界の端で準の指揮が見えるようにしている。
音楽がBメロに入るところで、テンポを合わせるために準の方を見たら、準も同じようにひかるに視線を向け、少し微笑んだ。
ひかるは照れて、すぐに目を逸らしてしまったが、そのまましばらく目を瞑り、音楽に集中しようとした。
元々ひかるは、自分の音色がコンプレックスだった。
なんか、ぽーっという感じで、間の抜けた音だと思っていた。
理想としている真由美の音はもう少し華やかで、芯がある。
そんな風に思っていたひかるの音を、準は好きだと言ってくれた。
曲がサビに差し掛かる。
この曲は、それまではメジャーコード中心で進んでいくが、サビで突然マイナーコードに変わり、メロディも朗々と伸びやかな音楽になる。
ひかるは、今胸にある感情のまま、そのサビのメロディを歌った。
サビの後は、ソリストはしばらく休みになり、伴奏のバンドのみの演奏になる。
ひかるは、自分以外の仲間が奏でる音楽を聴いて、何とも言えない温かさを感じていた。
前は、こんな風に聴けてなかったな
こんなに心強い、ありがたいことはない
2回目のサビを、前にも増して感情を込めて歌った後は、一旦音楽が落ち着いて、いよいよカデンツァの導入に入る。
ひかるは、サスペンデッドシンバルの響きがまだ残っているうちに、カデンツァの始まりを告げる伸ばしの音を、十分にヴィブラートを効かせて吹いた。
カデンツァは、即興的に聞こえる音楽だが、テンポとリズムの揺れや強弱などを、真由美や準と何度も話し合いながら、緻密に組み立てて、練習してきた。
それを、感情と理性のバランスをとりながら、計算通りに演奏しなければならない。
ひかるの集中力は、今や極限に達していた。
同じフレーズで上昇していく音型を何度も繰り返した頂点に、ハイCの音がある。
ひかるは、ほとんど無意識に近い感覚のうちに、そこに飛び込んでいった。
うまくいった!
伴奏が静かに加わり、曲は終わりに向かう。
ひかるの歌う、綿雪が舞い落ちるようなモチーフのメロディが、だんだんとバンドが奏でるハーモニーに溶け合っていき、温かなアーメン終止の絨毯の上に、柔らかく着地した。
♫
「荒町、一つ提案がある」
合奏練習の終わりに、おもむろに口を開いたのは、プリンシパルの伊島だった。
♫
ひかると準は、神社のベンチに座っていた。
クリスマスコンサートの本番は今週末だ。
さっき、バンドの練習が終わったばかりだが、二人の作戦会議は続けていた。
ただ、今日になって、かなり気温が下がっている。
二人は、白い息を吐きながら、『さやかに星はきらめき』の合奏の後の出来事を話し合っていた。
伊島の提案とは、ひかるのソロと、伊島のソロの曲順を、入れ替えてはどうか。ということだった。
「びっくりしたよ。思わず、えー!って大きい声出ちゃった」
「うん。でも実は、俺もそっちの方がいいかもって、ちょっと思ってたんだよね」
「けど、さすがに、このバンドでの凪さんの最後のソロっていうことを考えると、それは無いなって思って、あの曲順にしたんだけど」
伊島は、曲順を入れ替えた方がいいと思う理由として、三年生はこのコンサートで引退になるので、次の学年にしっかり引き継ぐという意味を持たせたいということ、ソロの二曲の曲調を考えると、入れ替えた方がコンサートの流れとして自然になるということを挙げた。
また、その後に付け加えて伊島が言った言葉が、ひかるは忘れられない。
『朝日のソロは、このバンドのメインにふさわしいと思う』
『…それに、二曲目の方が前座って、決まっている訳じゃないだろ?』
そう言って、にやりと笑ったのだ。
「もう、凪さんひどいよ⋯」
「恥ずかしい!あんなこと言わなきゃよかった」
「うん、凪さんが冗談言うなんて、相当珍しいぞ」
「でも、たしかに、二曲目であっても、凪さんの最後のソロっていうのは変わらないし、『目覚めよと呼ぶ声あり』も、かなり仕上がっているからね。聴いててわかると思うけど」
「えー、やめてよ。余計にプレッシャーだって」
「あー、どうしよ」
「ごめん、そんなつもりはなかったんだけど」
「けどさ…」
準が言葉を探し始めた。
「けど、うまくいったら、絶対いい演奏会になるよ」
「何当たり前のこと言ってんの。うまくいったら、そりゃ、いい演奏会になるに決まってんじゃん」
「ごめんごめん」
「⋯でも、そんな予感がするんだ」
「きっと、うん。いい演奏ができるよ」
「準、楽しそうだね」
「うん、正直、今は楽しみでしかない」
「…楽しむしかないか。こうなったら、私も。覚悟を決めて」
「あ、雪だ」
ふと、上を見上げると、街灯の明かりに無数の細かな影が映っていた。
「どうりで寒い。そろそろ帰ろうか」
「いや、もうちょっとここに居ようよ」
音もなく降り始めた雪は、暗い夜空にわずかな光をちらちらと反射させ、見下ろした街並みの灯りは、星のように瞬いて見えた。
終