
さやかに星はきらめき ④
前回の話↓
さやかに星はきらめき ③
次の週、真由美とのレッスンの日になったが、その後に予定していることのせいで、ひかるはレッスンに集中できないでいた。
真由美から頼まれていた、『さやかに星はきらめき』の楽譜は、レッスンを始める前に早々に渡したのだが、軽く礼を言われただけだった。
真由美は準とどこまでこの曲の話をしているのだろう?
準がひかるにソロを依頼したことは知らないのだろうか?
当然知っているはずだと思うのだが、真由美が全くその事には触れないので、余計にもやもやして、真由美からのアドバイスにもうわの空で返事してしまい、少し注意を受けてしまった。
「ちゃんと聞いていたかい?ひかるさん」
真由美は重要な指摘をするときには、ひかるを「さん」付けで呼ぶ。
「ごめんなさい。ちょっと別の考え事してました」
ひかるも素直に謝る。
真由美は軽いため息の後、
「今日はこれくらいにしようか。集中できないみたいだし」
と、レッスンの終わりを告げた。
「何か悩みがあるなら、相談してよ」
「ああ…はい、大丈夫です。とりあえず」
「自分でなんとかします」
そう、こればっかりは真由美に頼むことはできない
「遠慮しないでね」
「はい、ありがとうございました」
さて、これからが本番だ
ひかるは準にソロを引き受ける返事をするために、準の部屋の前に立った。
部屋の外から、簡潔にソロを引き受ける旨を伝えて終わり。それでいい。
何度も頭の中でシミュレーションしてきた。
よし、行くか
ひかるは準の部屋のドアを二回ノックし、声をかけた。
「準」
少し声が震えている気がする。
声をかけてみたが、すぐには返事はない。
だが、想定済みだ。
ひかるは待たずに、次の言葉を続けた。
「ソロのことだけど、私、やるから」
やはり、返事はない。
まさか、部屋に居ないとか?
そんなことが頭によぎった瞬間、
「ありがとう、お願いします」
準の声が思ったより近くから聞こえて、ひかるは驚いた。
もしかして、ドアが開く?
そこまでは想定していなかった。
心の準備ができていない!
「じゃあ、そういうことで」
急いでそう告げると、ひかるは階段を駆け下り、準の家を出た。
なんで私がこんなに焦んなきゃダメなんだ?
重大ミッションはひとまず完了したはずなのに、全然すっきりした気分にはなれなかった。
♫
次の部活の合奏練習の前に、準は皆の前でクリスマスコンサートの曲目が決まったことを発表した。
「今年のクリコンは4曲のプログラムです。オープニングは『我、もし王なりせば』序曲、二曲目はフリューゲルソロで『さやかに星はきらめき』、ソロは朝日さん」
誰ともなく「おー」という声があがり、拍手が起こったので、ひかるは立ち上がって軽く会釈した。
準の発表が続く。
「次にコルネットソロで『目覚めよと呼ぶ声あり』」
ソロは当然プリンシパルの伊島なので、準はあえて名前は言わない。
「最後のトリは『エルザの大聖堂への行列』、あと、アンコールは『そりすべり』を用意しておきます。以上です」
「じゃあ、今年の二年生最初のソリスト、朝日からひと言もらおうか」
副部長の新保の言葉にひかるは面食らった。
そうだった、初めてソロを担当する時は、皆の前でひと言挨拶させられるんだった
すっかり忘れていた
何も考えていない…
「えー…」
再び立ち上がってひとまず声を発してみたものの、次が続かない。
しばらくの沈黙の後、
「えーと、凪さんの足を引っ張らないように、しっかり前座をつとめたいと思います」そう言って、ペコリと頭を下げて座った。
また拍手が起こったが、さっきと比べて少し小さくなったような気がした。
しまった。自分を卑下しすぎたか
案の定、茶々が入った。
「おーい、大丈夫か?そんな遠慮しなくても、凪のこと食っちゃっていいからね」
そう言ったのは、E♭バス担当で三年の月岡冴だ。
彼女は気が強く、誰にでも歯に絹着せぬ物言いをする。
ただ、月岡のおかげで、白けかけた空気が和らいだ気がして助かった。
少し笑い声もあがったし、「はい、がんばります」と、多少でも前向きな言葉を付け加えることができたからだ。
ひかるはつくづく自分の性格が嫌になった。
♫
『さやかに星はきらめき』の合奏練習が始まったが、どこかしっくりこない。
テンポだろうか?
たしかに、ひかるは少しゆっくりめでやりたいと思っていて、準は楽譜に書いてあるテンポに忠実に振っているので、違いはあるのだが、テンポをゆっくりにしただけでは、感じてる違和感は拭えない気がしていた。
もちろん、このバンドでの初めてのソロなので、緊張はある。
ただ、なんだかんだ言っても、ひかるは楽器を演奏するのが好きだ。
だが、そこに今ひとつ気分が乗ってこない。ただ、淡々と吹いている。
これではつまらなそうに聞こえるだろうな
そう思いながらも、まあ、初めてだし、何もかもうまくいくとは限らないよな。と、現状を受け入れようとしていたところで、しばらく練習の進行が滞った。
ちょうど、曲後半の、ひかるが伴奏無しで演奏するカデンツァの直前にあるサスペンデッドシンバルのロールが、なかなか準のイメージ通りにいかないようで、準は担当しているパーカッションの一年生に何度もやり直しを命じていた。
「いや、それでは大きすぎる、シャーーン…って感じで、やさしいんだけど、余韻は長めで」
「いや、違う、もうちょっと長め」
「いや、今度は少し音が小さすぎ…」
そんなやり取りを十回ほど繰り返したところで、プリンシパルの伊島が口を挟んだ。
「荒町、朝日のことも考えてやれ。今日カデンツァを吹く必要があるのかどうか」
何度もソロを勤めている伊島らしい指摘で、ひかるは伊島に気遣ってもらっているとわかり、少し気が引き締まるのを感じた。
「いや、すみません。ちょっとここはこだわりたくて」
「でも、ごもっともなので、先に進めましょうか」
ようやく曲が進み、ひかるは皆の前で初めてカデンツァを演奏したが、出来はひかるの理想とはほど遠いものだった。
伊島の言葉に気負いすぎたのか、表情付けはどこかギクシャクしてわざとらしいものになってしまい、おまけに、クライマックスにある最高音を派手に外してしまった。
合奏練習が終わり、暗澹たる思いで楽器を片付けていたところに、声を掛けてきたのが伊島だったので、ひかるは驚いた。
伊島は部長だが、元来無口で、部長として皆に話をする際も必要最低限のことだけだったし、言葉よりも演奏の実力で引っ張るタイプだと思っていたので、伊島の方から話し掛けてくることなど想像もできなかった。
「凪さん、すみません…」
そんな言葉が咄嗟に出てしまった。
「謝る必要はない」
「みんな、朝日のことは認めている」
「心配しないで、好きなようにやっていいから」
伊島はそれだけ言って、去っていった。
「ありがとうございます…」
ほとんど音にならない声で呟くと、視界が涙で滲んだ。
このままではダメだ
ひかるは、強くそう思った。
♫
「カデンツァの最後のハイC、百発百中で当てられる方法を教えてください」
次のレッスンの日、ひかるは半ばやけくそに真由美に聞いてみた。
「気持ちはすごくよくわかる」
「でも、もしそんな方法があったら、そりゃパガニーニも悪魔に魂を売るよね」
真由美はたまに意味のよくわからない例え方をする。
「真面目な話、ポイントは息のスピードだね。ハイCの出る息のスピードを常に出せるように、繰り返し練習して、身体に覚え込ませるしかない」
「何事も地道な努力からだよ」
「やっぱりそうですよね」
「ここ、楽譜上はCからハイCのグリッサンドだけど、普通にスラーの方が当てやすい?」
「もしそうなら、スラーにしちゃうのもありかもね」
「なるほど」
たしかに、スラーでオクターブ上がる方が当てやすいかもしれない。
やはり、率直に真由美に聞いてみてよかった。
レッスンの後、ひかるは真由美にもう一つ相談をした。準とのことだ。
「真由美さん、ちょっと準と話がしたいです」
ひかるは、勇気を出して真由美に言ってみた。
考えてみれば、準と二人で話がしたいなら、わざわざ真由美に許可を取る必要はない。
だが、あえて真由美にそう言うことで、今までのことに自分なりにけじめを付けたかったのだ。
それに、決心が揺れてしまうことを防ぎたい気持ちもあった。
「そっか、わかった。ちょっと待ってて」
真由美も、ひかるのそんな思いを察してか、余計なことは言わず、素直に準に取り次ぎをしてくれた。
「準、今部屋にいるから、大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
ひかるは、真由美に礼を言って部屋を出ると、準の部屋に向かった。
続く
次回の話↓
さやかに星はきらめき ⑤