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南家の一大事~精神科ナースが弟の借金400万問題に取り組んだ3か月記#5

    ←★前回:第四話

    【第五話】弁護士契約と新たに発覚する2つの問題

     弟から借金の告白を受けてから20日。
     弁護士との無料相談から6日。
     秋彦本人と家族の間でコミュニケーションエラーが頻発しているが、双方のメンタルケアを行いつつ話し合いを繰り返した結果、ようやく弟自ら自己破産を選択する発言を聞けた。

     本人の意思決定によって方向性が決まり、本契約へと踏み切る。

     契約が成立したことで、弁護士さんは誰より頼りになる専門家となるのだ。
     債権者の確認では、かなりの漏れが指摘され、言われて初めて、「あ、これも対象か」となることも多い印象である。
     ネットの情報よりも、やはり担当弁護士さんに細かく確認して動くことが重要なのだと改めて思う。
     自己解釈でなんとかなるならプロは不要なのだ。

     ところがここにきて、新たな問題が勃発した。

     債務整理には、任意整理、個人再生、自己破産とあるが、自己破産はさらに2種類ある。
     『同時廃止』と『管財事件』だ。
     自己破産とは裁判所に破産を申し立てて借金を免除してもらうことなのだが、双方の詳しい違いはここでは割愛するとして、『同時廃止』で通る方が、費用もかからないし、最終的に免責となる期間も短くて済むというのは押さえておきたいポイントである。
     ただし、資産額が20万円以下、免責不許可事由がない、個人の借金である、といった条件をクリアする必要があり、弟の借金を裁判所がどう判断するかに委ねられる側面もある。
     どちらになるのか、結果が出るまでにはそれなりの時間がかかるものだ。
     とにかく、結果がでるまでは資産額は20万以下でなければならないし、『財産』には何が該当するのかは、法律の解釈や実際の判例などからラインを見極める必要もある。

     弁護士事務所へ相談に行った時点で、弟の預貯金は完全に底をついていた。
     通帳の残高照会で確認もした。
     必要書類を揃える過程で、『同時撤廃』の条件を何度も確認した。

     ところがこの後に及んで、働けていなかった期間の傷病手当の申請をしたと言ってきたのだ。
     しかも半年分。
     しかも、この借金問題を私に相談してくる前の段階で、だ。

     自己破産を申請するのなら財産と呼ばれるものがあってはいけないし、高価なものは処分の対象になる。
     車や不動産、貯蓄型の保険なども該当するため、「そういったものはありませんね?」とあくまでも条件の最終確認という意味合いでしたやりとりの後に、この告白である。
     本人曰く、ネットでは、傷病手当は財産に当たらないと書かれていたから今日まで言わなかったらしい。
     どっこい、それも現金であれば財産扱いになる。
     それはそうだろう。
     お金はお金だ。
     万が一にも、裁判所への申し立てが通る前に傷病手当が数十万単位で振り込まれてしまったら、『同時廃止』から『管財事件』に切り替わる可能性は高く、そうなれば、弁護士費用も単純に2倍になってくる。

     その場にいた父も、そして後からこの告白を聞かされた私たちも家族全員が絶句した。
     現場でいきなり告げられた弁護士さんも呆れたと思う。
     いや、もしかすると、こういうことは珍しくないのかもしれない。
     ボイスレコーダーを確認する限り、とても冷静に対処方法を提示してくれていたのだ。
     さすがプロだ。
     ふつうだったら、この時点で関わるのを放棄する。
     意識無意識は別にして、嘘をつく、あるいは隠し事をする人間とは、ちゃんとした信頼関係を築くことは難しいのだから、早急に手を引きたくなる。
     ただ、これが対人支援としての仕事なら、それこそ、『相手はまだすべてを話していないかもしれない』というのを念頭に置き、『本当のところはどうか』を探っていくし、話してもらえるように信頼関係を築く努力をするし、心理的安全性を考慮する。
     いかに相手に本当のことや本音を包み隠さず話してもらえるかが腕の見せ所なのだ。
     精神科看護ではカウンセリングのスキルも一般診療の病院以上に求められる。
     弁護士にも、このスキルが求められるのだろうか。
     私が同僚を共有する『精神科あるある』と同様に、弁護士さんにとっても『クライアントあるある』なのかもしれない。

     ボイスレコーダーの音声データから聞こえる弁護士さんの態度は頼もしく、いくつかの問題点を確認した後、いったん傷病手当の申請を取り下げられないかを問い合わせることになった。
     感情コントロールも満点な弁護士さんから提示されたのは、自己破産手続きにおいて必要な資料の提示である。
     お金の流れを把握しつつ、本当に収入がないのか、なぜ借金がここまで膨れ上がったのかの背景までわかるものが要求されるわけだ。
     聞いていても、「へえ、そうなんだぁ」となるばかりだが、この辺は弁護士さんが細かく説明してくれるし、なんならそのための資料と説明内容も紙で渡してもらえる。
     ボイスレコーダーおよびメモ帳を持参していても、やはりプロが用意してくれる資料ほど有難いものはない。
     どうなるのかはわからないが、とにもかくにも必要書類を揃えるべく、次の相談日までに動くことで方針は決定した。

     ところで、現在、銀行の出入金の履歴はオンラインが主流である。
     例えば過去2年分の履歴を得ようとした時、もしオンライン口座やアプリの手続きをしておらず、かつ通帳記入が滞っていると、通帳はまとめ記載となる。
     その詳細な履歴を手に入れるためには、窓口で申請してから取り寄せまでに2週間はかかると知った。
     そして、この『通帳の履歴』を確認することで、傷病手当申請問題に続き、さらなる問題が発覚してしまう。

     必要資料となる銀行の履歴を確認したところ、母からの仕送りが合計で100万になっていたのだ。
     なぜか仕送りを頼んだ本人が、「こんな金額になってたなんて」と驚いていたのだが、意味がわからない。
     驚いたのはこちらの方だ。
     母が時折弟へ仕送りをしていたのは母本人から聞いていたが、まさかそれが1年以上前からほぼ毎月10万を送金していたとは知らなかった。
     生活費を送ってほしい、家賃分を貸してほしい、という文言だったようだが、弟は自分の貯金を切り崩すどころか、母の貯金を当てにしていたわけで、今回の借金問題が発覚する以前、とっくの昔に東京での生活は破綻していたということだ。
     そしてこの仕送りはつい最近まで続いており、にもかかわらず、弟は自身の借金については母に黙っていたということでもある。
     母もなぜそれほど長く仕送りしていた事実を黙っていたのかと頭を抱える。

     それでも絶対に相手を責めるニュアンスは含めず、直接実家に赴き、母に話を聞けば、親心として、変なところから借金をしたり、おかしなバイトや犯罪に手を出したらどうしよう、という心配から援助を続けたらしいと分かった。
     でも、もっと早く、他の家族もその現状を把握できていたら、そもそも借金はここまで膨れ上がっていなかったはずだ。
     いや、これは私もいけない。
     私は母が秋彦に送金を依頼されていることを知っていたし、思い返せば、「いつまでも続けられないよって伝えたんだよね」というセリフを一度ならず聞いていた。
     同じ言葉をくりかえす時、ひとはそこにこだわりや悩み、伝えたい問題を内包させていることが多い。
     メンタルヘルスの領域に踏み込み、それを学んできた私は、母の言動に違和感を覚えるべきだったし、そもそもお金の無心が来ていると知ったタイミングで詳細を聞いておくべきだったのだ。
     チャンスはいくらでもあったのに、逃したのは私だ。
     そこは母と近い場所にいた私の落ち度だろう。
     情報に対してのアセスメント不足である。
     コミュニケーションエラーも甚だしい。
     忸怩たる思いだ。
     自身の迂闊さに頭痛がひどくなる。
     ため息も出る。
     だが、ここで私が自分自身や母、弟を責めてもどうしようもない。
     借金が減るわけでもない。
     母の貯金や年金がすぐに返ってくるわけでもない。
     弟が母の思いをこれっぽっちも汲めていなかったことが判明したが、それもいまさらだ。

     それにしても、秋彦の『他人のお金に対するあまりの無頓着さ』には憤りを覚える。
     思わずまろびでる本音を隠しつつこの件を夏江ともオンライン通話で共有した際、彼女から『10年ほど前にも一度似たようなことが起きていた』と指摘された。

     思い起こせば、確かに秋彦は就職で一度東京に行っている。
     だが、そこで仕事がうまくいかず、数か月経たずに今回のように無職になった。
     その際、やはり無職になったことをしばらく黙っており、母が持たせた200万を使い込んでいたのだ。
     ちなみに、その200万は、そもそも母がかつて私にかけていた学資保険が満期をむかえたものを、東京へ行く弟の口座に入れたのである。
     私はすでに看護師として収入も安定していたため、母の申し出に対してこれを了承した。
     だが、そのお金があったために、弟は数か月にわたって一切就活をせずに東京でひとり暮らしのニート生活ができてしまったのだ。

     題して『第一次東京生活・貯金使い込み事件』である。

     あの時は、業を煮やした父が引っ越し代金を肩代わりしたうえで、東京の部屋を引き払って実家に弟を連れ戻した。

     このことを私はなぜか忘れていたのだが、夏江と話していて思い出し、同時に、我が上司の『同じことを繰り返す』という言葉も思い出す。

     まさに、いまだ。
     保険の満期で下りたお金を充当する、というシチュエーションまでぴったり同じである。
     なるほど、これはたしかに『借金を肩代わりすべきではない』と諭してくれた上司のいうとおりだ。
     教訓が刻まれないタイプの人間を甘やかしてはいけないし、『誰かが何とかしてくれる』という成功体験を与えてもいけないのだ。

     諸々の言いたいこと全部を飲み込んで、私は秋彦とオンライン面談を行う。

    「まさかこんな金額になるまで母さんに借りてたなんてショックで」
    「もっとお金に対してちゃんとしたい」

     弟は、私に対してそう言ってきた。
     100万という母からの援助の金額が視覚化されて目が覚めたのならなによりだが、さて本当にそうだろうか。
     弁護士事務所へ相談に行く前に比べてまともな顔つきには見える。
     これが一時的なものでないことを願うしかない。
     ちなみに精神科ナースの知見としては、妹宅に身を寄せることで食生活が改善され、脳に栄養が行った結果じゃないかとひそかに思っている。
     弟の家の冷蔵庫には菓子パンとカップ麺とエナジードリンクとジュースしかなかったと聞いている。
     うつ症状の悪化や思考力の低下には栄養不足の影響が意外と無視できないのだ。
     正しい生活習慣は心身の健康を保つ。

     ちなみに、栄養不足や脱水によって、一時的に認知症のような症状が出ることもあるし、そこが入院で改善されるといわゆる問題行動と呼ばれる諸症状が改善される事例があることも付け加えておこう。


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    あなただけの物語をオーダーメイドで綴る"物語ライター"であり、ミステリと少しの不思議をこよなく愛する看護師でもあり 読書や観劇、おでかけ、趣味あれこれもつづる字書き

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