
南家の一大事~精神科ナースが弟の借金400万問題に取り組んだ3か月記#7
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【第七話】借金問題の決着と再発防止策
弟の借金問題発覚から3ヶ月。
札幌は季節が夏の終わりから冬の始まりへと突入したある日、弟から、無事に『同時廃止』での破産開始決定が下りたとのメールが届いた。
弁護士さん曰く、債権者からの意見申述がなければ晴れて免責決定となるらしい。
追加の弁護士費用の発生がなかったことに家族一同心底ホッとした。
まあ、このことを弟が私に知らせてきたのが、彼のもとに弁護士さんのメールが着信してから1週間後だったこと、さらにあれほど尽力してくれた他の家族には私から言うと思っていたから知らせていないと言われたことについては、いろいろ思うところがあるけれど飲み込もう。
飲み込んで、「それぞれにお礼を添えてお知らせするんだよ」と伝えた。
とりあえず、弟に対する自立支援の一環と考えておくことにしている。
幸い、良いことは続くようで、弟の再就職も決まった。
スーツ購入事案を間に挟みつつも、その後の面接から無事にシステムエンジニアとして採用と相成ったらしい。
派遣のため、半年という期限付きのものだが、それでも収入のめどが立つのは喜ばしい。
これにより、西島家の居候生活も終了し、暫定ではあるが本人希望のひとり暮らしも継続可能となった。
父太助も、一足早く札幌に戻ってもらっている。
つまり――誰からの管理も監視も受けていない状態で給料という名の『まとまったお金』が彼の手元に入るのだ。
ここで、私は自認『南秋彦の担当看護師』として、驚くほど金銭の価値観がずれている彼に対し、基本的なお金の使い方を覚えてもらう働きかけへとフェーズを移す。
借金問題に条件付きとはいえカタがついたとなれば、次は本格的な再発防止に着手せねばならない。
その一歩として、まずは、事前にひと月の生活費を算出し、給料の中で貯金と返済しながら生活するための必要経費と使えるお金を計算し、予算提示した。
続いて、発生したレシートや領収書、給料明細ほか、あらゆる出入金に対し、その都度スクショなど画像にして私のスマホに送るよう伝えた。
弟のこれまでの行動から、収支のバランスを見るための正確な情報をいかにリアルタイムであるかを家族と話し合って出た案がこれなのだ。
なお通帳は夏江に預かってもらい、随時記帳して内容を把握することも秋彦には了承させた。
ちなみに、彼が借金をしていたクレジットカードは銀行由来のものである。
当然のごとく、今回の一件で口座は凍結されているのだが、何もすべての口座が凍結されるわけではない。
クレジットカードと紐づいていない銀行の口座は使用可能である。
それも見越して、借金発覚の時点でクレジット払いの公共料金は軒並み、残存する口座からの引き落としへ変更していた。
ただし、自己破産の手続きが完了するまでは、返済が滞っているアレコレが引き落としされないように、口座に入っている金額は最低限としなければならない。
そのため、当然、水道代やガス代などは滞納せざるを得なかったのだが、ここは想定の範囲内なのだ。
光熱費などは滞納すると各所から『請求書(督促状になるのだろうか)』が届く。
それが届いたらコンビニや銀行から現金で払い込む、というかたちで対応していた。
あまり褒められた手段ではないが背に腹は代えられない、実にぎりぎりの力技である。
今回の一件で実績を作ってしまったわけだが、これらも、いつかどこかのタイミングで活かせるネタのひとつと考えておく。
世の作家は、人生で起こる全てがネタになる――というか、ネタにすると聞いた。
私も、『ネタになると思えば、大抵のことは乗り越えられる』というそのメンタルを見習っていきたい。
なお、自己破産をしたことで、弟はブラックリストに載ったため、今後数年にわたってクレジットカードをつくることはできない。
当然ながら、ローンも組めない。
キャッシュレスで失敗した彼は、強制的に現金生活へ移行したわけだ。
だが、これはチャンスだろう。
長期目標は、『勤労によって定期的な収入を得て、ひとり暮らしを継続しながら、家族に借りたお金を返しつつ、貯金もする』である。
短期目標は、『決められた金額内で日常生活を送る』としている。
できる人にとっては当たり前だが、苦手な人にとってはどうしようもなく難しい課題だろう。
だが、やらねばならないのだ。
今回の事案をもって、我々南家一同は、秋彦の金銭感覚に強い危機感を覚えた。
借金に至った経緯にはある程度『情状酌量の余地あり』とするが、それでも、言動の端々から、お金の計算式が根本から違うと感じてしまうことも多々あったのだ。
金銭感覚とは結局のところなんなのだろう、と私は繰り返し考えてしまう。
ただ、これも後に夏江から聞いたのだが、弟は幼いころから祖母に甘やかされ、両親がダメといったものでも、祖母に頼むことで様々なものを買い与えられていたらしい。
私の知らない、我が家の裏事情である。
おそらく、妹と弟は2歳差で年齢が近いこともあり、夏江は私よりもずっと弟のあれこれを間近で見てきたのだろう。
おかげで、「なぜ同じ家庭環境でこんなにも金銭感覚が違うんだ?」という疑問への回答を得るに至った。
そもそも前提というか、土台が違っていた。
同じ両親から同じ家庭環境で過ごしてきたと思ったけれど、私や夏江は家の手伝いをしてお小遣いをもらい、お年玉と合わせて買うといった経験を積めたが、弟は祖母によって、その機会を奪われていたのである。
自分で家の手伝いや両親との約束を守ったことへの報酬としてお金をもらう、という感覚もないので、金銭への価値が育つこともなかったのだろう。
頼めば何でも買ってもらえていたのなら、他人と自分のお金の境界線も曖昧になろうというものである。
他にも本人の特性や様々な条件が重なった結果が、今回の借金問題として現れたのだろう。
そしてこれは、かつて私が出会ってきた『借金をする人』と同種の思考回路であると気づく。
思い返せば学生時代から、友人の中にも数人存在していたのだ。
自身の収入以上のものを望み、破綻していく人々。
そして、堅実な生活から遠く、欲しいものを我慢できない人々は、たしかにいた。
ある友人はバイト代のほぼすべてを、大好きなブランド服につぎ込み、当時はやっていた矯正下着につぎ込み、そして足りなくなると友人たちから、自分の持っているゲーム機や写真集などを担保にお金を借りていた。
またある友人は、カード限度額になっているから、別のカードを使わないといけないという話をしていた。
リボ払いにするかキャッシングにするかで悩んでいるけど、それで当面はしのぐつもりだとも言っており、その時は本気でこの友人が何を言っているのかわからなかった。
リボ払いはやめた方がいいと言われると、「え、でも何年かで返せるでしょ。シミュレーションしたら全然いけるもん」と答え、「20万の支払いが25万になるんだよ」と言われたら、「5万くらい全然いいよ」とも答えていた。
この『余分に支払う5万』への感覚の差が、『借金する人としない人』の差なのだろう。
借金をしていながら5万の利息を気にしないということは、その5万というお金の価値も重みも感じていないということだ。
そんな彼女は生活が苦しいと言いつつ、飲みに行こう、遊びに行こうと人を誘い、好きなアーティストへの課金がやめられないと半ば自慢げに語っているのも耳にした。
節約の意識など芽生えるはずもない、実にすがすがしいほどの一貫性を感じる。
また、別の機会に、『どうやら借金が膨らんで100万単位になると、1万や2万がはした金に思えてくるらしい』という話も聞き及んでいる。
いまさら借金が1〜2万増えたところで、ということらしい。
だが、その1万円はだれかが労働の対価として得たものであり、最低賃金なら10時間の労働の対価である。
そして、100万円借金に対して、月1万の返済なら全額返済には10年近くかかる。
今回の弟の件でいえば、70代の母にすべて返済するころには80代へ突入している計算となる。
それが400万となると、返済は40年だ。
私がもし、上司の助言を受け入れずに一括返済としてその金額を弟へ貸していた場合、全額返金される頃にはやはり80代に突入である。
弟は自身のもらえるかどうかも分からない年金から私の借金を返済することになるだろう。
そのへんをどう捉えているのかと問いたくなるのだが、おそらくいまいち想像できていないというか、実感できていないのではないだろうか。
そんなことをつらつらと考えていたところで、ふと、その昔、ある人から「金と時間にルーズな人間にろくなのはいない」と助言とも警告ともつかない言葉を賜ったことも思い出した。
他人にも自分にも厳しく、規律を重んじるその方は、きっとさまざまな苦労をされたのだろう。
察するに余りある、実に実感のこもったお言葉であった。
その方が提唱していたのが、社会に出る前、可能なら中学や高校の段階で、お金にまつわる勉強をきっちり受けるべきというものだった。
キャッシュレス社会には落とし穴が無数にある。
クレジットカードのこと、カード会社の選び方、キャッシングやローン、リボ払いの仕組み、利率のこと、借金のこと、保証人のこと、契約のこと。
他にも、この社会にはお金と契約に関して実に学ぶべきことが多い。
リボ払いは支払い金額次第で永遠になくならないし、一括で払えないから借金は増えていく一方である。
その仕組みをまるで理解しないままにリボ払いを選択し、6桁から7桁レベルまで借金が膨れ上がった例は少なくない。
知らずにいたら、とんでもないことになるのだ。
現に我が南家末っ子長男も、とんでもないことになった。
それでも、この一件が彼にとって、人生のターニングポイントになると信じ、支援していきたいとは思っている。
自身や他者の失敗から学んでリテラシーを高め、同じ過ちを繰り返すことなく歩んでほしい。
・欲しいものはお金を貯めて買う・現金払いができない、一括で買えないものには手を出さない
せめてそこを守れる人間でありたいし、弟にはそこを最低限のルールとして今後お金と付き合っていってもらいたいのだ。
ただ、それは本人に任せてなんとかなるものではないことを、私は看護の現場から学んでいる。
生育歴はその人の価値観をつくる。
弟と私では、環境も違うし、価値観も違う。
それでも今回のようなことが二度と起こらないよう、再発防止策の一環として、私は報連相の基本とともに金銭管理の基本を一から弟に教えていかねばならない。
借金問題が片付いても、弟の人生は続くし、私たち家族の人生も生活も続く。
姉として、家族として、看護師としての私の日常も続いていく。
もしかすると私たち家族は弟に、『困っても、だれかが何とかしてくれる』という体験と学習をさせてしまったのかもしれない。
かつての友人や知人たちと同じように、私たちという『本人が起こした問題をなんとかしてしまう周囲の存在』が、秋彦の成長の機会、自身を見直す機会を奪ってしまっているのかもしれない。
最初の一手から、私たち家族は何かを間違えたのかもしれない。
今回の私たちの対応が果たして良かったのか悪かったのか、その答えを知れる日が来るかどうかすらわからない。
私自身、精神科ナースとしてここまでやってきたが、こういった自身とは違う価値観や精神構造の理解に乏しいという自覚もあるから尚更だ。
それでも、残暑の厳しいあの晴れた日に発覚した400万の借金問題は、本格的な冬を迎える前に一応の決着がついた。
・借金の肩代わりは絶対にしない
・弁護士選定時には無料相談を活用し、互いの相性の確認もする
・無料相談の時点で、事前に資料と質問事項を用意する
・必要書類を揃えるのには時間がかかる
・感情が巻き込まれないように距離を保つ
・自分の常識(当たり前)が相手の常識とは限らないのですり合わせが大事
・迅速かつ正確な報連相はあらゆる関係性において必須!
以上を今回の教訓として、この文章を締めようと思う。
願わくは、南家の一大事と、そこで得た教訓や知見がまだ見ぬ誰かの支えとなれますように。
了