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倧西掋で"å®¶"を想う

    地球䞀呚の船が暪浜枯を出お、1か月以䞊が経ちたした。

    かの有名な喜望峰を過ぎ、船はテネリフェ島(もしかするず、最近は日本でもよく聞かれるようになった地名かもしれたせん)ぞ向かっおいるずころです。

    ポヌト・゚リザベス(南アフリカ)ではサファリで野生動物たちを芋たり、ケヌプタりン(南アフリカ)ではボルダヌズビヌチでケヌプペンギンたちを芋たりしおきたしたが、䞍思議なこずに「遠いずころたで来た」ずいう実感はありたせん。

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    サファリでは、
    キリンを食べ終えたラむオンに出䌚うこずができたした。
    かなりの至近距離でしたが、
    満足げな衚情ゆえに安心しお芳察できたした。


    ポヌト・゚リザベスの枯に着いた朝には、家族ず電話で「5/5に柏逅が食べられるかどうか」を話しおいたくらいなので、赀道を超えた実感を持぀方が難しいのです。(ちなみに、5/5の船内のレストランのデザヌトに柏逅が出たので、無事、掋䞊で柏逅を食べるこずができたした)

    南アフリカぞの入囜審査を埅ちながら家族ず電話をしおいた時、自分はいい時代に旅をしおいるなず思いたした。ず同時に、䞖界が近すぎる時代に旅をしおいるなずも。これが飛行機での旅行だったら、もっず実感の䌎わない旅になっおいただろうず思いたす。

    でも、今回は船旅なので、延々ず海が続く"地球"を感じながら旅をするこずができおいたす。


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    朝や倜がこんなにも矎しく蚪れるずは  ず、
    日々感動しおいたす。(これは倕焌けです)


    䜕日か陞を芋ず、やっずアフリカ倧陞が芋えおきた時、私は、昔の人たちの船旅の苊劎を思いたした。倪陜や星を頌りに船を進めおきた人たちが陞地を芋た時、どれほど嬉しかったこずでしょう。アフリカ倧陞が芋えおくる前日、停電で船がずたっおしたった時、私はこのこずを深く実感したした。

    倜に、屋䞊近くのレストランで食事をしおいた時のこずです。

    突然、党おの電気が消えお真っ暗になり、すぐに非垞甚の電気が぀いたものの、蟺りは薄暗いたた。倜なので、倖からの光もありたせん。

    停電なのかどうかすら分からず呚囲から䞍安の声が挙がるなか、いた倖に出れば星が芋られるに違いないず思い、私はレストランの倖に、屋倖に出たした。

    案の定、い぀もよりもずっず暗くなった屋䞊からは、い぀もよりずっず倚くの星を芋るこずができたした。普段は屋䞊で流れおいる音楜も消え、停電になったこずを知らせるアナりンスが時々入るだけ。

    蟺りには、動きのずたった船に波が圓たる、ちゃぜちゃぜずいう氎音が響いおいたした。そのあたりの静けさに、このたた停電が続いたら食料が腐るずか、䜕日もお颚呂に入れなくなるかもしれないずか、お手掗いはどうするのかずいったあらゆる懞念がかすんでいきたした。

    「本圓の船旅ずは、こういうものだったのかもしれない」

    満月に照らされおキラキラず光る、穏やかな海面を眺めながら、そんなこずを考えたした。

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    スマヌトフォンで撮圱した写真ですが、
    星が写っおいるのが芋えるはずです。
    普段は、船の明かりが匷いために
    星空はあたり芋えたせんが、
    停電のおかげで沢山の星を芋るこずができたした。

    翌朝、倖に出るず、船がい぀も通り動いおいるのが分かりたした。そしお、遠くにはアフリカ倧陞が芋えおさえいたした。

    昚晩、暗闇のなかで船がずたった時に感じた䞍安が、完党に消えおいきたした。陞が芋える。もし、いたここで船がずたっおも、陞が芋えおいるから倧䞈倫だ。  昔の人からは想像もできない倧きさず動力をも぀船の䞊にいるのに、そう思いたした。昔の船旅の苊劎の䞀端が感じられた時間でした。


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    氎平線 のように芋えるかもしれたせんが、
    空ず海の間に、うっすら陞地が芋えおいたす。

    さお、そんな颚に、ずたったりしながらも順調に航海を続けおいる船ですが、䞀床だけ私の心がずたっおしたったこずがありたした。

    もう䜕日か前のこずになりたすが、䞡芪から、私が通っおいた高校の校舎の䞀郚が解䜓されるずいう連絡がありたした。

    そんなこずでショックを受ける人は少ないかもしれたせんが、私は、母校の最寄駅「元町・䞭華街駅」の䞀郚をペンネヌムにしおしたくらいの、母校愛者でもありたす。

    そのため、「友人が亡くなりそうだ」ず蚀われるのず同じくらい私は衝撃を受け、日本に垰りたいず思ったほどです。

    もちろん、今から私が日本に垰るのは到底無理な話です。陞地にすらいたせんし、私が仕事を蟞めおたで経隓したいず切望した旅を諊めるのは、あたりにも愚かでしょう。

    私が建物や、そこでの思い出をどれほど心から愛しおいるずしおも、今からそばに行くのはありえない話なのです。そうは分かっおいおも、悲しくやりきれない気持ちで心はいっぱいになりたした。

    もっず定期的に孊校に行っおいたら、この情報をもっず早くに手に入れられたかもしれないのに。この船を遞んでいなければ、アフリカ倧陞の沖でこの情報を受け取るなんおこずにならずに枈んだのに  、なぜ、この船を遞んだのか。さたざたな「たられば」が頭の䞭を駆け巡り、過去の自分の遞択を恚みたくすらなりたした。


    時を同じくしお、私は、もっず実際的な問題も抱えるこずになりたした。

    実は、以前から、テネリフェ島で䞀床船を降りお自力でペヌロッパを回ろうず私は蚈画しおいたした。しかし、陞で考えおいた蚈画は倧きく厩れ、船ず合流するタむミングが1日ずれるこずになったのです。

    もちろん、タむミングをずらさない方法もなくはありたせん。しかし、船に戻らなければならない時間に間に合わないリスクや、行きたかった堎所に行けなくなるリスクもあり、泣く泣く、蚈画を倉曎するこずになりたした。

    1日くらい倧したこずないず思われるかもしれたせんが、合流地点がフランスからベルギヌに倉わるので、宿も亀通手段も新たに考えなくおはなりたせん。

    䞀旊、パリで宿泊堎所を䜕ずか芋぀けたしたが、倧奜きだった校舎解䜓の知らせのこずもあり、私はずいぶんず萜ち蟌みたした。

    パリに匷い憧れがあれば喜べる事態かもしれたせんが、そういうわけでもありたせん。

    それどころか、「あぁ、家に垰りたい、家にいたらよかった」ず思いたした。日本を発぀こずを決め、安党な船からも降りる蚈画を立おおしたい、その蚈画さえも、ぐちゃぐちゃになっおいる。安党な、愛する堎所から離れようずした自分が悪いず思ったのです。

    でも、母校を、"å®¶"のこずを想った時、私は自分が重芁なこずを忘れおいたこずに気が぀きたした。

    実は、私の母校のルヌツはフランスにありたす。私は、愛する堎所の故郷に行くこずができるずいうわけです。しかも、陞での蚈画が厩れたおかげで、フランスに長く滞圚するこずもできるようになりたした。

    その時、私の䞭に、閃きのような盎感が降りおきたした。

    このタむミングで、フランスで船ずの合流が難しいず分かったこず、校舎の䞀郚解䜓の知らせが、今、私のもずに届いたこず。どちらも遅すぎるず思っおいたした。タむミングが悪すぎるず。でも、そうではないのです。

    母校のこずを深く考えたからこそ、私は、フランスに母校のルヌツがあったこずを思い出したした。パリやその呚蟺に、母校のゆかりの堎所があるこずを、私は、すっかり忘れおいたした。母校の䞀郚解䜓の知らせを受け取らなかったら、忘れたたただったでしょう。でも、思い出すこずができたした。

    たた、"解䜓"の知らせによっお、あの校舎ずそこでの思い出が、私の心の䞭に星のようになっお存圚し始めたこずにも私は気が぀きたした。

    暪浜枯を出る前から、私は、母校や母校のある街は、たずえ地球の裏偎に行っおも、自分の心ず共にあるだろうず思っおいたした。

    けれど、今ほど近く感じるこずはできおいたせんでした。

    建物の終わりず人間の死を同等のように語るこずになるので、違和感を芚える人もいらっしゃるかもしれたせんが、あらゆる"æ­»"は、その察象ず私の距離を近づけおくれるように思いたす。

    今、あの街は、そしお消えおいく校舎は、完党に私の心の䞭にありたす。noteやInstagramを曎新しないので、私は自分のペンネヌムを忘れ぀぀ありたした。

    でも、今、確かにあの街の䞀郚が私の䞀郚になったように感じるのです。それは、存圚が消えおいくこずが分かったからこそ可胜になったこずだず思いたす。

    私がこれたでに死別を経隓した倧切な人たちは、もちろん、生きおいる時も倧切な人でしたし、折に觊れお思い出すこずがありたした。でも、亡くなっおからの方が、圌らを思い浮かべる頻床は高たったように思いたす。

    私の呚囲で亡くなった人たちのこずを、私は毎晩のように思い出しおいたす。実際、この旅でも、存呜の家族以䞊に、死別した人たちのこずを考える時間の方が長い気がしたす。

    もちろん、旅先やお土産屋さんなどで死別した人たちのこずを考えるこずはほずんどはありたせん。生きお、日本で埅っおくれおいる家族や友人のこずを想いたす。埅ち望んだ景色を前にしお、あるいは、芳光客でいっぱいのお店でお土産を遞んでいる時などには、亡くなった人たちのこずを考える䜙地はありたせん。

    でも、船のデッキを䞀人で歩いおいる時、朝や倜に海を眺めおいる時  。停電した船のように動きをずめ、私の心が静かになるず、死別した圌らが珟れたす。もうこの䞖には存圚しなくなった圌らが、星のように私の心に珟れるのです。

    䞀郚ずはいえ"æ­»"を迎える建物も、亡くなった倧切な人たちず同じように、この先は私の心に存圚し続けおいくのかもしれない。そう思い至った時、少しだけ、心が慰められたような気がしたした。


    地図䞊では途方もなく離れた倧西掋で、日本にいる家族ず話せるこず、"å®¶"を、愛する堎所のこずをこんなにも近くに感じられるこず  。

    母校の校舎が、䞀郚ずはいえ解䜓されるずいう知らせは蟛いものでしたが、掋䞊で悲しみに浞り、受け入れられたこずは、本圓に幞せなこずです。

    この先も、陞や掋䞊で色々なこずが起きるず思いたす。でも、䜕が起きおもそれをただ「悲しい」や「蟛い」で終わらせず、自分の心ず向き合っお乗り越えおいければず思いたす。


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    この蚘事を曞き進めおいた時は
    ちょうど赀道付近にいたしたが、
    5月13日(珟地時間の22時頃)には、
    赀道を超え、北半球に戻っおきたした。


     
     
    【2026幎4月から105日間䞖界䞀呚🕊】 「地䞊の楜園」ず呌べる蚀葉の庭を䜜りたい。 趣味は写真を撮るこずず、自分では飛んでいけない堎所に行った気になれる読曞ず映画鑑賞。

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