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連載紀行文ロケットvol.8

    種子島DAY2

    天気も回復し、最初ののるーとのおっちゃんの言う通り西之表の方にある鉄砲館へ向かうことにした。のるーとは南種子町限定のタクシー(ちなみにのるーとは町内であればどこでも一回400円、町外は空港便だけが存在する)なので、南種子町の外へ出るにはバスに乗るしかなかった。バスは1日5本くらいしか走っていない。乗り過ごさないように、ゆったりと余裕をもってバスに乗った。
    なんとなくせっかく島に来たのだからと西之表港でバスを降りた。少し水分の含んだ海風が肌を触れてやっといま遠くの島へ来たことを感じた。
    のるーとがない代わりにこの場所にも市街地を巡回する無料バスがあって、それに乗って鉄砲館を目指した。(乗ってから気付いたが鉄砲館まで歩いて15分くらいだったので、歩いて行けばよかった)


    鉄砲伝来の地、種子島。
    天文12年(1543)、種子島の南端、門倉岬にポルトガル人を乗せた1隻の明国船が漂着した。そのときの14代島主種子島時尭は、彼らが所持していた2挺の鉄砲を大金をはたいて購入し、刀鍛冶職人八板金兵衛清定に鉄砲をつくらせ、国産化に成功した。
    その製法は瞬く間に全国へ伝播し、戦の方法が一変した。
    種子島時尭は当時16歳だった。そのポルトガル人の鉄砲の射撃実演を見て、これでこの島を守れると鉄砲の購入を決断した。
    金兵衛は当時日本にねじというものがないなかで、この銃身の底を塞ぐためにねじの構造を学び、日本にねじをもたらした。鉄砲伝来が日本を大きく変えたことには間違いがなかった。
    鉄砲も、ロケットも、そのときの今の先端技術だった。その革命的な技術を生み出したのは武器であり、島を守るためだった。ロケットは地球を守るため、地球の平和を守るため、宇宙を知るため、地球を知るため。
    頭の中がぐるぐる回る。
    武器、戦争、技術進歩。
    頭の中がぐるぐる回る。
    ロケット、平和、技術進歩。
    頭の中がぐるぐる回る。
    痛み、血、死、分断、未来。

    こんな世界はくやしい。
    戦争反対、戦争反対、戦争反対。

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    連載紀行文ロケット
    種子島一人旅への想いや旅の風景を綴る連載企画。もうすでに旅ははじまっている。
    (また旅が終わったら編集しますので、ゆるくお楽しみください)

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