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連載紀行文ロケットvol.6

    種子島宇宙センターに到着し、館内を回る。ロケット技術や宇宙についての展示がたくさんあり、すべての展示を細かく見ていればそれだけで一日が終わってしまうほど充実していた。
    ロケットはただ打ち上げられるわけではなく、人工衛星などのモノを輸送する手段であり、打ち上げられてから数々のミッションが課されている。それらの人工衛星は宇宙を探査する、我々が期待したくなるような未知への挑戦でもあり、カーナビや天気予報など我々地球人の生活を日々支え、より便利にしてくれる基盤でもある。
    日本のロケット開発は1955年糸川英夫のわずか23cmのペンシルロケットからはじまり、様々な変遷を経て短期間で大きく進歩した。
    今後、さらなる民間企業の宇宙ビジネスへの拡大が予想されJAXAが新たな基幹ロケットとして開発したのがH3ロケットだった。
    ロケットに関する知識が皆無だったが、展示を見ながら勉強する。以前のロケットに比べて速くて、威力があって、精度が高くて、フェアリング(人工衛星を搭載する頭の部分)が大きいらしい。それには新しいLE-9エンジンの開発やブースタやフェアリングの進化が欠かせなかったらしい。おっちゃんが言っていた、あの人たちはロケットに命を懸けているという言葉がずしんと胸の中に落ちた。
    昨年12月H3ロケットは打ち上げに失敗している。それだけに、ロケットに関わるすべての人が今回のロケットにすべてを懸けているのかもしれない。ペンシルロケットからはじまり繋いできた軌跡が今打ち上がるのだろう。
    宇宙飛行士たちの名言を見ながら地球を思う。平和のために発展した科学技術、未知への好奇心のために拓かれてきた道、そんなものを抱いているのに関わらず、私たちが住んでいる地球では今争いが絶えない。

    施設内で、南種子町の公式のLINEの通知が鳴った。ロケットの打ち上げ日が12日に決定した。それに伴って僕がロケットを見れないことも決まった。
    ロケットが見れるなら絶対に入らなかったであろうシアタールームで映像と一緒にロケットの音響を聴く。それは人類のみが出すことのできる歓声みたいだった。轟々と空へ空へ。天へ天へ。僕は今地球にいる。

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    連載紀行文ロケット
    種子島一人旅への想いや旅の風景を綴る連載企画。もうすでに旅ははじまっている。
    (また旅が終わったら編集しますので、ゆるくお楽しみください)

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