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Photo byzakiko333

今後の身の振り方を考える

    岡埜 由木古(偏光)

     出来た子は無条件で、間違い無く、良い者だ。

     と昨日の記事に書き並べた一文が、
     存外に重いものだった事に気付いたのでまとめてみる。

    (文字数:約1000文字)


     生まれた時点で一族から、
     「呪いを浴びた悪魔の子」と断言され、
     両親からも「失敗作だ」と、
     「生まれて来なければ良かったのに」と、
     笑顔と共に嘆かれ続けた私が、

     冒頭の一文を言い切るまでには、
     軽度だが深刻な統合失調症を発症してから、
     実に三十年以上の歳月と、

     まさしく狂ったように書き連ねた、
     トータルで200万文字超えの小説群を、
     必要としたわけだ。

     振り返れば私の小説にはほぼ確実に、
     「当たり前のように虐げられた子供」が登場する。
     周りからも、時には当人すらも気付かないまま、
     身体ばかりは成長し大人になっていたりもするが。


     今現在子の養育に苦しんでいる人や、
     子を諸々の形で手放した人を、
     責めるつもりは毛頭無い。

     しかしながら、
     子の養育を苦しいものに思わせ、
     子を手放さざるを得ないまでに追い詰める、

     「世に有用な人材たれ」という、
     圧力を伴う感覚は、
     どうにか打破したい。

     今の時点で明言しておきたいのだが、
     私はそこに性差は設けない。
     分かりやすい構造区分のようでいて、
     実態など表していないからだ。


     私の小説は読まれなければならない。
     もちろんこれまでの全てとは思っていないが。

     冒頭の一文に、
     誰もがわだかまりなく頷ける社会であったならば、
     私の小説群は必要無いどころか、
     そもそも創り出されてもいない。

     私はそうした社会をこそ望むので、

     今後新しい小説を創り出すにしても、
     これまでの作品がある程度、
     読み知られてからの方が良い。


     とりあえず大阪はOMMビルで開催される、
     9月10日の文学フリマと、
     9月30日のライトハウス展には、
     顔を出して機会があれば名刺を配りまくりますよ。
     (エントリーは期限が過ぎていて出来ませず。)

     それと私はガチで点字を普及させたい。
     晴眼者にも習得を検討するだけの、
     メリットは充分にあると思っているんだ。

     私の小説はネット公開時はともかく、
     データ販売時には必ず、
     点訳版と同時に並べます。

     と言うよりデータ販売においては、
     点訳版同時販売が、
     違和感無く選択可能になってもらいたい。

     今のところボランティア関係者からすら、
     無理でしょうと苦笑されているが、
     先は分からん。

    以上
    ここまでを読んで下さり有難うございます。

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