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「普通」ができない僕の自分サーバー運用術(5)|僕を、どこに置くか

    【「自分サーバー」運用術|全5話】
    ① 難しい仕事はできるのに、簡単なことで壊れる理由
    ② 僕は壊れているのではなく、そういう仕様の一台だった
    ③ 世間の正しいやり方が、僕には毒だった
    ④ 僕が作っていたのは、ライフハックではなく取扱説明書だった
    ⑤ 「使えない人」ではなく、置き場所が違っていただけだった(この記事)


    第三部 置き場所を選ぶ

    第17章 特性は、置き場所で価値が変わる

    僕は、自分という一台の仕様を三十年かけて観測してきた。そして、その仕様に合わせて運用を組み、最後に、その仕様書を相手に渡すところまで来た。

    だが、一つ残った問いがあった。

    同じ仕様書を差し出しても、笑って受け取る相手と、眉をひそめる相手がいる。同じ僕が、ある場所では戦力として迎えられ、別の場所では厄介者として追い出される。この違いは、どこから来るのか。

    これは、僕の中をいくら観測しても答えが出ない問いだった。答えは僕の外側——僕がどこに置かれるかのほうにあった。

    同じ力が、嫌われた

    一つ、忘れられない現場がある。

    その現場では、あることが暗黙の条件になっていた。リーダーの意向に逆らわないこと。表向きは能力で評価される職場だったが、実際にそこで生き残る条件は、能力ではなく同調だった。僕は、そうとは知らずに入っていった。

    しばらくは、うまくいっていた。周りからは、長く続けてくれて助かる、とこっそり言われたりもした。立ち回りは、悪くなかったのだと思う。

    潮目が変わったのは、ある会議の前だった。リーダーが僕を呼び出して言った。自分はこの案に反対だ、上はやりたがっているが、君もおかしいと思うだろう、と。

    僕は、彼の論理を構造として聞いた。そして、それが破綻していることに気づいた。反対したい気持ちが先にあって、理屈が後から取ってつけられている。だから、丁寧に言った。おっしゃることはわかります、けれど、反対するなら、それなりの根拠が要ると思います、と。

    彼は、にこやかに頷いて去っていった。そして、その日から僕への風当たりが変わった。

    なぜ俺を通さずに動いた。なぜ上に俺の名前を出した。理由は、後から思えば単純だった。僕は、同調しなかったのだ。感情で反対を求められたとき、構造で応じてしまった。それが、あの環境では許されないことだった。

    しばらくして、契約は更新されなかった。

    当時の僕は、また自分を責めた。立ち回りが下手だったのだ、うまく合わせられなかったのだ、と。だが、いまは違う見方をしている。

    あの現場から僕を追い出したのは、僕の能力の欠陥ではなかった。むしろ逆で、僕が持っている癖——論理を、感情から切り離して見てしまう癖が、そのまま原因だった。

    第1話で、僕は自分の理解を先に見せる形の質問を書いた。「僕はこれを◯◯系だと理解している。理由はこれだ。合っているか」。あの現場では、この訊き方が歓迎された。芯を外さないからだ。

    まったく同じ訊き方を、あのリーダーは、和を乱す危険として受け取った。彼が求めていたのは、答え合わせではなく、同意だった。

    癖は、同じだった。違ったのは、置かれた場所のほうだ。

    悪者を探したいのではない

    誤解しないでほしいのは、僕はあのリーダーを悪人だと言いたいのではない。彼には彼の不安があったのだろう。自分の苦手な決断を、誰かの同調で支えたかったのかもしれない。彼もまた、その環境の中で生き延びようとしていた一人だった。

    悪者を探したいのではない。僕はただ、仕組みを見たいのだ。

    つまり、こういうことだった。ある特性は、それ単体では良いものでも悪いものでもない。その特性を「価値」にするか「欠陥」にするかを決めるのは、周りの環境と、評価の物差しなのだ。

    僕の癖は、成果を物差しにする場所では価値になり、同調を物差しにする場所では欠陥になった。

    これは、僕一人に限った話ではないと思う。

    • じっとしていられない性質は、長時間の着席を求める場所では欠陥になる。だが、動きながら考えることが強みになる場所もある

    • 一つのことに深く沈む性質は、次々と切り替えを求める場所では邪魔になる。だが、一点を掘り抜くことが求められる場所では宝になる

    同じ性質が、場所によって、まるで逆の値札をつけられる。

    だとすれば、僕たちがまずやるべきなのは、自分を直すことではないのかもしれない。少なくとも、直すより先にやることがある。自分という仕様が、どこでなら価値として働くのか。その置き場所を探すことだ。

    置き場所を、どう見分けるか

    とはいえ、「合う場所を探そう」だけでは、何も動かない。僕がそれを言い出すと、たいてい一般論で終わる。

    だから、僕が実際に何を見ているかを書く。

    前の章で、僕は取扱説明書を渡すと書いた。あれは条件を通すための文書だが、それ以上に、相手の物差しを測る道具として使っている。

    渡したあとの反応を、僕はこう読んでいる。

    • 条件のどこに食いついたか——成果物の出し方や進め方に質問が来る場所は、たぶん成果を見ている。「みんなそうしているので」「前例がないので」が先に来る場所は、たぶん同調を見ている

    • 断り方が具体的か——「朝会に出られないと進行が組めない」のように、理由が仕組みの言葉で返ってくる相手は、あとで条件の相談もできる。理由を言わずに空気で伝えてくる相手は、入ってからも空気で伝えてくる

    • こちらの一手間の提案を、どう扱ったか——「至急と書いてください」のような小さな依頼を、面倒だと感じるか、合理だと感じるか。ここに、その組織が手続きをどう見ているかが出る

    三つめが、僕にはいちばん当たる。

    そして、これは選別ではない。僕が見ているのは相手の善悪ではなく、僕と相手の噛み合わせだ。同調を物差しにする場所が悪いのではない。そこでうまく働ける人も大勢いる。ただ、僕はそこでは落ちる。それだけのことだ。

    合わない場所で何度も落ちて、そのたびに自分を削るのは、iPhoneのアプリを無理やりAndroidで動かそうとするようなものだ。悪いのはアプリではない。ただ、置く場所が違っている。


    第18章 「誰にでもできる」は、正確な言葉ではない

    もっとも、置き場所を探すと言うのは簡単だ。だが、置ける場所がそもそも少ないとしたら。

    その「少なさ」がどこから来ているのかを考えるために、僕は自分のいちばん古い記憶を掘り返してみる。

    バリ取りの二日目

    高校を出てすぐ、僕は小さな鉄工場で働きはじめた。任されたのは、鋳物のバリ取り。金属部品の削り残しをなめらかに整えていく作業だ。世間の物差しでいえば、これは「誰にでもできる仕事」だった。実際、そう言われて現場に入った。

    だが、二日目には心が折れかけていた。

    毎日、同じ形の部品。同じ角度で、同じ作業。それが延々と続く。僕はなんとか正気を保とうと必死だった。あと何個で休憩だと数え、部品のバリが何箇所あるかを数え、そのうちバリのある辺の数まで数えはじめた。そうやって常に脳に何かをさせていないと、思考が空回りして壊れてしまいそうだった。

    ときどき、社長が見回りに来て、ここはこう削れ、とダメ出しをする。その瞬間、僕は心の底からほっとした。叱られたことにではない。作業が一瞬でも中断されたことに、だ。

    「誰にでもできる」はずの仕事で、僕はこんなにも苦しんでいた。長いあいだ、これを自分の根性のなさだと思っていた。

    でも、いまなら違う言い方ができる。

    あのバリ取りは、簡単な仕事ではなかった。少なくとも、僕にとっては。あの作業は、僕からある能力を要求していた。単調さに耐え続けるという能力だ。同じことを、感覚が麻痺するほど繰り返しても平然としていられる力。

    世の中は、それを「能力」とは呼ばない。できて当たり前とされているから、名前すらついていない。だが、それはまぎれもなく一つの能力であり、そして僕には、それが決定的に欠けていた。

    逆の経験

    時が流れて、まったく逆のことも経験した。

    ある開発の現場に、応援として呼ばれた。大きなシステムを作るプロジェクトが、いくら人を足しても遅れを取り戻せずにいる、という現場だった。

    入って最初の一週間、僕がやっていたのは、いつもの手順だ。第1話に書いたのと同じことをした。資料を章ごとに割り、読める大きさにして、スケッチブックに系統図を描いていった。ここでも、覚えようとはしていない。描いて、外に置く。

    描き進めていくうちに、図の一箇所で線が合わなくなった。

    ある処理から伸びる線と、別の処理から伸びる線が、同じ場所に入っている。順番の取り決めがどこにも書かれていない。僕は、その横に「?」と書いた。前回書いたやり方のとおりだ。分からない点は、その場で別ページに書き出す。

    その「?」が、三日ほど消えなかった。

    消えないので、該当する部分のコードを読みに行った。そして、血の気が引いた。そこは、システムのいちばん土台にあたる部分で、条件が重なるとデータが静かに壊れる作りになっていた。しかも、その作りを前提にしたコードが、すみずみにまで書かれていた。

    恐ろしかったのは、誰も気づいていなかったことだ。プロジェクトは、その爆弾を抱えたまま終盤にさしかかっていた。

    僕は、それを指摘した。まわりまわって、経営陣の前で、そして取引先の前で、その問題を、専門用語のわからない人にも伝わるように噛み砕いて説明することになった。

    このとき役に立ったのも、あの紙だった。言葉で説明するのは無理だった。だから、系統図の該当部分だけを大きく描き直して、線が二本入っている場所を指した。「ここに、どちらが先かの決まりがありません」。それで通じた。

    結果として、そのプロジェクトは中止になった。抱えていた爆弾が、あまりに大きすぎたのだ。

    誤解しないでほしい。僕は、まわりの人たちが無能だったと言いたいのではない。あの欠陥は気づきにくい場所に隠れていた。みんな、目の前の締め切りに追われて、そこを見る余裕がなかった。

    そして、僕が見つけられた理由も、優秀さではない。僕は、覚えられないから図を描いていた。 図を描くと、線が合わない場所が目に見えてしまう。頭の中だけで処理できる人は、図を描かない。描かないから、線の重なりは見えない。

    苦手だからやっていた手順が、たまたま、そこで効いた。それだけの話だ。

    あべこべの物差し

    ここで、二つの記憶を並べてみる。

    世間の物差しでは、バリ取りは「簡単」で、巨大システムの土台を検証する仕事は「高度」だ。ところが僕にとっては、その二つは逆だった。簡単なはずのバリ取りで壊れかけ、高度なはずの仕事は、手順どおりに紙を描いていたら見つかった。

    僕の中で、簡単と難しいの物差しが、世間とはあべこべになっている。

    この「あべこべ」が、僕に一つのことを教えてくれた。

    世の中が「簡単」と呼ぶ仕事は、誰にとっても中立に簡単なわけではない。 それは、ある特定の仕様の人にとって簡単なだけで、別の仕様の人には、名前もつかないほどの能力をこっそり要求している。「誰にでもできる」という言葉は、正確ではない。「その環境に合う仕様の人になら、できる」というだけなのだ。

    僕たちが「当たり前」と思っている働き方——決まった時間に出社し、同じ席に座り続け、単調な作業にも耐え、その場の空気を読んで動く——も同じだ。それは自然の法則ではない。ある時代の、ある社会が選んだ一つの設計にすぎない。

    設計であるなら、絶対ではない。そして、どんな設計にも、必ず合う人と合わない人がいる。

    断っておくが、僕はこの標準環境が「間違っている」と言いたいのではない。それで力を発揮できる人が大勢いるのも本当だ。その設計は、たしかに多くの人にうまく働いてきた。

    僕がひっかかるのは、そこではない。その設計をたった一つの「当たり前」として、そこから外れる人を「合わせられない側」だと決めつけてしまう、その一点だ。

    もし僕が、バリ取りの現場で完膚なきまでに潰れていたら、後のあの仕事は、この世に存在しなかった。

    これは、僕一人の話だろうか。


    第19章 働ける条件を知ったら、人への頼み方が変わった

    前の章を、僕は問いで締めた。だが、これはただの嘆きではない。僕は、その問いがほどけていく場面を、自分の手で作ったことがある。

    ただし、最初から上手くできたわけではない。むしろ、最初は失敗した。

    事情を抱えた人たちに、原稿を頼んだ

    旅について書くブログをやっていた頃の話だ。記事の量が増えて、僕は各地にいる昔の旅仲間に原稿を頼むようになった。

    彼らには、それぞれに事情があった。詳しくは書かないが、体調のこと、家庭のこと、暮らしの向きの問題で、決まった場所に通って働くことが難しい人たちだった。だから彼らは、家で働ける仕事を探していた。そして、その条件があるだけで、選べる仕事は驚くほど少なくなっていた。

    でも、僕は彼らがとんでもなく面白い人間で、豊かな言葉を持っていることを知っていた。旅の途中で、何度もそれに触れてきたからだ。

    最初の依頼で、二人を潰しかけた

    はじめに僕がやったのは、普通の外注だった。

    テーマを決めて渡す。文字数を指定する。締め切りは一週間後。書式を指定して、上がってきたら赤字を入れて返す。世の中の依頼は、だいたいこうなっている。僕自身も、そういう形で仕事を受けてきた。

    結果は、良くなかった。

    一人は、締め切りの前日に「書けません」と連絡してきた。もう一人は、締め切りを過ぎて連絡が途絶えた。一週間して、長い謝罪の文が届いた。

    僕は、そのとき初めて気づいた。僕は、自分がされて壊れたことを、そのまま人にやっていた。

    期日を一点で切る。定型の書式を渡す。返信がないと催促する。会社員時代、僕がそれで削られてきたやり方を、何も考えずに再生産していた。

    自分の取扱説明書を書いていたのに、頼む側に立った瞬間、その内容を全部忘れていた。

    依頼の形を、作り直した

    そこで、自分の条件表を、依頼の形に裏返した。僕が「これを言ってもらえたら働ける」と思っていたことを、こちらから先に言う。

    いま僕が使っている頼み方は、こうだ。

    • 締め切りを、一点ではなく幅で出す。 「◯月◯日まで」ではなく、「この二週間のどこかで、書けそうなときに」。公開日から逆算して、二週間の余裕を先に自分の側で確保しておく

    • 書けなかったときの逃げ道を、依頼の時点で書く。 「書けなかったら、書けないと一行だけ送ってください。理由は要りません。僕が別の記事を先に出すので、それで何も困りません」

    • 催促しない。こちらから週一回だけ、近況を送る。 「進みましたか」とは訊かない。僕の側の話をする。返信は求めない

    • テーマは決めずに、素材だけ渡す。 「あの街のことを書いてください」ではなく、「あの街で、覚えていることを、順番も気にせず箇条書きにして送ってください」。形にするのは僕がやる

    • 修正を、本人にさせない。 上がってきた原稿に僕が手を入れて、「こう直しましたが、違っていたら戻します」と見せる。赤字を渡して直させる形をやめた

    • 報酬と支払日を、依頼の一行目に書く。 訊かせない

    二つめと五つめが、いちばん効いた。

    二つめは、第16章の逆をやっている。僕が相手に渡す取扱説明書には「できないこと」を書いた。頼むときは、「できなくてもいいこと」を先に書く。

    五つめは、僕自身の経験から来ている。僕は、赤字の入った原稿を返されると、直す前に固まる。どこから手をつけるかの判断が、いくつも同時に来るからだ。第13章に書いた、判断の団子だ。だったら、団子をこちらでほどいてから見せればいい。

    結果

    この形に変えてから、原稿が届くようになった。

    毎回、珠玉のような文章が送られてきた。それを読むのが、僕のいちばんの楽しみだった。

    一人は、そのうち自分から「来月も書きたい」と言ってきた。別の一人は、一度も締め切りを訊いてこないまま、いつも二週間の枠の最後の二日で書いていた。あとで聞いたら、体調の波があって、動ける日が事前には分からないのだという。期日を幅で出していたから、その波の中で書けていた。

    彼らには、能力がなかったわけではない。むしろ、あり余るほど持っていた。ただ、その能力を発揮できる場所が、世の中にほとんど用意されていなかっただけだ。「家で働く」というだけで、その豊かな力は宙に浮いたままになっていた。

    そして、僕がやったことも、大したことではない。

    自分が働ける条件を知っていたから、人が働ける条件も想像できた。 それだけだ。自分の取扱説明書を書く作業は、結果として、他人の取扱説明書を待つ姿勢を、僕に教えていた。

    うまくいかなかった部分も書く

    この形にも、限界があった。

    まず、僕の手間が増えた。テーマを決めずに素材をもらうと、構成するのは僕になる。修正も僕がやる。だから、この頼み方は、数を増やせない。同時に頼めるのは三人までだった。それ以上になると、僕のほうが落ちる。第15章に書いた、同時に動かす本数の話と同じだ。

    もう一つ。この形が合わない人もいた。

    ある人は、「幅で」と言われると、かえって動けなくなった。期日が一点で決まっているほうが書ける、と本人から言われた。だから、その人にだけは日付を切った。

    僕が働ける条件を、そのまま人に当てはめるのも、間違いだった。 僕がやるべきだったのは、僕の条件を配ることではなく、相手の条件を訊くことだった。

    だから、いまは最初にこう訊く。「締め切りは、日付で決まっているほうが楽ですか。それとも幅があるほうが楽ですか」。

    この一行を訊くようになってから、断られることも減った。

    こぼれる恩恵について、短く

    一つだけ、付け足したいことがある。

    誰かが落ちないための工夫は、たいてい、その人だけのものでは終わらない。

    僕が「即時の返信は求めないでほしい」と頼んだ環境は、集中して仕事をしたい他の人にとっても働きやすかった。僕が「口頭ではなく文字で」とお願いした進め方は、あとから記録を見返したい人にも、聞き逃しの多い人にもありがたいものだった。締め切りを幅で出す頼み方は、体調の波がある人だけでなく、他の仕事を抱えている人にも都合がよかった。

    落ちやすい誰かのために設計を変えると、その恩恵は、もっと広い範囲にこぼれていく。

    だから僕は、これを「弱い人を助けてあげる」話だとは思っていない。埋もれている力を、みすみす捨てずに済ませる話だ。

    もちろん、社会全体をどう変えるべきかは、僕には語れない。一人の技術者が、自分の外の世界について語れる範囲を超えている。僕にできるのは、見方を一つ差し出すことだけだ。

    「あの人は、なぜ普通のことができないのか」ではなく、「あの人が力を出せる条件は何か」。

    そして、いちばん確実なのは、それを本人に訊くことだ。


    最終章 あなたの一枚を、書く

    最後に、僕自身のことを書いておく。

    僕は、いまでも標準環境ではうまく動けない。決まった時間に通えと言われれば、たぶん、また削れて落ちる。単調な作業を延々と続けろと言われれば、二日で音を上げる。その意味では、三十年前の、あの鉄工場の僕から、根っこのところは何も変わっていない。

    変わったのは、一つだけだ。

    僕は、もう自分を責めなくなった。落ちたときに「自分がダメだからだ」とは考えない。代わりに、自分という一台を観測する。どういう条件で落ちたのか。どこに置けば動くのか。そして、動く場所を選び、動く仕組みを組んで、そこで働いている。

    だから、もしあなたが、いま自分を責めているなら——「普通のことができない自分は、どこか壊れているのだ」と思っているのなら。

    あなたは、壊れてなどいない。社会という標準環境と、あなたという一台のあいだに、たまたま互換性のずれがあった。それだけのことだ。

    連載で渡した道具

    ただ、「責めるのをやめよう」で終わるのは、僕の役目ではないと思う。あれは、言われてできることではなかった。僕は、手順のほうでそこに着いた。

    だから、この連載で渡した道具を並べておく。今日、どれか一つだけ試せばいい。

    • 資料を渡されたときの五つの手順と、質問の三行(第1話・第1章)

    • 裁かずに記録する五行(第2話・第6章)

    • 紙に外に出して、三つに仕分ける(第3話・第8章、第9章)

    • 時間ではなく、塊の大きさで区切る(第3話・第10章、第4話・第13章)

    • 落ちる前の赤信号を、過去の墜落から拾っておく(第4話・第14章)

    • 取扱説明書を書いて、一人に渡す(第4話・第16章)

    • 人に頼むときは、相手の条件を先に訊く(第5話・第19章)

    どれも、特別な道具は要らない。紙と、ペンだけだ。

    今日、書く一枚

    そのうえで、最後に一枚だけ渡したい。

    紙を一枚用意して、四つの欄を作ってほしい。埋めるのは、今日のことでも、昨日のことでもいい。

    • 止まった場面

      • いつ、何をしようとしていたか。「仕事」ではなく、「あのファイルを開こうとしていた」まで細かく

    • 負担になっていた条件

      • 音、視線、移動、指示の曖昧さ、塊の大きさ、時間帯、体調、直前に来た連絡。思い当たるものを、当てずっぽうでいいから一つ書く

    • 一つ変えること

      • 減らす。外に出す。順番を入れ替える。相手に一言お願いする。一つだけにする

    • 試した結果

      • 何が楽になり、何が残ったか。効かなければ消す。未練は持たない

    これだけだ。

    一つだけ、書き方のお願いがある。二つめの欄に、「意志が弱い」「やる気がない」と書かないでほしい。それは条件ではない。書いてしまうと、三つめの欄が埋まらなくなる。

    僕は、これを三十年、繰り返してきただけだ。渡せるのは、この四つの欄と、それを何度も回してきたという事実しかない。

    そして、あなたにも、きっと動ける条件がある。まだ、言葉になっていないだけだ。

    一枚目は、たぶん、うまく書けない。僕も、最初の一ヶ月は何も書けなかった。

    でも、三枚目くらいから、自分でも予想していなかったものが見えはじめる。そこから、始まる。僕が、そうだったように。

    〈完〉


    【「自分サーバー」運用術|全5話】
    ① 難しい仕事はできるのに、簡単なことで壊れる理由
    ② 僕は壊れているのではなく、そういう仕様の一台だった
    ③ 世間の正しいやり方が、僕には毒だった
    ④ 僕が作っていたのは、ライフハックではなく取扱説明書だった
    ⑤ 「使えない人」ではなく、置き場所が違っていただけだった(この記事)


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