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【谷の巡礼】㉕谷の三大伝承「無限ナンピン地獄」~執着のアルゴリズム~

    むかしむかし、
    あるところに、
    それはそれは、
    深い闇に包まれる谷がありましたとさ。

    その谷には、
    一度足を踏み入れると腰まで沈む、
    『評価損』という名の
    底なし沼がありました。

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    村人たちは、
    その沼に、
    誰かが嵌るたび、
    慈悲深い顔で、
    その者を鼓舞するのでした。

    「平均ば下げると助かるばい」

    「ほら、もっと泥ば注ぎ込まんね」

    「そげんなったら、
    沼の深さは、
    半分になったも同然たい」

    沼にはまった男は、
    必死に泥を買い足し、
    自分の周りに積み上げます。

    「ほら、
    沼の縁が近くなったばい」

    村人たちは言いました。

    男もまた、
    そうに違いないと、
    自らに言い聞かせました。

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    けれど――

    泥を積めば積むほど、
    その重みで、
    体は、
    深く、
    さらに深く、
    沈んでいくのでした。

    「あと少し、あとひと掬いばい」
    「そこが、V字回復の出口たい!」

    男は、
    家を売り、
    田んぼを売り、
    最後には、
    魂まで売って、
    泥を買い続けました。

    「見えたばい!
    出口の見えたばい!」

    遠くの誰かが叫びました。

    男は顔を上げました。

    けれど、
    霞む視界の先にあったのは、
    またひとつ、
    新しく築かれた
    泥の山だけでございました。

    沼の淵では、
    村人たちが、

    「買い増し、買い増し!!」

    そう言って、
    軽快な手拍子を打ち鳴らし、
    男を囃し立てます。

    やがて男の姿は、
    沼の底へ、
    静かに沈んでいきました。

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    それでも村人たちは、

    「次こそ助かる」
    「ここからが反転たい」

    誰も彼も、
    反転することを信じて、
    沼を覗き込むのでした。

    それからというもの、
    谷では、
    沼の底へ深く消えた者ほど、
    『底を知る殉教者』として、
    神格化されました。

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    そして、
    その沈み方の美しさが、
    語り継がれるようになったのでしたとさ。

    下手なナンピン、素寒貧。

    めでたし、めでたし。



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    巡礼者は、
    像を見上げました。

    けれど、
    何も語りませんでした。


    ――もっとも。

    村人たちは、
    底へ消える者を見送ったあとも、
    また、
    別の者を見送るのでございました。

    その場所では、
    大きな焚き火が燃えておりました。

    人々は何かを燃やし、
    穢れを外部化しておりました。

    その祭りの名を――

    『損切り祭り』と申しました。

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    手鞠

     
     
    谷を彷徨い、谷を巡礼しながら。暮らしと、お金の輪郭を綴っています。

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