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【谷の巡礼】㉖谷の三大伝承「損切り祭り」~含み損を祓う谷のスケープゴート~

    むかしむかし、
    あるところに、
    それはそれは、
    深い闇に包まれる谷がありましたとさ。

    その谷には、
    “含み損”という名の、
    目に見えぬ、
    憑き物が溜まる場所がございました。

    村人たちはみな、
    “強気”という名の御札を額に貼り、
    明日はもっと良くなる、
    明後日はもっと高くなると、
    互いに、
    呪文を唱え合って暮らしておりました。

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    けれど、
    谷の風が止まり、
    “期待”という名の水が、
    枯れ始めた頃、
    村の寄り合い所で鐘が鳴ります。

    含み損は、
    人の顔色を悪くし、
    家々の灯りを細くし、
    やがて谷全体を、
    重たく、
    湿った空気へと、
    変えていくのでした。

    「――これより、
    損切り祭りを執り行うッ!」

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    村長が叫ぶと、
    村人たちは一斉に、
    昨日までの隣人を、
    冷ややかな目で見つめるのでした。

    「あんたの家の“期待”は、
    もうゴミ同然ばい」

    「谷の“資産価値”ば守らやんけんね。
    あんたば“決済”せやんとたい」

    選ばれたのは、
    一番、正直で、
    一番、逃げ足の遅かった者でした。

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    その者は、
    色鮮やかな、
    “貸借対照表”の装束を着せられ、
    “市場”という名の
    深い穴の淵に立たされます。

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    「待ってくれんね。
    また地価は上がるはずばい!」

    「これは一時的な、
    調整(押し目)たい!」

    泣き叫ぶ者の声に、
    村人たちは耳を貸しません。

    なぜなら、
    その一人を奈落へ突き落とし、
    その者の持ち分を
    『ゼロ』に書き換えさえすれば、
    村全体の帳簿は、
    再び真っ白で清らかな、
    “健全な状態”に戻るからです。

    「ナンマンダブ、ロスカット」
    「ナンマンダブ、ロスカット」

    「誰かの損失は、誰かの利益」

    「損は切れ、損は切れ!」

    「ナンマンダブ、ロスカット!!!」

    村人たちが唱える念仏が谷に響き、
    背中を押された者は、
    叫び声と共に“底”の見えない闇へと、
    強制執行されていったのでございます。

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    ――翌朝。

    谷には、
    まだ燻る灰の匂いだけを残して、
    白々しいほどの
    青空が広がりました。

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    帳簿から消された者の名を、
    覚えている者は、
    もう誰もおりません。

    村人たちは、
    新しい御札を額に貼り、
    損のない素晴らしい人生を
    再び、
    謳歌し始めるのでしたとさ。

    ――それは、まるで。

    “含み損”という穢れを外部化する、
    スケープゴート。

    めでたし、めでたし。

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    ――もっとも。

    谷の者たちは、
    穢れを祓った翌日には、
    何事もなかったかのように、
    新たな夢へ
    思いを馳せるのでございます。

    一夜にして、
    天へ昇るほどの夢――。

    その頃、
    谷にはひとつの古い伝説が、
    目を覚ましたのでございます。

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    手鞠

     
     
    谷を彷徨い、谷を巡礼しながら。暮らしと、お金の輪郭を綴っています。

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