
【谷の巡礼】⑱証文録 第2条「ペアローン譚」
~連帯の家~
むかしむかし、
あるところに、
それはそれは、
深い闇に包まれる谷がありましたとさ。
その谷には、
『どんな夫婦でも家を持てる』という、
夢の証文がありました。
~囲炉裏端の未来図~
冷たい風が、
谷を吹き抜ける頃のこと。
村人たちは、
茶屋の囲炉裏へ集まり、
身を寄せ合っておりました。
その囲炉裏端で、
一組の若夫婦が、
これから先の暮らしについて、
小声で語り合っておりました。
「今の長屋は、
いずれ子が出来たら手狭になるばい」
「家ば買うなら、
小さか一軒家しか、
手のでらんとじゃなか?」

~囲炉裏端の甘言~
すると、
囲炉裏の向こうで、
静かに耳を傾けていた男が、
そっと湯呑みを置きました。
月賦相談所の若旦那でございます。
「確かに今のご時世、
家を持つのは、
大変でございますな」
若旦那は、
口元に微笑みを浮かべながら、
そう言いました。
「ですが――」
「家とは、
人生そのものでございます」
「持ち家のない人生は、
根のない巡礼と同じようなもの」
「夫婦で力を合わせれば、
一人では届かぬ立派な屋敷へ住める」
「ご安心ください。
『ペア・ローン』という
仕組みをお教えしましょう」
そうして、
希望に満ちた、
明るい表情で、
話に聞き入る若夫婦に、
月賦相談所の若旦那は、
鼻息も荒く、
一枚の巻物を広げて見せたのです。

~夢の絵図~
それは谷の奥にある、
『光あふれる二階建ての邸宅』の絵図でした。
「小さな平屋で、
ひっそり暮らすのも一興ですが、
せっかくの人生、
妥協してはもったいない」
「この証文を使えば、
朝日の差し込む広い台所も、
お子様がのびのびと走り回れる庭も、
すべてが手に入ります」
「お二人の力を合わせれば、
この夢のような御殿が手に入るのです」
「お互いを、
信じ合っているお二人だからこそ、
使える魔法なのです!」
若夫婦は、
目の前の霧が晴れたような顔で、
絵図を指先でなぞりました。
「二人で働いとるっちゃけん、
このくらい贅沢したってバチは当たらんよ」
「一人で無理する時代はもう古かばい」
「これからは、
二人で効率的に支え合うのが、
本当の夫婦の形たい」
若夫婦は、
自分たちが、
谷の誰よりも、
“先進的で幸福な夫婦”になれるのだと、
誇らしげに胸を張りました。
~共債の契り~
「お二人は、
この『支え合いの証文』に
判をつけばよいのです」
「さあ、判を。
これでお二人は、
正真正銘のおしどり夫婦だ!」
若旦那は、
ずいと、朱肉を差し出しました。
カツン、カツン、と。
二つの朱肉の音が、
深い谷に、
心地よく響きました。

~結びの赤い糸~
二つの朱印は、
まるで運命の赤い糸のように、
証文の上で、
静かに結ばれておりました。
若夫婦は、
谷の奥に灯る、
新しい家々を眺めながら、
小さく微笑み合いました。
――それは、まるで。
愛と絆の、砂上の楼閣。
めでたし、めでたし。
――そしてまた、
一枚の証文が差し出されました。
