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【谷の巡礼】⑫茶番の茶屋 其の弐「茶屋のLTV御膳」

    ~終わらぬお得意様~

    むかしむかし、
    ある谷に、
    人々が行き交う辻のほとり、
    とある茶屋がありましたとさ。

    その茶屋には、
    しばらくのあいだ、
    閑古鳥ばかりが鳴いておりました。

    お内儀は、
    若旦那から届いた
    『お得意様特別・救済融資』の手紙を、
    何度も開いては閉じました。

    「……いや、初心に返って、
    茶屋ば、立て直そう」

    そう呟くと、
    手紙を囲炉裏の火へ
    くべてしまったのでございます。

    それからというもの、
    お内儀は再び、

    ただ喉を潤す、
    一服十円の茶だけを出しました。


    ~慎ましやかな茶屋~

    茶屋には、
    再び囲炉裏の火が戻っておりました。

    お内儀は、
    茶柱が沈んで以来、
    無闇に『特選』や『セット』を
    勧めることは、
    なくなっておりました。

    ただ喉を潤す、一服十円の茶。

    「もとのお内儀に戻ったばい」

    村人たちは、
    安堵の溜息をつきながら、
    また茶屋へ集い始めました。

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    ~商売繁盛の極意~

    一服十円の茶屋に、
    かつての賑わいと、
    村人たちの笑顔が戻ったころ。

    月賦相談所の若旦那が、
    またも、
    するりと現れたのでした。

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    「お内儀さん、
    これからの時代は、
    ――“生涯”をかけて、
    お客様とお付き合いをするのが、
    客商売の在りかたでございます」

    そうして、
    月賦相談所の若旦那は、
    茶屋のお内儀に、
    商売繁盛の極意、
    『LTV御膳』の術を伝授したのでした。


    ~『一客一生』~

    若旦那は、
    大きな風呂敷から、
    一枚の絵図を取り出しました。

    そこには、
    大きな御膳の絵が
    描かれておりました。

    膳の中央には『お茶』。

    その周りには、

    茶請け、
    祝い札、
    送迎籠、
    養生茶、
    常連札、
    そして『居場所』
    と、書かれた札が並んでおります。

    お内儀は首を傾げました。

    「お茶屋やったら、
    お茶ば出すだけで
    よかとじゃなかですか?」

    若旦那は、
    扇子を広げながら笑いました。

    「それでは、
    一服十円で終わってしまいます」

    「しかし――」

    「お客様が谷に生まれ、
    歳を取り、
    歩けなくなるその日まで……

    ずっと、
    茶屋と共に生きてくだされば、
    どうでございましょう」

    お内儀は目を丸くしました。

    若旦那は、
    御膳の上を
    指でなぞりながら続けます。

    「茶を売るのではございません」

    「お客様の人生そのものを、
    おもてなしするのでございます」

    「これぞ月賦相談所秘伝、
    『LTV御膳』でございます」

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    ~ぬくもりの顧客台帳~


    飲めば飲むほど位が上がるという『常連札』。
    店に来るたびに墨を差す『来店印』。

    お内儀は、
    若旦那の教え通りに、
    村人たちを
    名前で呼び、
    「いつものですね」と微笑みました。

    「お得意様、無料の茶漬けばどうぞ」

    「誕生月でございますね。
    名入りの湯飲みで、
    祝いの茶ば一杯いかがですか」

     「ささ、
    お得意様限定のお席で、
    ゆっくりしなさるとよか」

    そうして、
    お内儀は、
    若旦那から言われたとおりに、

    村人たちが何時に訪れ、
    何を飲み、
    さらには、
    どんな暮らしを営んでいるのか、
    すべてを『顧客台帳』に記しました。

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    「ここは自分の居場所たい」

    村人たちは、
    毎日欠かさず、
    茶屋へ通うようになりました。

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    来店印が溜まれば溜まるほど、
    茶屋へ来ぬ日を、
    どこか
    落ち着かなく感じるほどになったのでございます。


    ~茶屋の茶番~

    茶屋が賑やかな一日を終え、
    村人たちがみな家路についたころ。

    あれほど賑やかだった辻の音が、
    嘘のように消え去り、
    シンと静まり返っておりました。

    そんな折、
    月賦相談所の若旦那が、
    また、
    するりと現れたのでした。

    湯気の消えかけた囲炉裏端で、
    お内儀へ静かに言いました。

    「お内儀さん。
    その『顧客台帳』、
    実によく出来ておりますね」

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    お内儀は、
    少し誇らしげに、
    帳面を撫でました。

    「誰が何を好むか、
    どんな暮らしをしよらすか、
    常連さんのことば知っとかんと、
    よかおもてなしは、
    出来んですけんね」

    若旦那は、
    感心したように頷きました。

    「素晴らしい。
    それこそ“顧客満足度”でございます」

    そう言って、
    静かに笑いました。

    そうして、
    若旦那は、
    懐から一枚の札を取り出しました。

    『お得意様・生涯安心札』

    「この札を配れば、
    お得意様は、
    より安心して
    通えるようになるでしょう」

    「病のある方には養生茶を。
    お年寄りにはやわらかい茶請けを。
    足の悪い方には送迎籠を」

    「そのために――
    私も人肌脱ぎましょう。
    一緒に、“事業計画”を練りましょう!」

    「煩わしい“顧客データ”のことは、
    私ども月賦相談所が、
    『無料』で管理させていただきましょう」

    お内儀は、
    村人のためになるならと、
    若旦那へ、
    顧客台帳を差し出したのでした。

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    気がつけば、
    茶屋へ通っていた村人たちは、
    茶屋の“常連”ではなく、

    月賦相談所の
    『生涯顧客』になっておりましたとさ。

    めでたし、めでたし。


    やがて谷では、
    人ひとりの一生から得られる銭を、
    『生涯銭高』
    と呼ぶようになったのでございます。

    そして、
    月賦相談所の若旦那は、
    その顧客台帳を片手に、
    谷を
    巡り歩くようになったのでございました。

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    手鞠

     
     
    谷を彷徨い、谷を巡礼しながら。暮らしと、お金の輪郭を綴っています。

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