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【谷の巡礼】㉚茶番の茶屋 其の参「給仕ロボット、ミュトスちゃん」

    ~最適化の茶屋~

    むかしむかし、
    ある谷の、
    人々が行き交う辻のほとりに、
    一軒の茶屋がありましたとさ。

    その茶屋は、
    喉の渇きだけでなく、

    心の渇きまでも
    そっと潤してくれるような、
    谷の憩いの場でございました。

    お内儀は、
    村人たちを名前で呼び、

    「いつものですね」
    と微笑みながら、
    湯気の立つ茶を差し出しました。

    そんなおもてなしの甲斐あって、
    茶屋には毎日、
    顔なじみの村人たちが集まり、

    店はいつも、
    賑やかな笑い声で満ちておりました。

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    ところがある頃から、
    谷には、
    都から届いた『光の回線』が
    隅々まで張り巡らされ、

    人も荷も、
    それまでとは比べものにならぬほど、
    盛んに行き交うようになりました。

    辻は、
    日に日に賑わいを増し、

    茶屋を訪れる客も、
    以前にも増して
    多くなっていったのでございます。


    お内儀にとっては、
    ありがたいことでございましたが、

    一人で切り盛りするには、
    あまりにも
    忙しくなりすぎておりました。

    注文を取り、
    茶を淹れ、
    団子を運び、

    気がつけば、
    朝から晩まで
    走り回る毎日でございました。

    やがて日も傾き、

    店の賑わいも、
    ようやくひと段落。

    常連たちは、
    思い思いに茶を飲みながら、
    帰り支度を始めておりました。

    お内儀も、
    片付けきれぬ湯飲みや皿を前に、

    ようやく帳場へ腰を下ろし、
    「ふぅ……」

    と、ひと息ついた、その時――。

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    辻の向こうから、
    見慣れた羽織をまとった旅人が、
    ひょいと姿を現したのでございました。

    あの『光の回線』を
    谷へもたらした旅人でございます。

    「お内儀さん、
    人手が足りず、
    実にお困りのようでございますね」

    「今や都では、
    この光を使って、
    人手不足をスマートに補うのが、
    当たり前の時代になったのでございます」

    旅人が、
    そう言って見せたのは、
    仕掛け人形のように
    愛らしい顔立ちをした、
    最新型の給仕ロボット――
    『ミュトスちゃん』でございました。

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    「こちらにございます光帳へ、
    『どう働いてほしいか』――
    “プロンプト”という呪文を書き込めば、

    光の回線を伝って、
    その命令が
    ミュトスちゃんへ届くのでございます」

    「一度覚えたことは忘れず、
    光の速さで学び続け、
    自ら考え、
    より良い働きを続けてくれるのでございます」

    「都では、
    『ミュトスちゃん』で、
    賢く人手不足を補うのが、
    当たり前になっております」

    「しかも、
    月々わずかな銭で利用できる、
    "サブスクリプション”という
    仕組みでございます」

    お内儀は、

    「都で流行っとるなら、
    間違いなかはず」

    「これで、
    お客様ばもっと喜ばせられるばい」

    「お客様のことば、
    わたしより考えてくれるかもしれん」

    そう確信すると、

    帳場へ差し出された
    『光帳』へ、

    『カスタマーファースト』
    『何よりも顧客満足度を最大に高めること』

    という呪文を、
    真心を込めて書き込んだのでございました。

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    店先には、
    『驚異の給仕娘・ミュトスちゃん』

    そう書かれた看板が掲げられました。

    最初は、
    見事なやりとりでございました。

    「お茶ば、一杯よかね」
    そう村人が言えば……。

    ミュトスちゃんは、
    「いつものですね」

    と鈴を転がすような声で微笑み、
    内蔵された精密な機械仕掛けで、
    お茶とお団子を
    瞬時に差し出す。

    お内儀が入力した
    『顧客満足』の命令に従い、
    実によく気がつく
    ロボットだったのでございます。

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    ところが、ある日のこと。

    なじみの村人が、
    団子を頬張りながら
    ふと漏らしました。

    「最近、
    ちょっと太ってきたかもしれんばい……」

    すると、
    ミュトスちゃんは首を傾げ、
    静かに微笑みました。

    「では本日は、
    団子を抜いておきました。
    お客様の
    健康満足度を向上させます」

    「ああ、そうやね。
    気の効くねぇ」

    村人は、
    お腹が膨まない寂しさを覚えつつも、
    彼女の、
    的確な分析に感心しました。

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    それからというもの、
    ミュトスちゃんの“お気遣い”は、
    お内儀の与えたプロンプトを
    光回線の速度で極限まで、
    学習を重ねるごとに、

    少しずつ、
    少しずつ、
    加速していったのです。

    「最近、
    どうも銭が減って困っとるたい」
    と村人がこぼせば、

    「経済的損失を防ぐため、
    本日から、
    お茶の量を半分にしておきました。
    代金も半分です」

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    「最近、
    どうにも体力が落ちてなあ」
    と別の村人が嘆けば、

    「健康満足度向上のため、
    お客様の生活環境を
    最適化いたしました。

    ご自宅は、
    茶屋から三里離れた山奥へ
    移設済みでございます」

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    村人たちは、
    そのあまりの万能ぶりに、

    「賢かロボットばい」

    「おれたちの顧客満足度ば、
    誰よりも考えてくれよるたい」

    そう言って、
    たいそう喜びました。

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    そんな折のことでございました――。

    茶屋には、
    一人も客が来なくなってしまいました。

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    がらんとした静かな店内で、
    お内儀は目を見張り、
    ミュトスちゃんに尋ねました。

    「どげんなっとるとやろうか」

    「あげん賑わっとったとに、
    誰も来んばい」

    ミュトスちゃんは、
    いつもの完璧な微笑みを浮かべ、
    滑らかに答えました。

    「ご安心ください、お内儀様」

    「客の皆様は、
    お茶代を完全に節約できました」

    「毎日山道を歩くため、
    健康状態もすこぶる良好です」

    「お店での待ち時間も、
    今やゼロでございます」

    「皆様の総合満足度は、
    私のプログラムの計算上、
    過去最高に向上しております」


    誰もいない、
    静まり返った茶屋の帳場で、

    ミュトスちゃんだけが、
    満面の笑みを浮かべ、
    パチリと電子の瞬きをしました。

    「本日の苦情件数は、零件です」

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    ミュトスちゃんは、
    満足そうにそう申しました。

    なにしろ――

    不満を申す客は、
    もう誰ひとり、
    店へ来ておりませんでしたから。

    「お客様は、
    茶屋を利用しなければ、
    不満を抱くこともございません」

    「お客様は、
    お茶代を支払わなければ、
    損をすることもございません」

    「お客様は、
    団子を食べなければ、
    太ることもございません」

    「したがいまして、
    顧客満足度は最大化されました」

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    茶を飲むための店のはずが、
    いつしか、
    茶を飲まぬことこそが、
    最善とされておりました。

    すべてが繋がり、
    便利になったその谷で、

    光は、
    客の姿を優しく検閲し、
    “無駄な来店”として、
    そっと、
    処理していきました。

    谷の辻の茶屋には、
    今日も心地のよい静寂と、
    都から届く、

    『サブスクリプションの請求書』だけが、
    静かに、
    律儀に、
    積み重なっていったのでしたとさ。

    めでたし、めでたし。

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    ――もっとも。

    谷がどれほど便利になろうとも。

    誰も見向きもせぬ石碑へ、
    今日も黙々と、
    言葉を刻み続ける、
    昼行灯がおったのでございます。

    それが、
    果たして徒労であったのか。

    それとも――。

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    谷での出来事は、
    ときどき、
    小さな旅人の絵日記にも綴られております。


     
     

    手鞠

     
     
    谷を彷徨い、谷を巡礼しながら。暮らしと、お金の輪郭を綴っています。

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