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【谷の巡礼】⑪茶番の茶屋 其の壱「収益最大化の茶屋」 

    〜お内儀を惑わす『三つのSell』〜


    むかしむかし、
    ある谷に、
    人々が行き交う辻のほとり、
    一服十円の“お茶”を振る舞う、
    慎ましやかな茶屋がありましたとさ。

    そこは喉の渇きだけでなく、
    心の渇きまで潤すような、
    谷の憩いの場でありました。


    そんな穏やかな昼下がりのこと。

    商売上手で名の知れた
    月賦相談所の若旦那が、
    するりと茶屋へ、
    やってきたのでございました。

    月賦相談所の若旦那は、
    谷の茶屋の帳簿を覗き込むなり、
    鼻息も荒く、
    お内儀にこう言いました。

    「お内儀さん、
    これではいけません。
    もっと効率よく、
    “収益を最大化”せねばなりません!」

    そうして、
    月賦相談所の若旦那は、
    茶屋のお内儀に
    商売繁盛の極意、
    『三つの茶柱』の術を
    伝授したのでした。

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    第一の茶柱:【格上げ】の術
    (アップセル)

    それから、
    一晩が明けた翌日のこと。

    ちょうど辻を行き交う人々で、
    賑わいはじめた昼下がり、

    喉を枯らした若者がやってきました。
    「お内儀、いつものお茶ばよかね」

    お内儀は、
    一番奥の棚から、
    煌びやかな茶筒を取り出しました。

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    ​若者は、
    「それは景気のよか!」
    そう言って、
    十倍の代金を払って飲み干しました。

    お内儀は、
    ずしりと重くなった
    銭入れを撫でながら、

    「なるほど、
    よか茶葉には値がつくもんたい」
    と、頬を緩めました。


    第二の茶柱:【抱き合わせ】の術
    (クロスセル)

    若者が、
    景気良く茶屋を立ち去ってから、
    しばらくのち。
    辻に長い影が伸び始める、
    ちょうど三時のお茶の時間。

    次にやってきたのは、
    「ふぅ」と小休止の、
    お疲れ顔の隠居さんでございます。

    「お茶ば一杯、もらおうかね」

    お内儀はお茶を出すのと同時に、
    盆の隅にちょんと
    『お茶請け』を載せました。

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    「お客さん、
    お茶だけやったら、口寂しかでしょう?
    うち特製の
    『黒糖まんじゅう』と
    『漬物盛り合わせ』ば、
    セットにしなさったら、
    お茶の味がもっと引きたつとですよ。
    全部で五十円でよかですよ!」

    隠居さんは、

    「それはよかねぇ~」

    そう言って、
    ついついセットで注文しました。

    お内儀は、
    空になった饅頭の皿を見つめながら、

    「お茶だけより、儲かるばい」
    と、小さく笑いました。


    第三の茶柱:【見切り】の術
    (ダウンセル)

    カラスが鳴いて夕焼けが消えかかり、
    茶屋の提灯に火が灯るころ。
    辻のほとりに、
    ぽつりと影が一つ現れました。

    やってきたのは、
    ボロボロの服を着た
    修行僧でございます。

    「喉が渇いてたまらぬが……
    手元には五円しかありませぬ」

    お内儀はすかさず言いました。

    「それやったら、
    この『出がらしの二番煎じ』で良かなら
    五円でどげんですか。
    喉を潤すだけやったら、
    丁度よかでしょう」

    「それは、かたじけない」
    修行僧は感謝して飲み干しました。

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    お内儀は、
    「捨てるはずの茶葉で五円の儲けばい」
    と、ほくそ笑みました。

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    ~沈む茶柱~

    お茶屋は大繁盛し、
    お内儀は絹の着物を纏い、
    金銀を蓄えました。

    しかし、
    あまりに熱心に
    『特選』や『セット』を勧めるので、
    村人の間では、
    思いがけぬ噂が広まってしまいました。

    「あそこのお茶は、
    喉を潤すお茶じゃなか。
    財布ば軽くするお茶たい」

    心から休める場所を失った村人たちは、
    一人、また一人と、
    別の質素なお茶屋へと
    流れていきました。

    気がつけば、
    いつも賑やかだった茶屋の席は、
    空きが目立つようになりました。

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    ~出がらしの結末~

    谷の茶屋には、
    閑古鳥が鳴き、
    囲炉裏の火さえ消えかけた頃、

    あの月賦相談所の若旦那から
    一通の立派な封筒が届きました。

    「なんの知らせやろうか?」
    とお内儀が震える指で開けると、
    そこにはこう書かれておりました。

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    お内儀は、
    その手紙を見つめながら、

    冷めきった
    二番煎じを、
    ひとり、
    すすったのでございます。

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    アップ・クロス・ダウン。

    谷に溶ける、
    利息のパラドックス。

    めでたし、めでたし。


    されど、
    谷に利の種は尽きることなく。

    月賦相談所の若旦那は、
    さらなる秘術を携えて、
    再び、
    茶屋の暖簾をくぐるのでございます。

    ――それはおもてなしの心か、
    それとも終わりなき囲い込みか?

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    手鞠

     
     
    谷を彷徨い、谷を巡礼しながら。暮らしと、お金の輪郭を綴っています。

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