
【谷の巡礼】㉘光回線投資譚 ~光の旅人と昼行灯~
~光の旅人~
むかしむかし、
あるところに、
それはそれは、
深い闇に包まれる谷がありましたとさ。
ある日のこと。
谷のはるか向こう、
都の灯りが瞬く方角から、
一人の旅人が、
谷道を下ってきたのでございます。
旅人は、
見慣れぬ景色を眺めながら、
ゆっくりと谷道を歩き、
村人たちの笑い声が漏れる
茶屋の前で、
ふと足を止めました。

その旅人は、
風変わりな模様の羽織をまとい、
どこか都の風を感じさせる佇まいで、
たいそう魅力的に見えました。
~よか話~
やがて旅人は、
茶屋の暖簾をくぐりました。
そして、
茶屋に集う村人たちに、
微笑み、
気さくに声をかけ、
気前よく温かな食事と、
一番上等な酒を振る舞ったあと 、
空気を読んで、
こう切り出したのです。
「これからは、
人ではなく、
『光』が働く時代なのですよ」
「その光は、
あなたの代わりに、
手間のかかる仕事はひらりと避けて、
実入りのよい仕事ばかりを、
そつなくこなしてくれるのです」
「それを都では、
『光回線』と呼ぶのでございます」

村人たちは、
その言葉の意味こそ、
分かりませんでした。
だけれども、
“時代のキーワード”に、
村人たちはめっぽう弱かった。
「光が働く……?」
「人がする仕事ば、
光がしてくれるとね?」
「そげん、
すごか時代が来るとね?」
~茶屋の投資サロン~
「この光に投資をしたら、
あなたの未来はもっと輝く」
「光は、あなた様を救います」
「今こそ、
重いクワを
捨てる時でございます」
旅人は言いました。
「クワを捨ててよかとね?」
「そげん夢のごたる話のあるとね?」
村人たちは、
希望に満ちた表情で、
話に聞き入っておりました。
旅人は、
ちょうどいい塩梅の頃合いを見て、
茶屋の真ん中へ立つと、
『光』と記された提灯を高々と掲げ、
まるで旅芸人のように、
声を張り上げたのでした。

「皆様、ご覧あれ!」
「“いまだけ”」
「“ここだけ”」
「“あなただけ”」
「特約付きの、
それはそれは、“よか話”ですよ」
「都ではもう始まっております!」
「お乗り遅れのないように!」
「一口10万いかがでしょうか?」
村人たちは、
すっかりその『光』に
心を奪われたのでございます。
「『光』に一口乗ってみるばい!」
「わしは、二口たい!」
「乗り遅れたら、もったいなかばい!」
~“FOMO”る谷~
「茶屋で、
よか話のあったらしかばい」
「茶屋の常連は、
もう始めたらしかばい」
「乗り遅れたら、
わしらだけ取り残されるばい!」

かくして、
この村には、
得体の知れない
“よか話”が
広まっていったのでした。

村人たちは、
競うように
その光を求めました 。
噂は瞬く間に飛び火して、
『光』に投資することが、
いつの間にやら、
この村では、
“公然の流行り事”と
なっていったのでした。
投資せぬ者には、
こう言われました。
「なぜやらない」
「今やらないともったいない」
「良かれと思って言っているんだよ」
光は、
村人たちの目に、
新しい未来を映しました。
~落ちた言葉~
そのとき、
谷を訪れていた巡礼者が、
ぽつりと、こう言いました。
「その光は、悪くない。
「でも、
……やらなくても、
いいんじゃないですか」
その言葉は、
誰にも拾われることなく、
静かに、
谷に落ちました。

やがて旅人は、
村人たちの期待を
風呂敷に包むと、
風のように、
“ひらり”と、
どこかへ去っていったのでした。

~光回線の谷~
谷に残った『光』への憧れは、
やがて谷全体を白々しく灯す、
『光回線』へと
姿を変えていきました。

すべてが繋がり、
便利になったその村で、
光は闇を優しく検閲し、
その外側にあるものの輪郭を
“見えぬもの”として、
そっと、
処理していきました。
~昼行灯~
それは、
人ごみの端の言葉のように、
光を持ちながら、
光の中で、
見えぬものとなった者。

~映し絵の時代~
今日も、
村人たちは、
よりいっそう強い光を求め、
歩き続けます。
光は、
新しくて、
とても、とても、速い。
――それはまるで。
アバンダンス。
めでたし、めでたし。

そして――。
やがて谷には、
遠く離れた都の映し絵まで、
瞬く間に流れ込むようになりました。
巡礼者は、あの崖っぷちで、
またつぶやくようでございます。
