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【連続小説】たまに夢で見る #5


    第十二章「顔を載せない人」

    その朝、コーヒーを淹れているときに、スマートフォンが鳴った。

    火にかけたケトルからは、まだ蒸気が出ていなかった。画面を見ると、我孫子からのメールだった。件名はなかった。本文だけが、短く入っていた。

    「会えます。次の水曜、午後二時でどうでしょう?」

    ケトルが鳴り出した。火を止めるのを忘れていた。慌てて止めたとき、湯が少し噴きこぼれていた。コンロの脇に、小さな水たまりができた。拭かずに、しばらく画面を見ていた。

    場所を指定されていた。再起ネットワークの事務所ではなかった。地下鉄の駅から歩いて五分ほどの、住宅街の一角にある喫茶店の名前だった。地図アプリで場所を確かめると、ピンは細い路地の途中に立っていた。何度か拡大して、間違いないことを確認した。

    水曜、約束の十分前に着いた。木の看板は色が褪せていて、店名の一部がかすれて読めなくなっていた。扉についた鈴が、開けると小さく鳴った。中に入ると、豆を挽く音がしていた。

    店内は狭かった。四人掛けのテーブルが三つと、カウンター席が四つ。壁には古い映画のポスターが額装されて並んでいる。客は他に、老人が一人、文庫本を広げていた。

    窓際の席に座った。コーヒーを頼んだ。運ばれてくるまでのあいだ、鞄の中のレコーダーとノートを、意味もなく何度か確かめた。取材ではない、と自分に言い聞かせながら、それでも持ってきていた。

    八年前、初めて我孫子を訪ねた日のことを思い出した。古いビルの四階、スチール棚にファイルがぎっしり並んだ事務所。折りたたみ椅子の座面が冷たかったこと。窓の外の非常階段が、灰色に光っていたこと。あの部屋の匂いを、今でも思い出せる。埃と、コピー機のトナーと、誰かの煙草の残り香。

    コーヒーが来た。一口飲んだところで、扉の鈴が鳴った。

    二時ちょうどに、我孫子が来た。

    八年前と、それほど変わっていなかった。白髪が少し増えていた。それくらいだった。姿勢のよさも、静かな声も、そのままだった。

    「おひさしぶりです」
    「はい」

    我孫子は向かいに座り、コーヒーを頼んだ。店員が下がると、しばらく黙っていた。カップの底に敷かれたコースターの端を、指でなぞっていた。

    「お元気そうですね」と我孫子は言った。

    「そちらこそ」
    「最近は、週三日だけ、老人ホームの厨房でも働いてます。もう肩書きのいらない仕事です」
    「厨房、ですか」
    「野菜を切って、盛り付けをするだけです。誰も私の過去を知らないし、聞いてもきません」

    そう言って、我孫子は少しだけ肩の力を抜いたように見えた。窓の外を、自転車に乗った郵便配達員が通り過ぎた。

    「メール、読みました」と我孫子が言った。「記事に書かなかったことについて、確認したいことがある、と」

    「はい」
    「なんでしょう」

    用意してきたはずの言い方が、出てこなかった。何度も頭の中で組み立て直した文章が、いざとなると崩壊した。結局、一番短い言い方を選んだ。

    「たまに夢で見る、という話です」

    我孫子はコーヒーカップに手を伸ばしかけて、止めた。手が、少しのあいだ宙で止まっていた。

    「覚えてるんですね」
    「覚えてます」

    しばらく、どちらも何も言わなかった。隣の席で、誰かがスプーンをソーサーに置く音がした。老人がページをめくる音もした。

    「あのとき、書きませんでした」
    「回復した人の話として、書くことがもう決まっていたので。夢の話を入れると、記事の輪郭がぼやける気がしました」

    「そうでしょうね」

    責めるような声ではなかった。

    「今さらですが、すみませんでした」

    我孫子はコーヒーを一口飲んだ。カップを置くとき、音がしなかった。

    「赤坂さんに、聞く力がなかったわけじゃないと思いますよ」と我孫子は言った。「あのとき、記事にする力が、まだなかっただけで」

    その言い方に、少し救われた気がした。同時に、簡単に救われていいのかとも思った。


    「役員のページを見ました」
    「我孫子さんの欄だけ、写真がないんですね」

    我孫子は少し笑った。笑い方に、疲れが混じっていた。

    「頼まれたんですよ、何度も。理事になるなら、写真と経歴を出してくださいって。ホームページの担当の子が、毎年言ってきます。他の理事の先生方は、みんな載せてるんですけどねって」

    「断ったんですか」
    「断りました」

    カップの縁に指をかけたまま、我孫子は続けた。

    「あの記事が出てから、しばらく講演の依頼が来てたんです。回復した当事者として、話してくださいって。何度か出ました。壇上で、決まった順番で話すんです。使い始め、底突き、施設、今。みんな、その順番を聞きたがる」

    「はい」

    「一番よく覚えてるのは、地方都市の公民館みたいなところでした。二百人くらい入る会場で、七割くらいは椅子が埋まってた。話し終わったあと、質疑応答の時間があって、最前列の女性が手を挙げたんです。『どうやってその強い意志を持てたんですか』って」

    我孫子は、少し間を置いた。

    「意志なんて、なかったんです。運が良かっただけで。でも、そう答えると場が困るのが分かるから、『諦めない気持ちが大事でした』って答えました。拍手喝采でした」

    「はい」

    「帰りの新幹線で、自分の言った言葉を思い出しながら、ずっと気持ちが悪かった」

    別の日には、講演のあとに名刺を差し出してきた男がいた、と我孫子は続けた。息子が薬物を使っていて、どうすればあなたのように更生できるか教えてほしい、と言われた。その場では答えられず、後日連絡すると約束した名刺を、結局今も使わないまま引き出しにしまってある。

    「連絡しなかったんですか?」

    「電話を、何度もかけようとしました。でも、何を言えばいいのか分からなくて。うちの息子とは違うかもしれない、その人の息子さんのことを、私は何も知らないから」
    「ある日、控室で鏡を見たら、話す前から、もう笑う顔を作ってる自分がいました。これから話す内容に合わせて、先に表情を用意してる。そのときに、もういいかな、と思ったんです」

    「もういい、というのは?」
    「見せる回復は、もうやらなくていい、というか」

    我孫子はカップを両手で包んだ。

    「理事になってくれと言われたときも、条件をつけました。名前だけ載せる。写真もプロフィールもいらない。向こうは渋りましたけど、最終的には通りました。今は、講演も断ってます」

    「たまに夢で見る、という話も」

    「あれは、講演では一度も話してません」と我孫子は言った。「話す場所を、まだ見つけてないので」

    「今は、どこかに書いたりは?」

    「ノートに、たまに書きます。誰に見せるでもなく」我孫子は少し照れたように笑った。「日記というほどのものでもないですが」

    「見せてもらえますか」
    「今はまだ、やめておきます」

    断られても、責められている感じはしなかった。むしろ、断られたことで、少し安心した。すべてを差し出さなくてもいい関係が、ここにはあった。

    「私が講演を断るようになってから」と我孫子は続けた。「代わりに呼ばれるようになった人がいるみたいです。同じ枠で。回復した当事者として、今度は若い世代を呼びたいって、団体の担当が言ってました」

    窓の外を、傘を差した人が通り過ぎた。まだ雨は降っていなかった。折りたたみ傘を持ってきていたのか、念のためだったのかは分からなかった。


    「代わり、というのは?」
    「医者らしいですよ。信州ARCの卒業生で、今は再起ネットワークの外部協力医みたいな立場になってる」
    「日向…慎平さん、ですか?」

    我孫子が、少し驚いた顔をした。

    「知ってるんですか?」
    「今度、取材することになりました」

    我孫子は少し間を置いた。テーブルの上で、指先が一度だけコースターを押さえた。

    「そうですか」

    「若い医者が、当事者として表に出てくれるのは、団体としては都合がいいんでしょうね」

    「悪い意味じゃなくてね」と我孫子は言い直すように言った。「ただ、私が壇上でやってたことを、彼はもっと組織立ってやらされてる気がします。会ったことは、ないんですけどね。書類の上でしか知らない」

    「書類の上、というのは」

    「フォーラムの企画書とか、理事会の議事録とか。名前だけ、何度も目にしてます。写真つきで」

    我孫子は、コーヒーの残りを見た。それ以上、何も聞いてこなかった。ただ、コーヒーを飲み干す前に、一度だけこちらを見た。何かを確かめるような目だった。

    「赤坂さん」
    「はい」
    「今度は、切らないでくださいね」

    何を、とは聞かなかった。聞かなくても分かった。

    店を出るとき、我孫子は伝票を先に取った。「今日はいいです」と言うと、「次があれば、そのとき」とだけ返ってきた。会計を済ませて外に出ると、我孫子は駅と逆の方向へ、ゆっくり歩いていった。傘は差していなかった。見えなくなるまで、少しのあいだ見送った。

    駅までの道を、あえて遠回りして歩いた。商店街を抜けると、八百屋の軒先に、値引きシールの貼られた葉物野菜が並んでいた。買うつもりもないのに、しばらく見ていた。信号が変わるまで、そこにいた。

    家に帰っても、何をする気にもなれなかった。冷蔵庫を開けて、何も取らずに閉めた。ノートパソコンを開いたが、佐々木への報告は、結局その日は書けなかった。


    第十三章「来ないでほしい朝」

    日向の外来がある病院は、私鉄の駅から少し離れた場所にあった。ガラス張りの新しい建物で、入口には病院名と並んで「依存症外来」という科名だけが出ていた。ARCの名前は、どこにもなかった。

    ARCは、全国に支部を持つ団体だと聞いていた。信州ARC、東日本ARCというふうに、支部ごとに土地の名前がつく。プログラムも系列も、根っこは同じだった。ここはそのARC本体ではなく、プログラムを終えた人たちが通う、外部の連携先の一つらしい。看板に名前が出ないのは、そのためだった。

    日向は最初、信州の支部に長く入所していたと聞いた。長野の山あいにある施設で、通える距離ではない。そのあと、東日本ARC――かつて通っていたのと同じ場所に移ってきて、同じ建物で、同じ時期を過ごした。柿の木も、自販機のコーンポタージュも、あのとき二人で見ていたものだった。

    日向が今ここで診ているのは、全国各地のARCでのプログラムを終え、都内に戻ってきた人たちの、そのあとのフォローだった。ARCという名前から、二人とも、まだ離れられていなかった。

    佐々木からは、「同席しようか」というメッセージが来ていた。

    「一人で行きます」

    そう返した。理由は書かなかった。佐々木も、それ以上は聞いてこなかった。少し経って、「了解、原稿楽しみにしてる」とだけ返信が来た。

    受付で名前を告げると、待合室に通された。壁に、依存症についての啓発ポスターが貼られていた。フォーラムの案内もあった。日向の顔写真が、そこにもあった。白衣を着て、腕を組み、カメラの少し上を見ている写真だった。

    待合室には他に二人座っていた。一人は俯いてスマートフォンを見ていた。もう一人は、目を閉じて壁にもたれていた。年格好が、東日本ARCで会った誰かに少し似ている気がした。誰だったかは、思い出せなかった。思い出そうとして、やめた。ここでは、誰かに似ているというだけで、詮索していい理由にはならない。

    受付の向こうで、看護師二人が小声で話していた。「今日は日向先生、取材が入ってるから」「ああ、はいはい」というやりとりが、切れ切れに聞こえた。何かのついでの話のようだった。特別なことのようには、聞こえなかった。

    壁際のラックに、育児雑誌と、旅行雑誌が並んでいた。依存症外来の待合室に置くには、奇妙な取り合わせだった。誰かが選んだというより、余っていたものを、とりあえず置いただけのように見えた。

    十分ほど待たされた。時計の秒針の音が、やけにはっきり聞こえた。受付の内線電話が一度鳴り、看護師が短く応答して切った。

    「赤坂さん、どうぞ」

    呼ばれて、診察室の隣の面談室に通された。窓のない部屋で、テーブルを挟んで椅子が二脚あった。壁に、パンフレットの入ったラックが一つあるだけだった。蛍光灯の光が、テーブルの木目をやけに白く照らしていた。

    日向が入ってきた。白衣を着ていた。東日本ARCの自販機の前で見た日向とは、少し違う顔をしていた。髪型も、話し方も整っていた。姿勢よく椅子に座り、名刺を差し出してきた。「日向慎平」という名前の下に、いくつかの肩書きが並んでいた。

    「おひさしぶりです」
    「おひさしぶりです」

    レコーダーを置いた。日向は、それを見て小さくうなずいた。

    「今日は、よろしくお願いします」

    そう言った日向の声は、記事で読んだ言葉と同じ調子をしていた。用意された声だった。


    「使い始めたきっかけを、教えていただけますか」

    型どおりの質問をした。日向は、型どおりに答えた。研修医時代の過労、眠らずに働き続けるための薬、そこから少しずつ量が増えていったこと。

    言葉はよどみなかった。何度も同じ話をしてきた人間の話し方だった。文の区切りまで、以前読んだ記事の言い回しと似ていた。

    「家族の反応は、いかがでしたか?」
    「心配してくれました。今は、良い関係を築けています」

    「施設に入られたときのことは?」
    「信州ARCですね。あそこで、初めて自分の状態と向き合いました」

    「向き合った、というのは?」
    「使い続けていた自分を、認めることができたんです」

    「一番苦しかった時期は?」
    「入所してすぐの、離脱症状が出ていた頃です。今はもう、乗り越えたこととして話せますが」

    「支えになったものは、何でしたか?」
    「仲間の存在です。同じ経験をした人たちと、支え合いました」

    「今のお仕事に、やりがいは?」
    「はい。かつての自分のような人を、一人でも救えたらと思っています」

    「今、苦しんでいる人に、伝えたいことはありますか?」
    「一人じゃない、ということです。手を伸ばせば、必ず誰かが応えてくれます」

    型どおりの質問に、型どおりの答えが返ってくる。それが悪いとは思わなかった。ただ、八年前に自分がやっていたことと、同じ構造だと気づいた。聞きたい答えを、聞きたい順番で並べる。そのために、質問を選んでいる。

    聞きながら、コーンポタージュの缶を見ていた日向を思い出した。「なんで数えてるんですか」「なんでか、分からないです」。あの日向とは、別の人間が喋っているようだった。ノートに文字を書く手が、途中で止まった。

    「分からない、でいいんですよ」

    思わず、そう言った。

    日向が、初めて言葉を止めた。

    「…はい?」

    「東日本ARCで、よく言ってたじゃないですか。分からないです、って。柿の木のこととか、靴のこととか。今日も、分からないままでいいところがあれば、分からないままでいいです」

    しばらく、部屋が静かだった。エアコンの音だけが聞こえた。廊下を誰かが通る足音が、遠くから近づいて、また遠ざかっていった。

    日向は、テーブルの上で組んでいた手をほどいた。指の関節を、一度だけ鳴らした。

    「…変ですね」
    「何がですか?」
    「赤坂さんに会うと、いつも、答えを用意する前に喋ってしまう」


    「赤坂さん」
    「はい」
    「消えたいと思ったこと、ありますか?」

    質問の形をしていたが、答えを待っている声ではなかった。

    「信州ARCに入る前、まだ病院に勤めていた頃です。当直室の机の引き出しに、自分で処方できる薬を並べて、夜中に、端から端まで、指で数えたことがあります」

    日向は、テーブルの木目を見ていた。

    「使うためじゃなくて、ただ、数を確かめたかったんです。これだけあれば、もう朝が来なくて済むかどうか」

    「…」

    「結局、数えただけで終わりました。理由は、覚えてないです。眠かったのかもしれない」

    「今は?」

    「今も、たまに、朝が来てほしくないと思う日はあります。医者なので、自分に処方することは簡単です。でも、もうあんなことはしません」

    部屋の外で、誰かが台車を押していく音がした。金属の車輪が、廊下の継ぎ目を通るたびに小さく跳ねる音だった。その音が遠ざかるまで、どちらも口を開かなかった。

    日向はそこまで言って、少し笑った。柿の木のときと同じ笑い方だった。ミーティングで見せる笑い方とは、違う種類のものだった。

    「うらやましいですよ、って前に言いましたよね?」
    「言いました」

    「赤坂さんには、消える自由があったから。逮捕されて、記者を辞めて、名前も知らない人間としてどこかに紛れることができた。僕には、それがなかった。信州に、長くいたんです。あそこで一番、自分が壊れていく感じがしました」

    「地方にいたって、前に言ってましたね」

    「あれです」と日向は言った。

    「あそこを出たあと、東日本ARCに移って、しばらく普通の利用者として過ごしました。あの頃だけは、誰でもない自分でいられた。でも、東日本ARCを出るときには、もう『回復した医師』として使われることが決まってた」

    「決まってた、というのは?」

    「団体が、僕の名前と経歴を、先に発表してたんです。退所する前に。退所してから回復した医師になるまで、間がなかった」

    退所する三日前に、病院のホームページに紹介文が載っているのを、同室だった人間から教えられた。まだ荷物もまとめていない部屋で、スマートフォンの画面越しに、自分の名前と、まだ撮られてもいない写真の予定地みたいな空欄を見た。

    「先に決められてる場所に、あとから自分を合わせていく感じでした」

    日向は、そう言った。声の高さは変わらなかった。ただ、言葉の間が、それまでより長くなっていた。

    レコーダーの赤いランプが、点いたままだった。

    気がついて、止めた。


    第十四章「記事にしない言葉」

    レコーダーを止めた音を聞いて、日向が顔を上げた。

    「止めるんですか?」
    「はい」
    「なんでですか?」
    「これは、記事にしないほうがいいと思ったので」

    日向は、少しのあいだ黙っていた。窓のない部屋の中で、蛍光灯の音だけが小さく鳴っていた。

    「これは、記事にしないでください」

    止めたあとに、そう頼まれた。順番が逆だったことに、少し遅れて気づいた。頼まれる前に、止めていた。

    「分かりました」
    「本当に、書かないでください」
    「書きません」

    日向は、テーブルの上の自分の手を見ていた。指先が少し赤くなっていた。さっき鳴らした関節のあたりだった。

    「赤坂さんになら、話してもいいかなと思ったんです。同じ場所にいたから」
    「はい」
    「記事にする言葉じゃなくて、ただの話として、聞いてもらえて、よかったです」

    それだけ言うと、日向は白衣の襟を直して、いつもの、記事の中の顔に戻った。時計を見て、「次の患者さんが」と言った。診察の時間だった。

    面談室を出る前に、日向が一度だけ振り返った。

    「また来てください。取材じゃなくて」

    その一言には、答えられなかった。

    エレベーターを待つあいだ、日向の名刺を鞄にしまった。名刺の紙は、少し厚みのある上質なものだった。八年前、我孫子の名刺には肩書きがなかった。日向の名刺には、いくつも並んでいた。同じような場所を経てきたはずなのに、二人が今、手にしているものは違っていた。


    面談室を出て、病院の外に出た。空は曇っていた。玄関ホールの自動ドアが開くとき、冷たい風が首元を通った。

    佐々木に何を報告すればいいのか、決まらないまま歩いた。使い始め、施設、回復、啓発。その順番で書けば、記事にはなる。ただ、その順番の外側に置いてきたものが、八年前の我孫子のときより重かった。駅までの道すがら、何度もスマートフォンを開いては、閉じた。

    駅前の掲示板に、見覚えのあるポスターが貼られていた。「依存症と社会を考えるフォーラム」。日向の写真が、変わらずそこにあった。立ち止まって、少しのあいだ見た。今日聞いた声とは、また違う声で笑っている写真だった。

    PORT東京に寄った。木の階段を上がる。二段目と五段目が軋んだ。今日は両方鳴った。手すりが、いつもより冷たく感じた。

    ドアを開けると、辻堂がカウンターの前にいた。棚のパンフレットを並べ替えている途中だった。

    「いらしてたんですね」

    いつもの声だった。

    奥のソファに、見覚えのある男が座っていた。細めのコートを脱いで、膝の上に畳んでいた。藤沢日出夫だった。前に見たときより、少し痩せて見えた。

    棚の前で、性感染症の案内を手に取っていた。開いて、ゆっくり読んでいた。目が合うと、小さく会釈をした。

    「また来ました」

    それだけ言って、案内をポケットに入れた。コーヒーを勧められても、首を横に振った。

    「今日はもう、行くところがあるので」

    そう言って、飲まずに出ていった。ドアが閉まる音がした。階段を下りる足音が、二段目のところで一瞬止まって、また続いた。それ以上のやりとりはなかった。

    入れ違いに、サンダルの足音が階段を上ってきた。浮間だった。ベージュのセーターの上に、薄手のジャケットを羽織っていた。

    「おや、久しぶり」

    浮間はそう言って、いつものビーズクッションに沈んだ。

    「NAは、続けてるんですか」と辻堂が聞いた。

    「続けてますよ。今日も帰りに寄ります」
    「キョウタさんも、お変わりなく」
    「変わらないのが一番って、最近思うようになりました」

    浮間はそう言って、サンダルの片方だけすり減ったかかとを、こつん、と床に鳴らした。それから、こちらを見て「今日は元気ないね」とだけ言った。理由は聞かれなかった。

    フードの男も、少し遅れて顔を出した。パンの入った籠の前に立ち、一つ手に取って、また戻した。今日は結局、何も持たずに、隅の椅子に座った。イヤホンはしていなかった。珍しいことだった。膝の上に置いた手だけが、小さく動いていた。


    「今日はどうしたんですか」

    辻堂が、コーヒーを淹れながら聞いた。猫の絵のマグカップを、いつものように差し出してきた。底のひびが、少しだけ大きくなっている気がした。

    「取材をしてきました」
    「そうですか」
    「昔、施設で会った人でした」

    辻堂は、それ以上聞かなかった。相槌を待つでもなく、ただコーヒーを注いでいた。湯気が、二人のあいだで揺れていた。

    「僕、その施設では、本名を名乗ってたんです」

    言ってから、なぜ今それを言ったのか、自分でも分からなかった。

    辻堂は手を止めなかった。

    「ここでは、誰も名乗らなくていい場所だと思って、通ってました」
    「そうですね」
    「でも、誰も聞かないから、僕も、まだ一度も言ってません」

    辻堂からマグカップを渡された。それから、初めて手を止めて、こちらを見ながら言われた。

    「言いたくなったら、いつでもどうぞ」

    急かす言い方でも、待つ言い方でもなかった。通い始めた頃、初めて猫のマグカップを選んだときに言われた「あんまり選ぶ人いないんで」という言葉と、同じ温度だった。

    「辻堂さんは、みんなの名前、知らないままでいいんですか」
    「知りたければ、向こうから言ってくれます。知らなくても、コーヒーは出せますから」

    そう言って、辻堂は少し笑った。カウンターの奥で、ケトルがまた湯気を立て始めていた。

    窓の外で、雨が降り始めていた。浮間が、クッションの上で目を閉じていた。眠っているのか、そうでないのかは分からなかった。

    鞄の中に、財団からの通知の紙が入っていた。まだ、辻堂には見せていなかった。畳んだままの紙の角が、鞄の内側に少し引っかかっていた。

    コーヒーはまだ、湯気を立てていた。


    帰り道、傘を差した。二本目の骨が少し曲がっている、古い傘だった。壊れているのに、まだ使っている。直そうとも、買い替えようとも思わなかった。

    部屋に戻ると、電気をつけないまま、パソコンを開いた。佐々木とのやりとり画面を表示した。

    「日向先生の件、進捗どうですか」

    昨日届いていたメッセージだった。返信欄にカーソルを置いた。何度か文字を打っては消した。

    「取材はしました。原稿は、少し時間をください」

    それだけ打って、送信した。噓ではなかった。ただ、全部でもなかった。

    画面を閉じる前に、フォーラムのポスターの写真を、もう一度思い出した。日向の、あの笑い方ではない方の笑い方を、記事にする方法が、まだ見つからなかった。

    公開検討会は、もう目前だった。財団の紙にはそう書いてあった。それまでに、日向の記事をどうするか、佐々木に何と言うか、決めなければならなかった。

    決められないまま、雨の音を聞いていた。(#6に続く)

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