フグチリは文化
ふぐちりは文化という言葉がある。
ご存知でしょうか?
ふぐのまえのちりにおなじ。
有名な言葉ですね。
なんとか物語でなんたら法師がかたる、どんなに強い人もふぐの毒に当たれば塵芥に等しいという意味です。
――すいませんでした。
本当は坂口安吾による、ふぐがなぜ食べられるようになったかの格言です。
フグが食べられるようになったのは、ひとえに、先人たちが命がけでふぐの可食部をさぐった、などという感傷的な話ではありません。
フグを食べたら死んだ。
なぜだ?
運が悪かったのだ。
なんで食おうと思った?
白子がうまいんだよな
ぼうやだからさ
様々な意見が飛び交ったという。
翌日さらに人が死ぬ
あるものは、骨が悪いという
あるものは、目玉が悪いという
あるものは、いや尻尾に毒針がという。
あるものは、兄上も甘いようでという。
死人は増え続けた。
一匹のフグが死体の山を気づいていくのを見た人々は、この世で1番人を殺す魚は間違いなくふぐだと思ったことであろう。
このふぐちりは文化という言葉がさすのは、ふぐを食うために命をかけた戦士たちに捧げる墓標であり、戒名である。
だが、この戦士たちの挑戦は、同時に様々な解毒方法を生み出す。
桜の木の下で告白する
墓地に埋葬する
糠と塩に漬けて3年待つ
インディゴブルーのジーンズの上で炙ったスルメの汁を飲む
などなど。
正気とは思えない解毒法ではあるが、そもそも人が簡単に死ぬような毒を持った魚をどうにかして食おうとした探求自体が狂気の沙汰であるからして、解毒法の探求もまた狂気の沙汰になるのは致し方ないことだろう。
今では、誰でも比較的安全にふぐを食べることができる。
きちんとした免許体系
きちんとした調理法
いざという時の対症療法
あるいは高いので食わない
ともあれ安心してふぐというものに向き合えるのは、ひとえに風の前の塵に同じ。
坂口安吾はのちにこう語る。
ふぐ? 嫌いだよ。キモ食ったら死んだ。
なお全部嘘です。
ふぐは用法用量を守り、適切な場所で、適量をご賞味ください。
7/10追記
派生記事である、
悪役令嬢に転生した俺がフグで隣国皇太子に溺愛された結果、皇太子が死にました
に於いて使われた恋の呪文、
『テトロドトキス・テトロドン』
のタグをこちらの記事にもつける事にしました。
よろしくお願いします。