メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byfullofempathy

【ショートエッセイ】タカラモノ



    散々歌ったあとのカラオケボックス。少し飽きてきて、次の曲が途切れた。部屋は暖まりきって、冬なのに少し汗ばむくらい暑く感じる。思わずエアコンのスイッチを切った。
    さっきまで大音量で音が流れていた落差で、室内に流れるプロモーションが空間に静寂を感じさせ、外からは他の人の少し音程の外れた歌声がよく聞こえる。
    お互いにスマホを触ったり、ドリンクバーの冷め切ったココアを飲んだりして休憩していると、ふいにモニターが気になった。

    「あ、これ…」

    それはプロモーションで流れていた、今からもう十数年前に流行った曲のPVだった。懐かしいメロディが流れる。
    「ああ、これ懐かしいな!次これ歌うか」
    そう言って、彼はデンモクに手を伸ばす。
    「うん、私この曲大好きだったんだよなぁ」
    デンモクで曲検索をしながら、「俺も」と同意してくれた。
    程なくして、久しぶりに聞く平成っぽいメロウなイントロと共に、タイトルとPVがモニターに映し出された。

    『それはタカラモノ 気付いたからもっと キミを感じたい』

    何度も聴いて、カラオケで歌ってきた曲。歌詞を見なくても、私は自然と口ずさんでいた。
    歌詞を見るため私に背を向けて歌っている彼は、モニターからの光を受けて、輪郭が滲んで見える。その姿を目に捉えた瞬間、私の中に、ぶぁっと風が吹いたように当時の記憶が流れ込んできた。

    この曲が流行っていた2010年頃、娘は物心が着くかどうかくらいの歳で、私はまだ20代前半だった。
    その頃に前夫の不倫で離婚し、これから1人で子どもを育てて行く、行かなくちゃいけない。
    そんな責任感が、私の肩には重くのしかかっていた。
    幸い私の両親が生活を支えてはくれたが、ただでさえ子どもっぽかった私には、仕事と家事と育児を1人でこなす事は生半可な事ではなかった。

    そんな私を尻目に、仲の良かった同年代の友人達は海外旅行に行ったり、夜のパーティに出かけたりしていた。私抜きで。
    SNSに後日あげられる写真を見ていつもようやく気がついて、なんとも言えない寂しさを感じていた。
    輪から外れて行く自分を認めたくなくて、必死について行こうとしても、彼女らからの"配慮"によって、また輪からズレていく。

    当時の記憶は今はもうほとんど残っていないくらい、私は日々に忙殺され、精神的な負担も大きかった。
    確かその頃に、東日本大震災も起こった。
    私だけじゃなく、世間的にも暗い影を落としていた頃だった。

    『時には涙見せていい ボクらそんな強くない キミが一人で背負い込んでた荷物 ボクも持とう』

    この曲、大好きだったんだよなぁ。
    なのに、当時私の周りでこの曲を歌うのは私だけで。毎回歌いながら、いい曲だなぁって感極まって泣きそうになっていた。
    もしかしたら、この歌詞を自分と重ねて絆されていたのかもしれない。
    そして、漠然と"誰かが歌ってくれたらいいのに"って思っていた──。

    気がつくと、涙が私の頬を伝っていた。
    ハッとして、彼を見た。
    『うれしいこと 悔しいこと キミの喜怒哀楽も全部感じたい 受け止めてあげたいんだ』

    …ああ、そうか。

    『ずっと 共にずっと 隣を歩いてくれないか?』

    あの時の私は、そう言われたかったんだ。
    そう、誰かに思ってほしかったんだ。

    当時の記憶と、目の前の歌う彼の姿が一直線に繋がって、それは記憶の縁に丸い輪を創っているようだった。縁の中の私は、寂しさも哀しさも、全部抱え込んで笑っていた。

    それからはずっと涙が止まらなくて、だけどそれを拭くものなんてないから、私のセーターの袖が犠牲になった。

    「いやぁ〜懐かしい」ってそう愉快そうに振り返った彼は、私を見るなり目を丸くした。
    「え、なになに?俺の歌声で感動しちゃったの?」
    赤い鼻をズビズビ言わせながら、私は笑った。

    「そう!ほんといい歌だった!」

    「わかる、俺も好き!でも、当時は上手く歌えなかったんだよなぁ」
    彼が笑って、そう言った。


     
     
    私は19歳で子供を産み、20代にADHDと診断され、コンサータを数年服薬していました。 2026年6月現在、実はADHDではなく『愛着障害』『複雑性PTSD』由来の発達性トラウマよる症状だった可能性を疑っています。思った事、感じた事、私の内側の世界を、ここに書き出していきます。

    あなたへのおすすめ