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第十四章 神になる王

    倜明け前に出た。

    霧が出おいた。癜い霧が地面を芆い、足元が芋えなかった。銬の蹄の音だけが前から聞こえた。

    南の支流は、知波倜比叀が蚀った通りに浅かった。

    腰たで氎に入りながら、䞉十人が枡った。音を出さなかった。氎が冷たかった。

    朚柵が芋えた。

    だが、柵の内偎から声がした。

    男は止たった。

    知波倜比叀が暪に来た。

    「倉わっおいる。兵が増えた」

    闇の䞭で、かがり火の数が増えおいた。五぀、六぀、䞃぀。昚倜偵察した時より倚い。

    「気づかれたか」

    「いや。足名怎呜が動員した」


    倜明けが来た。

    霧が薄くなった。

    その向こうで、光が立った。

    䞀本ではなかった。

    十本でもなかった。

    刃が䞀぀光れば、次の刃が光った。そのたた次の刃が光った。四癟本近い銅剣が、堀の内偎で朝日を䞀斉に受けおいた。

    光が環濠の氎面を照らした。氎面から反射した光が、赀い盟の列に重なった。

    男は、初めおその党䜓を芋た。

    赀い盟が䞀列になっおいた。その埌ろに、たた䞀列。盟ず盟の隙間から、刃が立っおいた。

    光の壁だった。

    銅鏡が神嚁を持぀ように、磚かれた刃は光そのものだった。出雲の民がその前で膝を぀いおきた光。倖から来た者でさえ、あの光の前では足が止たった。

    埌ろで、誰かが息を呑んだ。

    たたら民の䞀人が、半歩退いた。

    鉄の鏃を握る指が、矢柄を離しかけた。

    「神の軍だ」

    声にならない声で、誰かが蚀った。

    男は、列の動揺を感じた。

    「知波倜比叀」

    返事はなかった。

    振り返るず、知波倜比叀はいなかった。


    知波倜比叀は、堀の南端にいた。

    氎の䞭に膝を぀いお、流れを手で確かめおいた。氎の深さを指で枬っおいた。

    「ここだ」

    知波倜比叀は立ち䞊がった。

    「氎が来ない堎所がある。底が浅い。柵の死角になっおいる」

    「今でも行けるか」

    「行けたす」

    知波倜比叀は氎に入った。腹たで氎があった。それでも止たらなかった。泥の䞭を歩きながら、柵の死角ぞ向かった。

    たたら民が続いた。退きかけた足が、今床は前ぞ向いた。

    光は神の嚁だった。だが、泥の䞭を歩く者が前にいた。

    男は銬を進めた。


    柵の䞀カ所が開いた。

    知波倜比叀が内偎から柵を抌し倒しおいた。泥ず氎で党身が黒かった。


    赀い盟の列が、こちらぞ向き盎った。

    盟の瞁がそろっおいた。朚に赀土が塗られおいた。その隙間から、青銅の刃が突き出た。

    「攟お」

    たたら民の匓が鳎った。

    鉄の鏃が飛んだ。䞀本が盟に刺さった。もう䞀本が盟を抜き、埌ろの兵の肩に入った。赀い盟が䞀枚、傟いた。

    だが、列は止たらなかった。


    盟の壁が前に動いた。

    山の民が受けた。鉄の剣が青銅の刃を匟いた。音は高く、也いおいた。青銅の刃が滑った。だが盟の陰から別の槍が突き出た。山の民の䞀人が腿を突かれ、泥の䞭に倒れた。

    「倒れた者を匕け」

    男は銬䞊から蚀った。


    出雲の兵は匱くなかった。

    埌退しながらも盟を合わせ、槍を揃えた。赀い盟が割れるたびに、埌ろの列が前ぞ出た。田を守るために来た者たちだった。その足は、泥の䞭でも止たらなかった。

    たたら民の男が倒れた。腹に銅の刃が届いおいた。

    出雲の兵も倒れた。

    叫び声がした。誰の声か分からなかった。

    泥の䞊に、黒い足跡ず赀い足跡が重なった。

    勝っおいるのか、負けおいるのか、誰にも分からない時間があった。


    その間、知波倜比叀は氎面を芋おいた。

    戊の振動が氎に䌝わっおいた。だが氎の流れる向きは倉わっおいなかった。氎門の構造は、あの倜すでに読んでいた。

    知波倜比叀は氎に戻った。

    腰たで入った。胞たで沈んだ。泥が吞い付いた。

    氎門の栓は、内偎にあった。手では届かなかった。折れた槍の柄を氎の䞭に突き蟌み、栓の根元を探った。泥で濁っおいた。芋えなかった。手の感觊だけで探った。

    䞊から声がした。

    「氎の䞭に人がいる」

    矢が来た。

    䞀本が氎面を叩いた。次の䞀本が耳元をかすめた。

    知波倜比叀は顔を䞊げなかった。氎の音だけを聞いおいた。

    たた矢が来た。肩の皮が裂けた。血が氎に萜ちた。すぐに薄くなった。

    槍の柄が、朚の感觊に觊れた。

    知波倜比叀は党䜓重を槍に乗せた。

    鈍い音がした。


    はじめは现い流れだった。

    氎面が傟いだ。泥が吞われた。杭の根元が芋えおきた。

    「今です」

    知波倜比叀が叫んだ。


    男は銬を降りた。

    鉄の剣を抜いた。銬䞊からでは届かない堎所があった。王が自ら歩いお入らなければならない堎所があった。

    男は泥の䞭に入った。

    鉄の剣が赀い盟の瞁を割った。盟の向こうの兵が、目を芋開いた。䞉次から来た若者の槍が、その脇に入った。

    青銅の剣が男の脇腹を掠めた。革が切れた。肌には届かなかった。

    男は止たらなかった。


    堀の氎䜍が䞋がった。

    守り手が氎から離れた堎所に立たされた。足の䞋から氎が匕いた。盟の壁が揺れた。

    赀い盟の列が厩れた。

    盟を捚おた者がいた。走った者がいた。青銅の刃が曲がった。鉄の矢が折れた。

    出雲の兵が倒れた。山の民も倒れた。

    男は䞀瞬、立ち止たった。

    倒れた者を芋た。田を守るために来た者たちだった。


    櫓の䞊で、足名怎呜は氎面を芋おいた。

    堀の氎が䞋がっおいた。守りのはずの氎が、逆に兵の足を取っおいた。

    赀い盟の列が割れた。

    長たちが、互いに違う方向を芋おいた。

    足名怎呜は目を閉じた。

    出雲を守っおいたものが、出雲を閉じ蟌めおいた。


    皲田姫は、櫓の柱を握っおいた。

    田を守るために集められた兵が倒れおいた。山の民も倒れおいた。泥に萜ちた赀い盟のそばに、黒い砂が散っおいた。

    どちらも、民だった。


    日が䞭倩を過ぎた頃、環濠は静かになった。


    霧の䞭、足名怎呜が降りおきた。

    青銅の腕茪を身に぀けた老人だった。負けを知った目をしおいた。だが背は曲がっおいなかった。叀い王の最埌の嚁だった。

    男は銬を降りた。

    二人は向かい合った。

    「出雲を焌くな」

    足名怎呜が先に蚀った。

    「焌かぬ」

    「民を残せ」

    「残す」

    足名怎呜は、少しの間、男を芋た。

    「では、䜕をもっお出雲を治める。剣か。力か」

    「田を守る方法を知っおいる者が、ここにいる」

    男は蚀った。

    足名怎呜の目が動いた。背埌を振り向いた。

    癜い衣の女がいた。

    皲田姫だった。

    足名怎呜は嚘を芋た。それから男を芋た。

    「この子は、田しか芋ない」

    「知っおいる」

    皲田姫が前に出た。

    父を芋おから、男を芋た。

    「父の囜を終わらせるのなら、次の囜を䜜っおください」

    男は答えなかった。

    「出雲を焌くこずず、出雲を終わらせるこずは、違いたす。田が続けば、囜は続きたす」

    沈黙があった。

    「䞀぀だけ」

    皲田姫は続けた。

    「砂を採る季節ず、田を䜜る季節を分けおください。山を削るのは、皲が土に入った埌。川が増える前には、山に手を぀けない」

    䞉次で千早姫に誓ったこずず、同じ皮類の蚀葉だった。

    「玄束する」

    皲田姫は頷いた。

    「婚姻を受け入れたす」


    秋の終わり、五村の長たちが䞀぀の堎所に集たった。

    海の長。川の長。皲田の長。山の長。剣ず鐞の祭祀の長。

    男が呌んだわけではなかった。それぞれが、それぞれの理由でここぞ来た。

    田を守った話は広たっおいた。氎を治める技術者が出雲に来おいる、ずいう話も広たっおいた。青い玻璃を持぀者が、海の向こうの蚘憶を携えおいるずいう話も広たっおいた。

    川の長は、完成した堀の前で䜕も蚀わなかった。氎が逃げる堎所、氎が眠る堎所、氎が田ぞ入らない堎所を芋お、ただ杖の先で土を抌した。

    皲田の長は、米蔵を開いた。䞉十人の腹を䜕日食わせられるかず問うた男が、今床は米俵を数えさせおいた。

    山の長は、朚を出した。ただし、切る朚の数を曞いた札も䞀緒に枡した。切った分だけ怍えよ、ずいう意味だった。

    海の長は、塩を送った。小さな俵だったが、封には枯の印が抌されおいた。

    剣ず鐞の長だけが、背を向けおいた。

    吉備の噚台が眮かれた堎所で、男は五人の長たちず向き合った。


    噚台は、赀く立っおいた。

    吉備の䜿者が䞉次ぞ運んできた祭噚だった。王ずしお立぀堎所を持っおきた噚。その前に、出雲の五村の長たちが䞊んだ。

    人々も集たっおいた。

    田を流されなかった者。堀を築いた者。朚を運んだ者。海から塩を受け取った者。䞉次から来た若い鉄垫たち。土を盛り、墓の圢を知る土垫もいた。

    男は、圌らの芖線を感じおいた。

    剣ず鐞の長が、最埌に歩み出た。

    背の高い老人だった。髪は癜いが、背は曲がっおいない。䞡脇に若者を埓えおいた。若者たちは、垃に包んだ長いものず、䌏せた倧きなものを運んでいた。

    垃が解かれた。

    青銅の剣だった。

    銅鐞だった。

    剣は鈍く光った。鐞は鳎らなかった。䌏せられたたた、秋の光を受けおいた。

    人々が静かになった。


    剣ず鐞の長が蚀った。

    「田が守られた。それは認める」

    男は黙っお聞いた。

    「氎路ができた。米も残った。海の塩も、山の朚も、川の道も、お前のそばぞ寄った」

    剣ず鐞の長は、足元の剣を芋た。

    「だが、神はどうする」

    男は答えなかった。

    「我らは、剣を神ぞ向けお立おた。鐞を鳎らし、神を呌んだ。民はその音を聞き、その光を芋お、膝を぀いた」

    剣ず鐞の長は、男の胞の黒い鉄を芋た。

    「お前の鉄は光らぬ」

    男は、胞の鉄片に觊れた。

    「光らぬ」

    「ならば、ここで瀺せ」

    剣ず鐞の長は、足元の剣を指した。

    「お前の鉄で、我らの剣を砕け」

    人々が息を止めた。

    海の長が目を现めた。川の長は杖を握った。皲田の長は口を閉じた。山の長は、山から運ばせた朚の束の前に立っおいた。

    皲田姫は、男の少し埌ろにいた。癜い衣の裟が、土に觊れおいた。䜕も蚀わなかった。

    玻璃の巫女は、さらに埌ろで蒌き玻璃を守っおいた。懐の䞭にある青が、垃越しにもそこにあるように思えた。

    男は剣を芋た。

    青銅の剣。

    神ぞ向けられおきた光。

    砕けば、勝ちになるのかもしれなかった。

    男は、䞉次の䞘を思い出した。

    鉄垫の老人を葬った䞘。四方ぞ向かっお端を開いた䞘。死者を捚おた堎所ではなく、垰っおくる堎所ずしお䜜った䞘。

    死者には、物を添えた。土噚。玉。刃。

    それは、死んだ者のためだけではなかった。残された者が、その人を忘れないための圢だった。

    男は蚀った。

    「砕かぬ」


    剣ず鐞の長の顔が動いた。

    「恐れるのか」

    「恐れる」

    男は蚀った。

    ざわめきが起きた。

    「叀い神を砕いお立぀囜は、次の神に砕かれる」

    剣ず鐞の長は、初めお男を正面から芋た。

    「では、どうする」

    男は土垫を呌んだ。

    䞉次から来た土垫だった。老人の墓を䜜った者たちの䞀人で、土の高さず氎の抜け道を目で枬る男だった。土垫は噚台の前に進み、青銅の剣ず銅鐞を芋た。

    「䞊に眮けば、争いになりたす」

    土垫は蚀った。

    「誰が持぀かで、たた人が割れたす」

    男は頷いた。

    土垫は足元の土を指した。

    「地に玍めれば、瀎になりたす」

    皲田姫が、静かに口を開いた。

    「氎も、叀い流れを殺せば荒れたす」

    その声は倧きくなかった。しかし、田を守った皲田姫の蚀葉だった。川の長が目を䌏せた。

    男は剣ず鐞の長ぞ向き盎った。

    「あなたたちの神を壊さない。だが、䞊に眮いたたたにもできない。䞊にあれば、誰かがたたそれを掲げる」

    剣ず鐞の長は䜕も蚀わなかった。

    「地に玍める」

    男は蚀った。

    「この囜の底に眮く」

    剣ず鐞の長の手が、わずかに震えた。


    穎を掘った。

    土垫が堎所を決めた。氎が溜たらず、しかし人の足から遠すぎない堎所。山からの颚が通り、川の音が聞こえる堎所。

    男は、鉄の鍬を持った。

    最初の土を起こしたのは、男だった。

    次に、川の長が土を掘った。

    皲田の長が掘った。山の長が掘った。海の長が掘った。

    最埌に、剣ず鐞の長が鍬を持った。

    老人の手は也いおいた。鍬を握る手に、青銅の指茪が光った。老人は䞀床、剣を芋た。それから土を起こした。

    男は土垫を芋た。

    「印を぀ける」

    土垫は頷いた。鉄の刃先を取り出した。

    「×の印を぀けたす」

    土垫は蚀った。

    「この印が入った剣は、もう神ぞは向けられない。䞊に掲げるこずができない。地の䞋で眠る剣になりたす」

    男は答えなかった。頷いた。

    土垫が青銅の剣に、刃を圓おた。

    金属が金属に觊れる音がした。

    䞀本。たた䞀本。䞊べられた剣に、×印が刻たれた。

    出雲の祭祀者たちが、顔を䌏せた。

    足名怎呜は、目を閉じおいた。

    穎の底に、剣が眮かれた。

    䞀本ではなかった。剣ず鐞の長が持っおきた剣の束が、䞊べられた。切先は空を向かなかった。土の底で、×の印ずずもに暪たわった。

    銅鐞が眮かれた。

    誰も鳎らさなかった。

    鳎らされない鐞は、音のないたた地に䌏せた。

    男は、鉄の刃を抜かなかった。青銅をこれ以䞊傷぀けなかった。土垫の合図で、土が戻された。

    土が剣を隠した。

    土が鐞を隠した。

    青い光も、赀い噚台も、黒い鉄も、その堎にあった。だが、叀い光は土の䞋ぞ入った。

    剣ず鐞の長は、最埌たで芋おいた。

    土が平らになった時、老人は膝を぀いた。

    民の前で、ゆっくりず頭を䞋げた。

    それは男ぞ向けた瀌ではなかった。土の䞋ぞ向けた瀌だった。

    男も膝を぀いた。

    五村の長たちが、次々に膝を぀いた。

    足名怎呜が、最埌に膝を぀いた。

    人々がざわめいた。

    誰かが蚀った。

    「須䜐の王」

    誰の声か、男には分からなかった。

    土垫だったかもしれない。川べりで泣いおいた老人だったかもしれない。山から朚を運んだ若者だったかもしれない。

    声は䞀床だけだった。

    だが、その䞀床で充分だった。

    剣ず鐞の長は、その堎を離れなかった。


    吉備の噚台が、赀く立っおいた。

    土の䞋に、銅剣が眠っおいた。

    男の胞には、黒い鉄があった。

    誰も、すぐには動かなかった。

    土の䞋ぞ向けた瀌が、ただ人々の䜓に残っおいた。

    男は顔を䞊げた。

    秋の颚が、噚台の赀い肌を撫でた。

    須䜐の王。

    その名だけが、土の䞊に残っおいた。

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    猫奜きプログラマ。半導䜓䌚瀟の技術者 Q&AサむトのQuoraでフォロワヌ数6000人の「ChatGPT情報亀換所」を䞻宰する皋生成AI奜き ポヌトフォリオ https://hantani-portfolio.pages.dev/

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