
男は勝手に「父」にはならない|夫をいいパパにするための10のカリキュラム➂【番外編】
我が家で実践したパパ育カリキュラムが、思っていたより多くの方々に読んでいただけている。
(シリーズ合計で1900ビュー100スキ超えました。この番外編も現時点で4部ご購入いただいています。ありがとうございます。2026.8.20)
夫婦それぞれの性格や関係性、その時の仕事の状況や妊娠の経緯など、出産を取り巻くものは家庭によって様々だとは思う。
だが、男という生き物を放っておいて自然に父になるのを待ってみたら何年もかかった(もちろんその間に夫婦関係は超絶悪化)という友人を私は何人も見てきたので、これから出産を控えていたり、今まさに産後という状況で「夫婦で子育ての足並みを揃えたい」と感じている方のお役に少しでも立てたら嬉しい。
さて、今回は【番外編】。
私の意図しないところで、夫が父となるために大きく作用したと思われる出来事をいくつかお伝えしたい。
1.尊敬する先輩の言葉
一人目の出産当時、夫が仕事関係で良くしていただいていた先輩は10歳くらい年上の方が多く、ほとんどの方がすでにお子さんあり。
そこで夫は軽い気持ちで尋ねたらしい。
「今度うち子どもが産まれるんですけど、どうすか子どもって~」
その時に返ってきた答えで、夫の基本精神が固まったと言っても過言ではない。
「子どもは可愛いよ、当たり前。それより産後の恨みは一生だからね。今後何十年幸せにやっていきたいなら産後ちゃんとやれよ。」
これを夫が尊敬する先輩が言ってくれたというのがすごい。
同じことを親戚のおばちゃんが言ってもおそらく何の効き目もなかったと思う。
しかも何人かの先輩が同じようなことを言って下さったらしく、先人たちからありがたいお言葉をいただいた夫は「産後はとにかく妻のフォローをすべし。それが今後何十年のため。」と胸に刻んだようだった。
実際それは本当で、夫があの時期に全力で一緒に育児に参加してくれたからこそ、結婚11年目の今も我が家は超円満なのだと思う。
実は二人目を産んだ頃から夫の仕事の状況が変わってしまい、育児参加自体はかなり減っている。
下の娘の乳児期の世話はほぼ私が担当したし、ここ3年半に限って言えば子どもが起きている時間帯に帰ってきた日は数えるほどしかない。
いわゆる平日フルワンオペで、土日もいたりいなかったり。
今でこそ上の子は小学生、下の子も幼稚園へ通うようになったので多少の余裕が生まれたが、未就学児二人(しかもそのうち一人は自宅保育)を一人で世話していた2年間はまあまあきつかった。
それでも上の子の乳幼児期をあのように過ごしたことによる私から夫への信頼、
一度経験したからこそ本心から表現できる夫から私への労い、
当時から構築されているリレーション体制などによって、彼は我が家にとって「いいパパ」であり続けられているのだ。
産後の恨みは一生。
産後の努力も一生。今のところは。
2.母の賛辞と愚痴
【産前編】でも書いた通り、我が家は里帰りならぬ「里(母)が来る出産」をしたわけだが、これが単に子どもの世話や家事を代わってもらうに留まらない効果があった。
私の母が子どもを産み育てたのは、昭和50~60年代から平成初期のこと。
まだ一家族一馬力が多数派で、父親が育児に参加するという感覚は薄かった時代だ。
それゆえ、毎朝「いってくるね、my sweet son!」などと子どもに愛の言葉を残して家を出発したかと思えば、18時にはいそいそと帰宅して沐浴を担当したり、寝かしつけに奮闘して玉砕したり、妻である私を労ったりする夫の姿はもはや宇宙人のように見えたらしい。
驚きながらも「夫の鑑!」「パパが楽しいと家が明るくていいわねぇ」と素直に夫に賛辞を述べ、
そしてそれが「ほんとに時代は変わったわね。私の頃は…」
「お父さんなんて私が初めての育児に必死な時、何て言ったと思う?」
「あの人には情ってものがないのよ」と父への愚痴に。
40年近く前の話をまるで昨日の話かのように忌々しい顔で話す母を見て、まさに産後の恨みは一生だと夫は実感させられたようだった。
母よ、父よ、ありがとう。
あなたたちの忌まわしい育児経験が私と夫を救ってくれたよ。
3.子どもを心から可愛いと思えなかった私
この項目については書くかどうか迷った。
これを書いてしまうと、夫がいいパパに成り得たのはカリキュラムのおかげと言うより本人の素質が大きかったのでは?と思えてくる節もあるし、そもそも夫をカリキュラムで育てようと考えてる時点でたぶんちょっと人格疑われてるのに、自分の子を可愛く思えなかったなんて書いたら完全にヤバイやつ認定されそうだからだ。
だが、この「子どもを心から可愛いと思えなかった私」がいたからこそ「子どもを無条件に愛せる夫」が生まれたようにも思うので、シリーズ的に書かないわけにもいかない。
なので、この先は有料にしてみようと思う。(初めて!)
「子どもがいたらいたで楽しい」というふわふわしたことしか考えていなかった私たち夫婦が、ちゃんと「親」になれた時の話。
かつての私のように「子どもを心から可愛いと思えない」もしくは「生まれて来る子を心から可愛いと思えるか不安」と感じている方が読んだら、ちょっと心が楽になるかもしれません。
コンビニコーヒー1杯買った気持ちで、どうぞ読んで下さい。
出産した日の夜、我が子だと言われて手渡された見知らぬ赤ん坊が真っ暗な病室で寝息を立てているのを見ながら、私は「大変なことをしてしまった」と思った。
人を一人この世に産み出してしまったのだ。
この子が自力で生きていけるようになるまでの生育と保護の義務が私にある。この私に。
もう逃げられない。
ここから先20年に及ぶ奴隷生活の始まりだと思った。