
男は勝手に「父」にはならない|夫をいいパパにするための10のカリキュラム➁【産後編】
夫を自他共に認めるいいパパに育てた、我が家のパパ育カリキュラム【産後編】。
実は【産前編】を書いた後、夫に向けて「カリキュラムを組む」と言ってしまうと、正常な夫婦のコミュニケーションではないように受け取られるかもしれないなと思った。上から目線のような印象を与えるかも、と。
なので念のため、カリキュラムという言葉は元々夫がよく使っている言葉であり、実践していることであるとお伝えしたい。
例えば、アウトドアに馴染みがない友人と登山を楽しみたいと思った時、
「行けば楽しいから!」などといきなり山に連れていくのではなく、まずは山へドライブ→登山靴を一緒に選んでプレゼントする→軽いハイキングに行ってみる→といったように、相手の性格や状態を考えて、段階を踏みながら方法をとっていくやり方のことを指している。
「誰でもいいからとにかく誰かと山に行きたい」のではなく、「この人と登山を楽しみたい」が目的であることを忘れずに、ゴールに向かって着実に歩みを進めていくのがカリキュラム。
私たち夫婦の間では日常的に使っている言葉だ。
ちなみに、パパ育カリキュラムを組まれていたことに夫本人が気づいたのは息子が6歳になってからのことだった。
学生時代からの親友に子が産まれ、その夫婦が重ねている小さな揉め事の数々(とその原因となる妻側の言い分)を耳にして初めて、自分が私にうまく段階を踏まされていたことに気が付いたらしい。
カリキュラムと言っても本人が「押し付けられている」と感じてはいけない。
あくまでも自然に、全て自分自身の成長だと本人が思えるような働きかけであることが大事だと思ってやっていますので、悪しからずご容赦下さい。
では、産後編。
6.専任の仕事を一つだけ与える
子どもが産まれる前から家事は気付いた方がやる、という分担で問題なく回っていたので、育児タスクについても基本的にはそう考えていたが、何か一つは専任の仕事があった方がいいだろうと考えた。
一つのことを継続して担当すればその点において子どもの成長を感じやすく、責任感と当事者意識も増すだろうと思ったからだった。
そこで我が家では沐浴を夫の担当とした。
保育園の送り迎えでも料理でも、毎日やることであれば別に何でも良かったのだが、力のいる仕事であったことが理由といえば理由。
ここでのポイントは、専任の仕事をいくつも与えてしまわないことだと思う。
入院中に助産師さんにやり方を教えてもらった夫は、退院後初めて自宅でおそるおそる沐浴をした。
生後1ヶ月が経って普通のお風呂でOKと言われても、
「無理無理、まだ寒い時期だし!こんなちっちゃい子まだ沐浴でいいんだって!」とバケツのような小さなベビーバスで半年近くまで粘った。
大人と同じ浴槽に移動してからは、怯えて泣く息子の機嫌をとろうと、おもちゃで釣ったりおどけて歌を歌ったり。
少し大きくなると「おふろはいらないの」と逃げ回るようになった息子を、時には声を荒げたりなだめすかしたりして何とか毎日風呂まで連れていって、入ったと思ったら今度は「でたくないの」と言い張る息子を何とか引き上げて。
出張で家を空ける時などは私が担当することもあったが、息子が4歳、娘が1歳半になる頃までは基本的に毎日夫が息子を風呂に入れてくれた。
「あのおもちゃでしばらく釣れる!」
「顔に水がかかっても泣かなくなったんだよ」
「風呂で遊びながら保育園での話をしてくれるんだよなあ」
などと言いながら日々のお風呂タイムを楽しんでくれた夫。
専任の仕事を与えることで父と息子の絆を作る時間ができたし、毎日継続して息子の成長を見続けたことが夫を父にする一助になったことは間違いない。
そして私は一人ゆっくり湯に浸かり、来る夜勤(夜泣き対応)に備えて体力を復活させる権利を得ることに成功している。
7.状態、情報を細かく共有する
二人で育児をすると言っても、日中は外で仕事をしている夫と産休育休で家にいる私とでは、どう考えても子どもと一緒にいる時間が長いのは圧倒的に私だった。
このままでは子どもに対する理解度=対応できる育児タスクに差が生じてしまうと懸念した私は、とにかく夫の帰宅後はその日一日にあったことを共有することにした。
今日はこんな反応をした、今日はほぼ1日泣いていた、今日はこうしたら寝た、こういう遊びが好きなようだ、こうしたら笑った、こうしたら…
本当に些細なことも全て話した。
それは共に育児をするための情報共有であり、一日中言葉の通じない宇宙人(=乳児)としか一緒にいなかった私にとってのストレス発散でもあった。
それまでのカリキュラムが功を奏してもはや立派な父になりつつあった夫は、全ての話を愛おしそうに聞き、「今日も1日ありがとう」と毎日言ってくれたのだった。
夫が育児に対して、本来自分も担うべき仕事を私に任せているという感覚をちゃんと持っている。
この時点でこのカリキュラムはもうほぼ完了していたと言っていい。
8.夫のやることを否定しない
パートナーのいる女性であれば経験したことがあるだろう、男性の行動の「違う、それじゃない」問題。
我が家の夫は元々かなり気の利く人間だと思うし、7の通りほとんどの情報を共有していたが、それでも「違う、それじゃない」は度々起こった。
例えば、全く寝ない我が子をもう30分以上抱っこしたままうろうろしている私を横目に皿を洗い始めたり。
例えば、全く月齢に合わない服やおもちゃを突然買ってきたり。
いや、嬉しいよ。ありがたい。
でも違う、それじゃない。
皿を洗うより抱っこを代わって欲しいんだよなぁぁぁたまには私に子どもと関わらないことをさせてくれ。
その服いるか?それより今オムツがなくなりそうって知ってたぁぁぁ???
だが、私はなるべくそれらをグッと飲みこんだ。
だって相手は「男」だ。察せないのだ。
何より本人は全て良かれと思ってやっているのに、いきなり「違う」なんて言われたら誰でもやる気なくすでしょう。
なのでまずはその「良かれと思ったこと」に感謝を伝え、その後に真の要求を伝える。
「うわーありがとうお皿洗いめっちゃ助かる!…んだけど、今は抱っこ代わってくれた方が嬉しいかも〜(えーん的な顔。)」
こんな感じ。
【産前編】に何度か登場した件の友人に言わせれば「そんな演技みたいなことまでしてお膳立てしなきゃ出来ないって何?無能じゃん」だそうだ。
うーん、潔いほどその通り。
でもそれを本人に言ってはいけないのだ。真実は人を傷つけるから。
気持ちよく協力し合うことが目的で、相手を罵倒することが目的ではないから。
まあでも私も、ここまでしても夫がちゃんとした父になれないような無能だったらたぶん離婚したと思う。
だって必要ないもんなぁ、手しかかからない大人の男なんて。
9.半強制的に子どもと二人きりにする
子どもを産んだ友人たちがよく「子どもを夫一人に預けるのが怖い」と言っていた。特に乳児期。
それを理由に親友が二人、私の結婚式に来られなかったことは今でも忘れられない。
この言葉を聞くといつも私は「なんで?」と思う。
完母(完全母乳)だから難しい?
私もそうだったけど3時間以内なら可能だよね。計画的に搾乳しとけばもっと行けるはず。
子どもが泣いて可哀想だからできない?
それはわかる。だけど、一瞬の息をつく暇もないあなた自身は可哀想じゃないの?ほんとにそれでいい?
夫は外で働いてるのにさらに負担かけるのが申し訳ない?
いや、その子ども、その夫の子や。やれや。
子どものお世話やスケジュールを教えるのが面倒だからできない?
そう、だから日常から7(状態、情報を細かく共有する)が大事なんです。
外出したいってなってから1から教えるの大変だよ〜いくらか分かってくれてる相手がいない状況で子ども置いて外出しようって思えなくなるんだよ〜いろんなこと諦めて、不満が溜まっていく一方だよ〜
夫が目を離した隙に何があるか分からないから怖い?
目を離させないんだよ。この月齢or年齢の子どもから目を離したらどういうことが起こりうるかをよく言い聞かせて釘をさしまくっとくんだよ!
そもそも「夫に子どもを預ける」という表現にも違和感しかない。
預ける?夫は他人か。
間違っても丸投げにしてはいけない。
そんなことしたら子どもが死ぬから。
必要な物を揃えて、必要なことを教えて、あとは任せる。
任せてもらえたということが本人の自信に繋がるのだ。
こう書くと私がものすごく子どもに対して愛情が薄くて、夫任せに育児をしてきたように思われてしまうかもしれないので誤解のないように書いておくが、私は非常に一生懸命に育児してきた普通の母親だと思う。
夫がえらくいいパパのように書いているが(いや、まあ実際いいパパではあるんだけど)、一番夫が直接的に育児していたなと思える乳児期でも分担比率は7:3くらいだったろう。
子どもが産まれたその日から昼夜も自分の体調も問わず子どもに付き合ってきたのは私だし、子どもが泣いて嫌がる予防接種も卒乳も慣らし保育も全部私が担当した。
毎日食べさせて寝かせて、終わりのない「ママみて」「ママあそぼ」に付き合って、何度言っても片付けをしない子どもたちを怒鳴りつけた自己嫌悪で泣いたのも私だ。
二人が一斉に泣き出したカオスも、外出先でのうんち漏れも、子どもの熱性痙攣も骨折も対応したのはぜーんぶ私。
子どもの習い事、通う園、学校をリサーチして子どもに最善と思われるものを選んで送迎しているのも宿題を見ているのも全部全部、私。
夫なんて子どもの肌に合ったオムツを悩みながら試したこともなければ、泥だらけの子ども服を手洗いしたことも、サイズアウトした服の整理も、爪切りひとつしたこともない。
何をどう考えても私の方が子どもたちと一緒にいるし子どもたちに詳しい。
だが、それでも夫に「育児は母親のもの」と思わせたくない。
だって父親なんだよ。
女側も「難しい」じゃなくて、やらせるんだよ。
やらせないからいつまでも難しいままなんだよ。
「寝かしつけられない」じゃなくて、やるんだよ。
子どもが泣いても寝なくても、親ならそれに付き合うんだよ。
女側はそんなのいくらでもやってきたろ。
なんで父親にだけやらない選択肢与えてんだよ。
実際こんなこと言わないよ〜
ほんとに言ったら友達なくす~笑
けれど「halちゃんの旦那さんは協力的でいいね、羨ましい」などと友人に言われるたび、口では「ねーありがたいことにねぇ」などと言いながら心の中では、「ちゃんとカリキュラム組みましたからねー何もしなきゃできなかったですよあの人もー」と思ってはいる。
性格悪いでしょう?悪いんです。
そんなわけで我が家では、
・産後1ヶ月で歯医者(小1時間)
・産後2か月で美容院(2時間強)
・産後3か月でオタ活(搾乳準備の上で6時間)
と段階的に夫と子どもを半強制的に二人きりにし、その時間を徐々に長くして、その後「1時間でいいから何も気にせずに寝たい」と申し出ることで二人を外出させ、その時間もまた徐々に長くしていった。
そもそも産前から産後1ヶ月に至るまでで他カリキュラムがかなり済んでいるので、夫自身も特段難しいことはなかったと思うし、私も夫に子どもを任せることに何の不安もなかった。
普通の母親並みに「どうしてるかな、子は泣いてないかな」と気になることはあっても、心配だから早く帰るというようなこともなかったと思う。
その中で夫は子どもがだっこしてほしい時の泣きと眠くなった時の泣きが違うことに気付き、子どもが何で笑うかを研究し、自分だけが目撃したシーンを私の帰宅後に自慢げに語り、父として成長していったのだった。
10.「子どもが自分を好いている」と思いこませる
これは一種の洗脳かもしれないが、「子どもがあなたを好いている」ということを何度も伝えるのもかなり効果があったと思う。
新生児微笑でも偶然でも何でもいい。
とにかく夫といる時に笑ったらそれは全て夫に向けたものとする。
子どもが夫に向かって手を伸ばせば「パパがいいって」と大げさに言う。
夫の抱っこで子どもが泣き止むような奇跡があれば「すごい、泣き止んだじゃん!ヒューヒュー」などとのせまくる。
わざとらしいくらいでいい。
これを「白々しい」と感じるのが女で、「たまたまだろ」とか何とか言いながらも内心喜ぶのが男なのだ。
あんなに小さくて無力で愛おしい存在を最初から疎ましく感じるような人間は少ない。(もしそうなら子どもを作るべきではない。)
その目で成長を見て、実際に世話をして、その結果自分に懐いているという事実と自信が男を父にするのではないだろうか。
最後に
男は勝手に「父」にはならない。
全員がそうではないかもしれないが、多くはそうだと思う。
身ごもるのも女、産むのも女なのだから、男は育てるところから参加するしかない。
だが、子育てのスタートというのは母子間の距離が限りなく近く、男は気軽に介入しづらい。
(なんせ生まれてすぐの子どもは母親と自分の境界が分かっていないらしい。それぞれが別の人間だと子ども側が気づくのは生後6か月頃なんだって。すごいよね。)
だから女側に「男を育児に参加させる」「父になれるよう手を引いてやる」という意識が必要だと私は考えている。
女は男が父になる機会を与えてほしい。
そして男は、それに全力で応えてほしい。
だってせっかく出会って夫婦になって、せっかく子どもにも恵まれたんですよ。
どうせなら家族でもう少し楽しく、もう少し幸せに生きたいじゃん。
それには、当たり前に二人で子育てをするということが必要なのだ。
そのためのカリキュラム。
前後編お読みいただきありがとうございました。
読んでよかったなと思っていただけたら、スキを押して下さると嬉しいです!
追記:番外編も書きました。
カリキュラムは本編で完了ですが、私の意図しないところで夫に大きく作用した出来事を書いていますので、よろしければこちらも併せてどうぞ!