
書き続けた先にあった光|統合失調症を越えて見つけた「生きる意味」とは
暮島葉月
2026年4月16日 06:19
言葉を紡ぎ続けた4年という歳月の中で、ふと届いた一通のメッセージ。
それは、これまでの歩みをそっと照らし、「このまま進んでいい」と背中を押してくれる光のような出来事でした。
人はなぜ書くのか、なぜ生きるのか——苦しみと悲しみを乘り越えた私が、その問いに、静かに向き合った時間を綴ります。
心を揺さぶられた、一通のメッセージ
一昨日、とても嬉しくて、胸がいっぱいになる出来事がありました。
編集者の斎藤りゅう哉さんが、私のブログを読んでくださり、温かなメッセージを送ってくださったのです。
りゅう哉さんは、稲盛和夫さんの著書『生き方』
や、坂村真民さんの詩集『念ずれば花ひらく』
など、多くのベストセラーを手がけてこられたすごい方です
私自身、『生き方』には何度も心を動かされ、蛍光ペンで線を引きながら、三度は繰り返し読んだ大切な一冊です。そんな方が、自分の書いた文章を読んで下さった——それだけでも驚きなのに、さらに言葉まで届けてくださるなんて。
「暮島さんの記事には、覚悟が感じられます。また記事を楽しみにしております」
その一文を読んだ瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなりました。
朗読会から始まったご縁
りゅう哉さんが芦屋で開催された、坂村真民さんの詩の朗読会に、私が代表を務めるSafe Space ほっこりの副代表のやまさこさんと一緒に参加したことがきっかけでした。
その朗読会は、ただ「聴く」という体験を超え、心の奥深くを揺さぶられる時間でした。言葉がまるで生きているように胸に届き、終わったあともしばらく余韻が消えませんでした。
坂村親真民さんの詩も素晴らしく、心を揺さぶりましたが、りゅう哉さんが語られた、坂村真民さんの生き様や、詩にかけられた情熱。
また、りゅう哉さんが真民さんの詩集を出版したいと思われ、行動された熱意に胸を揺さぶられたのです。
その感動をそのままブログに綴り、「ご迷惑かもしれない」と思いながらも、思い切ってりゅう哉さんにお送りしました。
心が震えた一日|坂村真民の詩朗読会で感じた「生きる力」|暮島葉月
その後も何本か記事を読んでいただく機会があり、そして今回のメッセージへとつながったのです。
書き続けてきた4年間
ブログを書き始めて、4年になります。
本を出版したいという夢を持っていた私に、ベストセラーの『ゼロ秒思考』の著者の赤羽雄二さんが「まずはブログを書き続けてみては?」と勧めてくださいました。
そこから始まった日々。
決して楽なものではありませんでした。
パソコンの前に座り、自分の内側と向き合いながら、言葉を一つひとつ紡いでいく。時には自分の弱さや痛みに触れながらの作業は、魂を削るかのような気がする時もあります。それでも書くことをやめませんでした。
「いのちを削るように」と言うと大げさかもしれませんが、それほど真剣に書くということに向き合ってきた時間だったと思います。
その積み重ねと込めた思いを、稲盛和夫さんの『生き方』や坂村真民さんの『念ずれば花ひらく』の編集者である斎藤りゅう哉さんが受け取ってくださいました。
読んで下さるだけでもありがたいのに、
「葉月さんのブログには覚悟が感じられます」
という言葉を下さったのです。なんか感動してしまいました。
「危機の中でこそ、生まれるもの」
りゅう哉さんは、以前書いた、「日本がアヴァンギャルド KYOTO 1948-1970」展についてのブログも読んで下さいました。
「日本画アヴァンギャルドKYOTO 1948–1970」を観て|暮島葉月
このブログで私は、戦後すぐの物が潤沢でない時代に、
「日本画の伝統を打ち破ろう」という情熱を持ち、ムーヴメントを起こした、若き日の画家たちの姿に感動したことを書きました。
りゅう哉さんは、
「危機の中でこそ、物が作れる、というのはほんと身に沁みました」
という感想をくださいました。
この言葉は、私の心にも深く響きました。
坂村真民さんは、午前0時に起き、祈りを捧げ、夜明け前に自然の中で心身を整え、詩作に向き合う生活を何十年も続けてこられました。
時代の転換期に生きた画家たちもまた、伝統を打ち破ろうとする「危機」の中で、自らを追い込みながら新しい表現を生み出してきました。
危機の中に身を置くこと。
それは決して楽なことではありません。
けれど、その中でこそ、本当に大切なものが見えてくる。本当に価値のある物が生みだされる。そこには強い信念と覚悟が必要です。
私が書き続ける理由
私がブログを書き続けているのにも、明確な理由があります。
それは、「人の心に灯りをともすような言葉を届けたい」という想いです。
かつて私は、統合失調症を患い、仕事を失い、離婚し、最愛の息子たちとも離れて暮らすことになりました。すべてを失ったような感覚の中で、深い絶望に沈み、自殺未遂にまで至ったこともあります。
自暴自棄になって、ギャンブル依存になったこともあります。
あの頃の私は、「生きているけれど、死んでいる」ような日々を過ごしていました。
それでも、ほんのわずかな希望を頼りに、一歩ずつ歩みを止めずに進み続けました。
そして気づけば、闇を抜け出していたのです。
光へとつながる今
今の私には、「Safe Space ほっこり」という大切な活動があります。
やまさこさんをはじめとする仲間たちと、「心の安全基地」をつくるこの活動は、私のライフワークとなりました。大変なこともありますが、それ以上に喜びと温かさに満ちた日々を過ごしています。
気づけば、素敵なご縁が次々とつながり、
「なんか幸せやわ」
と口にすることが増えました。
すると不思議なほどまたいい事が起こって。幸せの連鎖というか好循環が起きてきました。
今、私はとても幸せです。
ありがたいことにブログの読者も増え、1000人以上の方がフォローしてくださっています。
すべてが、あの暗闇を抜けた先にあった光でした。
一心に生きるということ
坂村真民さんの詩に、こんな一節があります。
「一心」
限りある命だから
蝉もこおろぎも
一心に
鳴いているのだ
花たちも
あんなに
一心に
咲いているのだ
わたしも
一心に
生きねばならぬ
この詩を読むたびに、「一心に生きる」とはどういうことかを考えます。
それはきっと、誰かと比べることでも、うまくやろうとすることでもなく、自分の命をまっすぐに使うこと。
苦しくても、辛くても、それでも生きることを選び続けることなのではないでしょうか?
その姿は、きっとどこか清々しく、美しいものなのだと思います。
光に向かって
真民さんは、「一寸先は光」とおっしゃっています。
どんなに暗い闇の中にいても、その先には必ず光がある。
だからこそ、私たちは歩みを止めずに、生きていくしかないのです。
生きて生きて、生きて生きて生き抜いていくしかないのです。
最後に
書き続けてきた4年間。
一心に書き続けてきた4年間。
苦しさも、迷いも、すべてがあって今の私があります。
そしてそんな私の歩みを、誰かが受け取ってくれている。
それがこんなにも嬉しく、こんなにも力になるのだと、改めて感じました。
これからも、
一心に。
光に向かって、言葉を紡ぎ続けていきたいと思います。
そして、生きて生きて、生き抜いていこうと思います。
最後まで読んで下さって、ありがとうございました。