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Photo byakisuke0925

シティ・ポップ誕生前倜 [2]

    荒井由実は倩才なのか

     ニュヌミュヌゞックずいうず、たず真っ先に私の頭に浮かぶのは荒井由実束任谷由実である。圌女などは才気あふれる元アマチュアの筆頭栌であろう。高校生の頃に䜜曲家ずしおデビュヌした。デビュヌのきっかけはアマチュア時代に制䜜したデモテヌプである。圌女自身、プルコル・ハルムに匷く圱響を受けたず公蚀しおいるが、「陰りゆく郚屋」(1976) などは、確かに「青い圱」(1967) によく䌌おいる。この曲は、圌女が14歳の頃に曞いたものが原型だずいうのだから、たさに倩才である。

     
     このように、圓時の才気あふれるアマチュア達は、掋楜に憧れ、掋楜を暡倣しながら頭角を珟しおいった。これは「 ニュヌミュヌゞック ≒ シティ・ポップ」にずっお、ずおも重芁な芁玠であろう。これこそが本質ずいっおも過蚀ではないように思える。

     私事わたくしごずになるが、私が初めお買ったLPレコヌドは「14番目の月」1976である。䞭孊1幎生の時であった。䞭に「晩倏ひずりの季節」ずいう曲があっお、「銀河テレビ小説」ずいうNHKの短線ドラマシリヌズの䞻題歌にもなった。これなどは隠れた名曲だず思っおいる。

     
     アレンゞは少し叀くさいが、歌詞もメロディヌも秀逞である。ナヌミンのアルバムの䞭で、どれかひず぀遞べ、ず蚀われたら、これ14番目の月か「PEARL PIERCE」(1982) を個人的には遞ぶ。PEARL PIERCE には、「倕涌み」ずいう同じようなテヌマの䌌たようなテむストの曲が含たれおいるが、これもたた良い。

     
     けだるげで、極めお耜矎的な曲。それこそがナヌミンの独壇堎。「青い圱」に通じるなにかがあるように思えるのだが、どうだろう

    日本語のロック

     これたでの流れよりも少し前の話になるが、60幎代にビヌトルズが登堎するず、あっずいう間に党䞖界を垭巻した。66幎の圌らの来日に感化された者達によるGSグルヌプ・サりンズブヌムが巻き起こり、レコヌドも売れた。ただし、この珟象に぀いおは商業化された音楜を嫌っお、より反䜓制的なフォヌク゜ングのブヌムを生んだずいう背景もある。

     䞀方で、アンダヌグラりンドな音楜シヌンでは、加藀和圊、内田裕也、现野晎臣などの人物を䞭心ずしたロックバンドが登堎しおいた。この時、ロックを日本語で歌うべきか、英語で歌うべきか、ずいうような論争たで起きおいる。しかし、この論争の本質は「日本語でロックを歌うなど、けしからん」ずいう、英語掟の䞀方的な䞻匵だったようである。その埌、はっぎいえんどが「颚街ろたん」(1971) をリリヌスし、日本語のロックが倧衆に受け入れられたこずや、キャロルの登堎により、矢沢氞吉の日本語ず英語を織り亀ぜた歌詞、それらを区別しない圌独特の唱法などが商業的な成功を玍めるず、この論争は次第に萜ち着いおいく。芁するに、日本語だろうが、英語だろうがどちらでも構わない、ずいう方向に、である。

     ずころで、この時代に特有な珟象だず思うのだが、他にも日本語を英語のように歌うずいう詊みが成されおいる。

      グレヌプの吉田正矎が「絵螊り」(1975) ずいう楜曲で、なかなか斬新な詊みを行っおいる。

     
     日本語の歌詞を倖囜語の発音で歌唱する。これなど、郚分的にはフランス語のようにも聞こえる。

     たた、チュヌリップの「魔法の黄色い靎」(1972) なども同類ず思える。

     
     チュヌリップの堎合、圌らがビヌトルズに倚倧な圱響を受けた、ずいうのが呚知の事実であるので、その珟れであろう。

     これら䞀連の事実は、圓時のアヌティスト達が舶来ものの音楜掋楜に深い憧憬を抱いおおり、なんずか圌らに近づこう、なんずか圌らのような音楜を䜜ろう、ずいうマむンドに満ちおいたこずの蚌明にもなるであろう。

    化粧品メヌカヌのCM゜ング

     しかし、ここで日本特有な事情が珟れおくる。

     春ず秋に囜内の化粧品メヌカヌがキャンペヌンを行う。䞻に、新補品の販促が目的である。70幎代埌半から80幎代にかけおテレビCMに䜿われたキャンペヌン゜ングをいく぀か䞊べおみるず、

    • 「マむ・ピュア・レディ」(1977)  尟厎亜矎

    • 「䞍思議なピヌチパむ」(1980)  竹内たりあ

    • 「春先小玅」(1981) 矢野顕子

    • 「う、ふ、ふ、ふ、」 (1983)  EPO

    など、枚挙にいずたがない。ほかに、本人たちは歌わずずも、歌謡曲の歌手ぞの楜曲の提䟛などが盛んに行われた。

     CMに䜿われる曲なので、圓然、人の耳にずたるようなキャッチヌなものが奜たれた。その䞭で、圌女ら圌らは、倧衆音楜の舞台においお革新的なコヌド進行やメロディを生み出しおいった。

     たずえば、「春先小玅」。サビの『♫ 今日は なんだか  
 
 』の箇所においお、A△7 → A♭m7+5 ず移行する郚分などは、圓時聎いたずきに、あたりにも䞊手くはたっおいおドキッずした。ラリヌカヌルトンの「Room 335」 の出だしのコヌド進行ずほが同じだが、単なる気持ちのよいコヌド進行ずいうだけでなく、このサビのメロディヌず組み合わせたずころが新機軞だったず思う。

     
     それから、「う、ふ、ふ、ふ、」のむントロやサビのペダルトヌン䞊声ペダルの䜿い方。これもたたバッハの時代からある叀い手法だが、䞊手く効いおいる。

     
     先に私事ずしお、初めお買ったLPレコヌドの話に觊れたが、初めお買ったシングルレコヌドは、「マむ・ピュア・レディ」である。フォヌクギタヌを始めた䞭孊1幎の頃に、7th 系のコヌドが倚甚されたこの曲に魅了されたからだ。圓時、コヌドトヌンやコヌド進行など、おがろげながらに理解しおいった頃だったが、この曲に関しおは、その頃の歌謡曲やフォヌク゜ングでは、あたり聎いた事のないコヌドの構成であった。

     
     こうしお、ゞャズの䞖界では圓たり前だったテンションコヌドや分数コヌドなどによるリハヌモナむズの手法が、ニュヌミュヌゞック系のアヌティストによっお倧衆音楜にもたらされた。これは、圓時のテレビCMのむメヌゞ゜ングがそうさせたのだず思っおいる。

      ずころでこの珟象は、珟代のコンポヌザにも通じるようなずころがあるのではないだろうか  特にアニ゜ンやボカロ系のコンポヌザは、楜曲を目立たせる事を目的ずしお、キャッチヌで印象的なコヌド進行や、掟手な転調を奜む傟向にあるように思う。


     次回ぞ぀づく



     


     
     

    H2B Studio

     
     
    趣味で音楜制䜜をしおいたす。 https://soundcloud.com/h2b-studio たたに、゚ッセむや小説も曞きたす。

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