
第二話 問い続ける ― 前世の記憶が、今の私を祈りへと導いた
- 割引あり
大阪のカフェ・ローデストンさんで前世を観てもらった。
三代前は江戸時代の農家の奥さん。
そして二代前は、188年前のインドで生きた修行僧だったという。
農家の奥さんの話を聞いたときほどの衝撃はなく、「なるほど」という感覚だったが、不思議とその言葉が心に残った。
修行僧。
なぜだろう…
思い返してみると、私は昔から「祈り」や「修行」という言葉に、どこか惹かれていた。
50歳前後、山岳信仰に興味を持ったことがある。富士山にどうしても登りたくて、登山を始めた。御嶽山、立山、猿投山…
有名な山より、信仰の山が多かった。
登山がそんなに好きだったわけではなく、むしろ苦しかった。
足は痛いし、息は切れるし、何度も「もう帰りたい」と思った。
今思うと、私が惹かれていたのは山頂そのものではなかったのだと思う。
頂上に着いたときの達成感は最高だけど、本当に好きだったのは、その過程だったのかもしれない。
息が上がる坂道、あと何歩進めるだろうと、自分に問いかける時間。誰とも話さず、ただ一歩ずつ前へ進む時間。
山では誤魔化しが効かない。
苦しいものは苦しいし、疲れるものは疲れる。
だからこそ、自分の本当の声が聞こえてくる。
できると思っていたことができなかったり、もう無理だと思ったところから、もう一歩踏み出せたりする。
私は知らず知らずのうちに、山を登りながら自分自身と対話していたのだと思う。
友人から、「宗教の山ばかり登って、修行しているみたいだね」と言われたことがある。
当時は笑っていたけれど、今思えば的を射ていたのかもしれない。
役行者にも不思議と惹かれた。
山の途中で祠を見つけると、自然と手を合わせていた。
お願いごとをするわけではなく、私がいつも心の中で唱えていたのは、「ここに導いてくれてありがとうございます」「素晴らしい時間を与えてくれてありがとうございます」という感謝の言葉だった。
何かを求める祈りではなく、今ここにいることへの感謝。
山を歩き、風を感じ、生きていることへの感謝。それは誰に教わったわけでもなく、ずっと昔から知っていた祈りの形のような気がしている。
40歳を前にした頃に、突然坐禅がしたくなった。子どもを母に預け、坐禅体験に出かけた。
誰かに勧められたわけでもなく、ただ、どうしても行きたかった。
最近は山へ行くことは少なくなったが、その代わり瞑想をするようになった。
神社で祈る時間も増えた。
仏像を見るのも好きだ。
美しい仏像の前に立つと、不思議な感覚になる。
形を見ているのではなく、その奥にある静けさを感じている。
心の目で見ているような感覚。
こうして振り返ると、私の人生にはずっと「祈り」が流れていた。
だからローデストンで聞いた修行僧の話は、妙にしっくりきたのかもしれない。
もし本当にその人生があったのだとしたら。
私はかつて家族も財産も社会的な立場も手放し、自分の内側を見つめ続ける人生を送っていたことになる。
答えを求めるのではなく、問いを抱え続ける人生。
目に見える成功ではなく、目に見えない真理を探す人生。
そう考えると、不思議なくらい今の私につながっている。
私は昔から、説明できないことに惹かれてきた。
超能力、気功、言霊、エネルギー、波動測定器…
偶然とは思えない出来事。
人によっては不思議な世界に見えるかもしれないけど、私にとっては、どれも同じ場所につながっている。
「人は何のために生きているのだろう」
「命とは何だろう」
「私たちはどこから来て、どこへ向かうのだろう」
そんな問いだ。
タイムウェイバーで、私の本質として示されたのは、多羅菩薩(ターラ)のマントラだった。
ターラは慈悲の女神。
苦しむ人の声を聞き、必要なときに手を差し伸べる存在。
救済者でありながら、決して支配せず、ただ静かに寄り添う。
その姿は、どこか修行僧の人生とも重なる。
真理を探しながらも、人を見捨てない。
自分のためだけに悟るのではなく、誰かの苦しみに心を向ける。
私が人の相談に乗ることが好きなのも。
誰かの可能性を応援したくなるのも。
きっと根っこは同じなのだろう。
ここから先は、前世の修行僧の物語と、今の私の生き方がどのようにつながっているのか。
そして、長い間「教えること」が苦手だった私が、ようやく気づいたことについて書いてみたいと思います。