
恋わからん私が、キクラゲで結婚した話(前編)
愛という言葉を考える時、駅の改札で誰かを見送るシーンを思い出す。
「じゃあね」と挨拶を交わしたら、やること終了。すぐ家に帰っていい。
でも、相手の姿が見えなくなるまで、見送ってしまう。
相手が振り返らなくても、見送る。
振り返った時、私がまだいることに気づいたら、相手が嬉しいってわかるから。
そうしている私という人間が、何かよいものになれたような気がするから。
愛とは、
「やらなくてもいいことを、勝手にやってしまうこと」
なのではないか?
見返りや理由なく、動いてしまうこと。
対象は恋人、友人、家族……大切に思う人なら誰でもいい。
私は恋がわからない。
片思いしたことなくて、仲良くなってアプローチされてもうまく続いていく想像ができなくて、全部断った。
でも、こういう愛ならわかる気がする。
これから、のちに夫となる人と、
短歌とキクラゲと絵本で結婚した話をします。

時は遡ること2005年。
高校生の私は短歌を投稿するブログに、なぜか絵を出しまくっていた。
もともと言葉は好きで、県立図書館で本を借りて、その裏の河原に座り、日没で字が読めなくなるまでダラダラ一人で過ごすような人間だ。
自分でみつけた心地いい場所に、一人でいるのは寂しくない。思いつきで全部やれるのが嬉しいから。岡山県民大好きな三珍の豚まんを食べつつ、風に吹かれてぼんやりする。そのついでに短歌や絵のアイデアを考える。

事故により高次脳機能障害が残った父がいるので、帰宅すると自然とケアする側の人間になる。発作が起こると母が父の対応をし、私は救急車を呼ぶ係だった。最初はビクビクしたけど、3回もやればそれにも慣れて「家の前の坂より、大きい道に停めてから来てください」なんて事前に言えるようになる。
こんなことも日常になるのだなあ。
リアルタイムは大変だけど、ひと段落して冷静に状況を考えると不思議なおかしみがある。ダンボール縛るのが得意、火おこしが得意、みたいななにげない特技に「救急車呼ぶのが得意」が並ぶことあるんだって。
だからこの状況が不幸だとは一度も思わなかった。障害が残ったとしても父自身は素直な人だから。ただ、自分の思うようにいかなさを彼のせいにはしたくなくて、やりたいことは勝手にやろうとおもった。
健全な逃避とはなんだろう?
●
というわけで、河原で座る場所を見定めるようにインターネットで私の居場所を探したら、「短歌投稿ブログに絵を出す」になったのである。
本屋さんで枡野浩一のかんたん短歌blog傑作選『かなしーおもちゃ』に出会って、短歌以外にも絵が投稿できると知り、気づけば絵の人になっていた。


最初に出した物理のテスト裏に描いた絵が採用されて、それからどんどん絵を投稿。毎月のお題に対して、お題そのものではない、でも言われたらわかる距離感の絵を考えるのが楽しかった。例えば「正しい」というお題で描いたものがこちら。




私は絵を描くことじゃなく、考えることが好きなんだと投稿していくうちに気づいていく。考えがかたちになれば、絵でも短歌でもなんでもいい。
そしてコメントを通じて素敵な短歌をつくる方々と仲良くなった。
その中に辻一郎といういい日記を書く人がいたのである。
以下に彼の日記を引用したい。
【2005年12月02日】
本を読んだり遠足に行ったあとで
作文用紙を埋めるということの必然性がわからず、「面白かった」「楽しかった」だけでは何でダメなのと毎度思っていた。必死でマス目を埋める訳だが、しかし一向に半分も進まず、砂漠に立ってるような気分になるんである。それ以来、自分は文章は書けない種類のヒトなのかと。
そんなに体力がある訳じゃないんだが、自分は体育会系だと思い込もうとしていた。
思い返せば中学校の時にいちばん親しかったのは演劇部のヒト達だった。途中でやめた大学でわりと仲の良かった(だけだけど)女の子は文芸部だった。
そういうのを横目で見つつも、自分はそーゆー軟弱なことはしないもんね、というスタンスであった。イイ人たちだがオレには良くわからんことをやってる人たち。
本を読むのは好きだったが、基本的に自分がアウトプットすることはないのだろうと思っていたので、やぶれかぶれで短歌を投稿して今の状況というのは、ちょっと不思議なことである。
【2005年06月15日】
病理学教室というところで丁稚奉公みたいなことをしている。
今日はうっかり寝坊して昼頃出かけてみると「スギヒラタケ!スギヒラタケ!」という声が飛びかっている。
なんでも午前中にスギヒラタケ脳症(という言葉はまだないが)で亡くなった方の病理解剖が入ったそうだ。脳症を起こすメカニズムは全然解明されていないので、神経内科やら毒物学が専門の先生やらが集まってなかなか大変だったらしい。
しかしそういう時に限って寝坊する訳である。
【2006年05月12日】
上司を見て、しかし良く働くねえと思うこの頃である。
上司が夜中に呼ばれると僕もオプションとして呼ばれる。
夜中にPHSが鳴って慌てて家を出るときなど、まるで医者みたいだと思う。医者だけど。
しかし着いた病院で何をするかと言えば、緊急で内視鏡検査を受けている患者さんが急に動かないように手を当てているだけだったりする。良く言えば「手当て」であるが、猫の手でもいい気もする。
父が内科医なので、夜中に黒電話がジリリと鳴って父が出かける、というのがわりと原風景である。
そういうエマージェンシー!も時たまあるものの、日常の仕事というのはかなりの部分、村上春樹が言うところの「雪かき」のようなものであるらしい。あんまり代わり映えのしないサマリー書きとか。胃薬を出すとか。
仕事がない状態が実は一番望ましい職業である。
とかありがちな落ちで恐縮ですが、眠いので寝ます。おやすみなさい。
こんな日記を書く人。
当時秋田に住んでいて、研修医をしていた。その辻さんとも仲良くなり、mixiというSNSでお互いの日記を読み合うようになる。
私が大学生になると、投稿していた短歌ブログが終了。そのブログありがとうパーティーで初めてお会いした。
会場のある東京は建物の密度がぎゅっとして白くて、エノキダケみたいだった。下宿先の大阪は同じ大都市でもブナシメジだな……なんて思いながら、窓から見える渋谷の街を眺める。
2次会会場へ移動中、目に入った街路樹をみて
「桜の木ですね」
と、辻さんにむかって話した。
「え?これ桜なんですか?」
「ほら、樹皮が途切れたしましま模様。葉っぱも桜餅のやつじゃないですか」
「言われてみたらそうかも」
「ということは、ここ全部、春には桜並木になるんですねえ」
そんな話を淡々とやった。
年下の女の子に対して、知らないことをそのまま知らないと言えるノリ。無知である振る舞いを求められないのがすごく楽だった。言語化は難しいけど、ずっと話せるなにかがあるとうっすら思った。
●
そして10数名の短歌投稿者一行は深夜の公園で花火をする。
小高い丘から、東京が見下ろせる場所。短歌という共通点だけで、いろんな場所からここに集まって、手持ち花火をキラキラさせている。
置き型花火に火がついて、もっとキラキラが噴出する。歓声を上げながら、その熱を感じる。年齢も仕事もバラバラなのに、今は全員、花火の光だけ追いかけている。
映画みたいに美しかった。
どこからどうみても、青春なんだもん。
短歌に出会えてよかった。

こうして短歌な人たちともっと仲良くなることができた。
つくるものが好きな人とワイワイするのは心に優しい。ちゃんとリスペクトできるってことだから。
パーティー終わりの始発の新幹線で、歌人の志井一さんとふたり寝過ごし防止に色々話す。その中で私が
「なんか、辻さんにはまた会えるような気がするんですよねー」と呟く。
今思えば「あの心地のよさがなんだったのか」気になったのだろう。好意というよりその理由を知りたい感覚。
でも当時はそこまで考えておらず、おもしろい人ですよねーと語り合うにとどまった。

短歌投稿ブログが終わっても出会った人たちとの交流はネット上で続き、ある時、辻さんと「キクラゲいいですよね!」と盛り上がった。好きな食べ物として私がキクラゲをあげたら、彼が反応してくれたのだ。
友人数名もいいよねとなり、
キクラゲの会というコミュニティを私が立ち上げた。

キクラゲを漢字で書くと「木耳」。
えっ、耳?!と思いながら画像検索すると
木からキノコが耳みたいに生えている。

コミュニティをつくるにあたり、アイコンが必要だったのでそれをみて、私は1分でキャラクターを描いた。本当に耳だなあと思ったから。
そうしたら、辻さんがこんな文章を書いてくれた。
【キクラギスト宣言】
ここに一杯のラーメンがあるとしよう。
さまざまな具がある訳だが、あなたは自分をどの具と同一化できるだろうか。
チャーシューのようなスター性、
玉子のような存在感、
ナルトのような華やかさ、
ネギのようなヘルシーさ、
そのどれか一つでも自分にはしっかりある、と胸を張って言えるだろうか。
あるいは、
麺のように地味ながらも大部分のカロリーを担っている、とか、
スープのように母性的な包容力がある、とか。
複雑化した社会の中で自分の立ち位置を定めること、
それと同様の難しさがそこにはあるのではないか。
昼下がりのラーメン屋で、思わず途方に暮れてしまう。
わたしは実際、この世界で何かをつかむことができるのだろうか。
……心なしか今日のラーメンはしょっぱい。
その時だ。妙な食感を感じるのは。
歯ごたえはある、ような気がする。でもそれほど長くは保たれていないようだ。
味は……あまりないと思う。
それはもちろん、キクラゲだ。
ああ。と思う。
キクラゲの位置になら、もしかしたら立てるかもしれない。
たしかに味もカロリーもほとんどない。
個性のはっきりした具材のなかにあって、
どうしようもなくふにゃふにゃで、ゆるい存在。
けれども、いちどキクラゲ入りのラーメンを食べると
キクラゲなしのラーメンというのは何か物足りないのだ。
少し変わった歯ごたえ、それなら、自分にも目指せるのではないか。
ふにゃふにゃでゆるいまま、何かになったっていいんではないか。
そうだ、キクラゲを目指そう。
正々堂々、かどうかは時と場合によるが、キクラギストであることをここに宣言する。
2007年元旦
素晴らしい!
感動して、私もキクラゲの会会員証をつくったりした。

友人以外の参加者も増えてきて、その方々にも手作りの会員証を郵送、お礼にキクラゲくんの手作りフェルトマスコットを送ってもらったり。
よくわからないけど、謎のコミュニティの会長になれて楽しかった。

この頃、大阪の建築学生だった私は、教授から
「後藤は東京に行った方がいいよ」
と言われる機会が何度かあった。大学院や就職で東京に行けと。
そしてmixi日記に書いた。
ここからさらに都会に転がり出る意味はあるのかと。
だから、実際に東京に行ってどんなものなのか確かめたい。2〜3日滞在しているので、私のお相手してください。合間に東京の建築をみまくります!!!
このようなお知らせを出し、年3回ほどのペースで上京したのである。
そして帰ったらレポートを書いた。ちゃんとみてきたこととして。一人っ子で一人大好き人間だけど、年齢仕事関係なく楽しい友達が増えるのは嬉しい。
そして月日は流れ、2008年。
研修医を終えた辻さんが秋田から東京に引っ越した。
その間に私はイラストレーターデビューした。
高校生の時に投稿していた絵が褒められて、仕事を依頼されたのである。

夏のある日、東京行きますと私がまた呼びかける。
「キクラゲの会」会員たちが集うことになり、辻さんがお店を予約してくれた。2年ぶりの再会。日記を読んでるから、久々に会う感覚が全然なくて不思議だった。
「キクラゲの会をつくってくれてありがとう」と辻さんに言われる。「キクラギスト宣言、素晴らしかったです」と私も返す。辻さんは旭川のまだカウンターしかなかった「山頭火」のラーメンを中学生の時に食べ、キクラゲに目覚めたらしい。私は明確なキクラゲとの出会いを覚えていないから、なんだか羨ましかった。
キクラゲ以外にも、短歌や私が最近屋上写真を撮っていることを話しつつ、夜も深まりお開きに。

辻さんと二人で歩く。雨がゆっくり降り出して、折り畳み傘を広げる。
水たまりに街の光が反射して、東京の明るい夜が、もっと明るくなる。
そういえば2年前、一緒に葉っぱしかない桜を見たなあ……。あの楽さをまた思い出す。
だから別れのタイミングでつい
「辻さんとまだ話したいですね」
と言ってしまった。
本当にそのままの意味で。いつまでも喋れそうだねって。
そうしたら辻さんが
「僕が住んでるところの屋上行きます?」
と誘ってくれた。
話し続けられることが嬉しくてOKしてしまう。
まだこの夜が続く!
"屋上は機能がないから好き"というオタク語りをして、辻さんが神宮の花火大会があるときは、屋上に100人くらいがひしめくんですよと教えてくれる。それはいい景色なんだろうなとおもいつつ、さすがの私も
「あれ……屋上とはいえ、男性の住むところに一人で行く意味もある??? いや、複数人で男の子の部屋に行くのは何度かあるけど……??? でもこういうときは???」
とぐるぐる考えていたら、到着してしまった。古い鉄筋コンクリート造の、マンションというよりビルみたいな建物。
「最近の建物は全然屋上つくらないから、嬉しいなあ」と平生を装いつつ、エレベーター最上階のボタンを押して、非常階段を上って屋上に出る。

でも、さっきから降っていた雨がどんどん強くなって土砂降りになり、そこらじゅうが水浸しだった。遠くで雷もゴロゴロいっている。
「あはは、すごい雨だ。このわずかな屋根があるところにしかいられないですね」
そう言いかけたとき、
辻さんが後ろから抱きしめてくれた。
「これでいいですか?」って
!!!!!
なんだってー!!!
そうだよゴトー!!
「辻さんとまだ話したいですね」はそういう意味になるんだよ!!!
あああ!!!
ごめんなさいの気持ちで
「それはちょっと」とハグを解いてもらう。
あああ、どうしよう。
辻さんと喋りたい気持ちは本当。
でも、それが今の辻さんが求める形に近いのかはわからない。
多分違う。
外の雨がもっと強くなって、ここにはいられなくなってきた。
二人とも屋根の下なのにびしょびしょだ。
見かねた辻さんが
「一回、僕の部屋で体ふきますか」と言ってくれる。
あ、えと、やましいやつじゃなくてと。
そして、辻さんの部屋の外で少し待つ……けど
「片付けがんばってみましたが、数分でどうにかなるレベルじゃないなって思いました」と中に入れてくれた。
そしたら、
笑っちゃうくらい汚い部屋だったのである。
どこで寝てるのかわかんない、足の踏み場がない部屋。私も一人暮らししてるから、その気持ちはわかる。ぼんやりしてるとこうなるよねって。
よく部屋に入れてくれたなあ。私なら恥ずかしくて無理だ。
そして救われたとも思った。
この先に進むことを断っても、お互い納得できる理由があるから。
ふと、壁の奥に目をやると本棚がいくつかある。
雨に濡れた髪の毛のしずくを、本に垂らさないように、慎重に近づく。床に座り込んで、ゆっくり本の背をみていく。
「うわー!! すごい、この本棚すごいです」
つい声がでてしまう。
辻さんからタオルを受け取って、それを握りしめながら続ける。
「えっとですね……、私の本棚って、誰かに見られること前提で組んじゃうんですよ。この本とこの本をあえて隣り合わせることのオシャレさとか、飛躍とか、そういう小賢しいことを考えてしまうんです。もちろんその見せ方の良さもあるけど、後ろにドヤ顔が透けるんですね。でも、辻さんの本棚はちがう。読んで、何も考えずにそのままに置いてる。みてくださいよ、なんで『動物のお医者さん』がこんなにバラバラに点在してるんですか(笑)。1巻がそこで、8巻がエーリッヒ・フロムの隣にある。3〜4巻にいたってはここにないんですよ!」
「えへへ、まあこんなもんですよ」
「でもね、どう考えても本が好きで、本をたくさん、本当にたくさん読んでるのがわかるんです。小説だけじゃなく、哲学書も詩集も自分に必要だから読んだって、本が教えてくれるというか……読んだ順にならべるだけで、こんなにもいい本棚ってつくれるんですね」
「……」
「あーいつまでも眺めていられるなあ……」

その後何も起きずに、辻さんと歩いて新宿に行き、私が純粋に話したいと言った希望を深夜の喫茶店で叶えてくれた。明日も朝早いのに……優しすぎる。
話の流れで父が高次脳機能障害であることもなぜか言えた。変な気の使われ方をされそうで人には話してこなかったのに。そのまますぎる辻さんをみてたら、自然にスルッとでてきたのだ。そして
「お家にお邪魔して本当にすみません……なんか謎な行動をしてしまいまして……」
と私が謝り
「いやいや、こちらこそ……」と返される。
辻「それはそれとして、前から話していた、夏休みに直島に行くのはやりたいんです」
グ「はい!例の!」
私は瀬戸内海に浮かぶ芸術の島、直島の近くに実家があり、高校時代は自転車ごとフェリーに乗り込み、島一周していた。だから、辻さんが直島に来ることがあるのなら、案内しますよと言っていたのだ。
辻「案内してくれたら嬉しいけど、本当に無理しなくていいからね。1週間後だし」
グ「もちろんです。直島という親しんだ場所に遠くから誰かが来てくれるのが嬉しくて」
そして、じゃあまた!と
歌舞伎町のネットカフェまで送ってもらった。
●
狭いシートに横たわりながら、自分がしてしまったことの大きさを反芻して「うわー」と叫びたくなる。何も考えずに「辻さんとまだ話したいですね」というカードを出して、屋上に行って、ハグを引き出してしまった。その罪悪感。
しかし、直島は案内して欲しいと言ってくれる。
ここまでやっても私の気持ちに恋という感情はないのだ。辻さんが持つよいものと、好きが繋がらない。彼を独占したいと思わない。
辻さんのハグは自分が無理やり引き出したものだから、訂正したら収まるものくらいに思っている。一度開けた引き出しは閉めれば元通りになるように。
でも何かが違う感覚はうっすらある。
辻さんの本棚はよかったなあ……。
うとうとしながら、その輝きを思い出していた。
後編に続く↓
医学生時代の辻さんが
短歌に出会うまでの
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