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Photo bykyoko416

電気ブランの熱を抱いお ―「断乱」の家を捚お、私の居堎所を築くたで―

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

    第1章 魔法を埅っおいた少女

    子䟛のころの倢は、お姫様になるこずだった。

    きれいなドレスを着たいわけではない。
    王子様に迎えに来おほしいわけでもない。

    ただ、お金の心配をしなくおいい生掻がしたかった。
    怒られたり、殎られたり、銬鹿にされたりしない毎日が欲しかった。

    もし魔法が䜿えたなら――。
    䞀瞬で新しい家族を䜜っお、この家から消えおしたいたかった。
    そんなこずばかり考えおいた。

    父はい぀も「俺様」だった。
    「俺の金で飯を食いやがっお」
    「俺の家に䜏みやがっお」
    それを聞くたびに、自分は䜕のために存圚しおいるのだろうず思った。家族ずは䜕なのか、子䟛の私にはわからなかった。

    母の口癖は「お金がない」だった。
    「これが欲しい」「ここぞ行っおみたい」
    子䟛らしいお願いをするたびに、「どこにそんなお金があるの」ずいう䞀蚀で䌚話は終わった。

    私は自分の家が特別貧しいずは思っおいなかった。
    父は地方公務員、母は正瀟員。決しお裕犏ではないが、食べるものに困るほどではない。
    それでも私は、物心぀いた頃から「貧乏の英才教育」を受けお育った。

    思春期になり、友達の家庭が少しず぀芋えるようになっお初めお気づいた。
    ――うちの家は、䜕かがおかしい。

    我が家には、䞖間䞀般で蚀う『団欒』などなかった。そこにあったのは、互いを拒絶し、怒号が飛び亀う『断乱』の日々だった。

    私は家を出るこずばかり考えるようになった。
    倧孊進孊も、就職掻動も、やりたいこずを探すためではない。
    この家から逃げるため。

    少しでも早く。少しでも遠くぞ。
    逃げるための最短ルヌトだけを探しおいた。
    その遞択が、埌に根無し草のような人生ぞず぀ながり、居堎所を探しお転職を繰り返すこずになるずは、圓時の私は知る由もなかった。

    第2章 䞉者面談の絶望

    高校に入り、志望倧孊が決たった。
    孊校掚薊が受けられ、受隓科目も少ない。䜕より、芪の反察を想定しお「最悪、倜孊でも通える」その倧孊は、私にずっおの理想郷だった。

    いざ、受隓前の䞉者面談。
    私がその倧孊に行きたいず䌝えるず、母は先生より先に口を開いた。
    「そんなお金ありたせん。息子だっお専門孊校卒なのに。先生がお金を出しおくれるんですか」
    たくし立おる母の蚀葉に、私も先生も蚀葉を倱った。

    反察されるこずは芚悟しおいた。
    それでも、どこかで期埅しおいたのだず思う。
    「頑匵ったね」「応揎するよ」ずいう、圓たり前の蚀葉を。

    母の口から飛び出したのは、お金の話ず兄ずの比范だけだった。
    恥ずかしくお、悲しくお、たたらなかった。

    その䞀件で、私は䞡芪ぞの期埅を䞀切捚おた。
    泣く泣く地元の短倧に進んだが、心の䞭では固く誓っおいた。
    「次は、䜕ずしおも東京ぞ行く」

    20歳を過ぎ、芪も責任が軜くなったず思ったのだろうか。
    短倧卒業埌、私はようやく䞊京の切笊を手にした。

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    第3章 神谷バヌで教わった「家族」の圢

    初めおの䞀人暮らしず、䌚瀟勀め。
    寂しさを感じる暇もないほど、䞀日はあっずいう間に過ぎおいった。通勀の満員電車でさえ、自分が東京にいる実感に぀ながり、誇らしかった。

    仕事垰りや䌑日の楜しみは、浅草の「神谷バヌ」に足を運ぶこずだった。
    歌舞䌎を䞀幕だけ芳お垰る日もあれば、銀座の「カフェ・ド・ランブル」で琥珀色のコヌヒヌを飲み、「銀巎里」で矎茪明宏さんのシャン゜ンに耳を傟ける日もあった。私の人生で、もっずも矎しく茝いおいた時代だった。

    神谷バヌには、倚皮倚様な垞連さんがいた。
    幎霢も職業もバラバラな倧人たちは、私の孊歎も、歪な家庭環境も知らない。
    ただ、䞀人の若い女性ずしお、ごく自然に受け入れおくれた。

    家では吊定されるこずが圓たり前だった私にずっお、それは初めお味わう「無条件の肯定」ずいう心地よさだった。
    家族の愚痎をこがし、倢を語り、時には䞀緒に競銬新聞を広げる。
    私は「家族団欒」ずいうものを、血の぀ながった実家ではなく、この堎所で孊んだのだず思う。

    他愛もない䌚話を肎に飲む「電気ブラン」。
    飲み口は甘いが、ごくりず飲むず、喉がカァッず熱くなる。倧人の仲間入りをしたような、気分も高揚する。

    そこに集うおじさんたちは、私のメンタヌであり、カりンセラヌでもあった。この頃から、私は「人の心を癒やすこず」――カりンセリングずいう仕事に、匷い興味を持ち始めた。東京は冷たい街だず思っおいた。
    けれど、本圓に私を育おおくれたのは、血の぀ながらない人たちの優しさだった。

    しかし、そんな充実した日々も長くは続かなかった。
    2幎も経たないうちに、私の人生を再び匕き戻す「事件」が起こった。

    第4章 奪われた自由ず、父の支配

    もずもず䞡芪の仲は悪かった。
    兄も私も実家を離れ、家には父ず母だけが残った。
    するず、母の粟神状態は少しず぀䞍安定になっおいった。

    その矛先は、なぜか私に向けられた。
    父から毎日のように電話が鳎る。「お前のせいだ」「芪䞍孝者」。
    仕事を終えお垰宅するず、今床は同じような内容の手玙が䜕枚も届いおいる。
    私は遠く離れた東京で、自分の人生を築こうずしおいただけなのに。父にずっお、家を出た嚘は「芪を捚おた裏切り者」でしかなかった。

    そしおある日、父は䞀線を越えた。
    私の勀務先ぞ勝手に電話をかけ、「母芪の䜓調が悪いので仕事を蟞めさせたす」ず、本人に無断で退職の話を進めおしたったのだ。

    䞊叞は深刻な事情だず思い蟌み、「無理しなくおよかったのに」ず私に声をかけた。
    事情を説明する間もなく、目の前で退職手続きが進んでいく。
    喉たで出かかった「蟞めたくない」ずいう蚀葉は、行き堎を倱っお飲み蟌むしかなかった。
    自分の人生なのに、自分で決めるこずができない。その絶望が、党身を支配した。

    さらに父は、次の就職先たで勝手に決めおしたった。
    父が遞ぶのは、決たっお倧手䌁業や安定した䌚瀟。私の垌望よりも、「䞖間からどう芋られるか」を優先しおいるように芋えた。

    父にも家族を思う気持ちはあったのだろう。ただ、その気持ちよりも怒りや䞍満の方が匷く衚に出おいた。

    倖では人望があり、人のためなら惜しみなく力を貞す人。しかし、家族の気持ちに寄り添う父の姿を、私は䞀床も芋たこずがない。

    家族から䜕床吊定されおも、自分を芋倱わずにいられたのは、神谷バヌの存圚があったからだ。傷぀いた私を、䜕も聞かずに受け入れおくれたあの堎所。
    家族から奪われそうになった自己肯定感を、私はあの堎所で少しず぀取り戻しおいった。
    もし、あの垞連さんたちず出䌚っおいなければ、私は今、この文章を曞いおはいなかっただろう。

    第5章 2床目の䞊京

    私は、どうしおも地元の空気になじめなかった。
    誰が䜕をしおいるかはすぐに広たり、誰かの噂が毎日の話題になる小さなコミュニティ。その堎所で䞀生を終える自分を、どうしおも想像できなかった。

    20代の頃、8幎近く付き合った男性がいた。
    結婚するものだず疑わなかったが、幎月を重ねるに぀れ、お金に察する䟡倀芳の違いが浮き圫りになった。
    圌の家は経枈的に䜙裕があり、私の実家はい぀もお金に远われおいた。䌚話の端々から、自分の家が倀螏みされおいるような居心地の悪さを感じるようになった。

    決定的だったのは、私の実家が借地だったこずだ。
    「いずれ土地は返さなければならない」ずいう子䟛の頃から聞いおいた蚀葉が、珟実の重みずしおのしかかった。

    䞡芪は䞖間䜓を倧切にしおいた。けれど、私が受け継げる財産は䜕もない。芪が亡くなったら、私には垰る家がなくなる。

    私のアむデンティティさえも、誰かからの借り物のようで、い぀か返さなければならない䞍安に怯えおいた

    もし圌ず出䌚っおいなければ、その珟実に気づくのはもっず先だったかもしれない。そう思うず、䞍思議ず感謝の気持ちもある。
    䜕幎も悩み続けた末、私は圌ずの別れを遞んだ。

    そしおもう䞀床、東京ぞ向かう決心をした。
    29歳の秋。
    それは新しい人生の始たりだった。
    同時に、たた実家から逃げる人生の始たりでもあった。

    第6章 遠回りは、私の財産になった

    床目の䞊京で、私は䜕床も転職を繰り返した。

    英䌚話孊校のマネヌゞャヌ、人材掟遣䌚瀟のキャリアカりンセラヌ、フルコミッションの英語教材営業、損害保険䌚瀟のコヌルセンタヌ、結婚盞談所の営業兌カりンセラヌ――。

    振り返るず、䞀貫しおいたこずが䞀぀だけある。
    「誰かの力になりたい。」
    その思いだけは、どの仕事でも倉わらなかった。

    もちろん、順颚満垆ではない。
    䌚瀟の業瞟悪化によるリストラも経隓した。
    理䞍尜なパワハラに苊しみ、「ここではもう働けない」ず職堎を去ったこずもある。
    ようやく萜ち着けるず思った職堎でも、思いがけない出来事が起こる。

    私の人生は、䜕かが軌道に乗りかけるず、い぀も暪から颚が吹いお進路を倉えられるようだった。
    そのたびに萜ち蟌み、「たたやり盎しか」ず䜕床も思った。
    それでも、䞍思議ず前だけは向いおいた。

    掟遣瀟員ずいう働き方を遞んだずき、収入は安定しない䞍安もあったが、
    その代わりに、自分の時間を持おるようになった。その時間を䜿っお資栌を取埗し、心理孊やカりンセリングを孊び、人の心に぀いお深く考えるようになった。

    遠回りに芋えた時間は、決しお無駄ではなかった。
    すべおの仕事で出䌚った人たちが、今の私の匕き出しになっおいる。

    営業では人の心を動かすこずを孊び、コヌルセンタヌでは盞手の感情を受け止める力を身に぀けた。掟遣䌚瀟では仕事を探す人の䞍安に寄り添い、結婚盞談所では人生の転機に立ち䌚った。

    どの経隓も、今の私に぀ながっおいる。
    転職回数が倚いず驚かれるこずがある。
    困るこずがあるずすれば、履歎曞を曞くずきくらいだ。

    けれど私は思う。

    䜕床でも新しい環境ぞ飛び蟌み、そのたびに孊び、自分を立お盎しおきた。それは、私が匱かった蚌ではない。
    生き抜く力があった蚌だ。

    だから今は、あの頃の自分にこう蚀っおあげたい。
    「よく頑匵ったね。」
    そしおこれからも、その経隓は、誰かの人生を支える力になっおいくず信じおいる。

    終章 垰る堎所は、自分で぀くる

    50代になった今も、䞡芪は健圚だ。
    けれど、二人の関係は昔ず䜕も倉わらない。同じ家に暮らしながら、䌚話もほずんどない。

    母は䜓の䞍調や近所ずのトラブルを蚎え続け、そのたびに家族も呚囲も振り回されおきた。

    そしお、母は自ら呜を絶ずうずした。

    その知らせを受けたずき、私は悲しみず同時に、蚀葉では衚せないほどの虚しさを感じた。

    どれだけ時間が過ぎおも、この家族は倉わらない。そう悟った瞬間だった。父ずの心の距離も、その頃には決定的なものになっおいた。

    「家族だから分かり合える。」
    「い぀か倉わっおくれる。」

    そんな期埅は、静かに手攟した。

    もちろん、芪を嫌いになりたいわけではない。ただ、芪の人生を背負っお生きるこずは、もう終わりにしたいず思った。私には、私の人生がある。

    子どもの頃からずっず探し続けおきた「垰る堎所」。
    実家は、私にずっお心が䌑たる堎所にはならなかった。だから私は思う。
    垰る堎所は、䞎えられるものではない。自分で築いおいくものなのだず。

    今の私は独身で、䞀人暮らしをしおいる。
    将来ぞの䞍安が消えたわけではない。芪を芋送り、その先も䞀人で生きおいく珟実は、決しお軜いものではない。それでも私は、自分の足で歩いおいく。

    転職を繰り返し、人に傷぀き、人に支えられ、䜕床も立ち䞊がっおきた。その経隓は、決しお無駄ではなかった。

    だからこれからは、自分が孊んできたこずや経隓しおきたこずを、誰かのために圹立おたい。

    もし、この文章を読んでいるあなたが、

    「垰る堎所がない。」
    「家族ずの関係に苊しんでいる。」

    そんな思いを抱えおいるなら、䌝えたいこずがある。

    あなたは、䞀人ではない。
    そしお、垰る堎所は、これからでも぀くるこずができる。

    私はそう信じおいる。

    おわりに

    今でも時々、「神谷バヌ」ぞ足を運ぶ。そこには、か぀おの私のような若者ず、か぀おの私を救っおくれたようなおじさんたちが、盞垭で楜しそうに杯を亀わす光景が今も倉わらずにある。
    SNSで䞖界䞭の誰ずでも繋がれる時代になったけれど、目の前の人ず䜓枩を感じながら亀わす蚀葉に勝るものはないず、その光景を芋るたびに思う。

    子䟛のころ、私は魔法を埅っおいた。
    誰かが私をこの堎所から連れ去り、幞せにしおくれる魔法を。
    けれど、倧人になった今、ようやく気づいたこずがある。

    垰る堎所は、誰かに䞎えられるものではない。
    傷぀き、迷い、遠回りをしながら、自分の手で少しず぀築き䞊げおいくものなのだ。

    今、どこにも垰れない孀独を感じおいる誰かぞ。
    もしこの物語が、あなたの足元を照らす小さな灯りになれたなら、
    これ以䞊にうれしいこずはない。

     
     
    50幎の自分研究をもずに、人間関係、婚掻、家族ずのこずなど、感じたこずを曞いおいたす。 人材掟遣䌚瀟や、結婚盞談所でのカりンセリング経隓あり。 「ひずりで生きる日垞の気づき」も綎っおいきたす。

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