
部下に任せる前に、自分で解決してしまう上司の話
「もっと部下に仕事を回して、権限移譲したほうがよい」
360度評価のコメントを見た瞬間、
胸の奥が少しだけ重くなった。
僕は、ちゃんとチームで
仕事をしているつもりだった。
でも、本当にそうだったんだろうか。
たぶん、
言われていることは
こういうことだと思う。
僕は、チームとして組織を動かせていない。
もっと言えば、チーム戦で
仕事をするのがへたくそなのだと思う。
これはなかなか認めたくない。
だって、
自分なりには一生懸命やっているからだ。
経営からお題を受ける。
課題を整理する。
何が問題なのかを考える。
その問題は、なぜ起きているのかを掘る。
原因らしきものを見つける。
解決の方向性を示す。
これ自体は、
仕事として必要なことだと思っている。
むしろ、ここを雑にやると現場が混乱する。
だから僕は、まず自分で考える。
ただ、ここに罠があった。
部下に渡すために、
仕事を分解しようとする。
「この論点なら渡せるかな」
「ここまで整理すれば考えてもらえるかな」
「この仮説を検証してもらえばいいかな」
そうやって考えているうちに、
解決の糸口が見えてくる。
糸口が見えると、
今度は検証したくなる。
検証しているうちに、
解決策らしきものが出てくる。
そして気づく。
あれ、もう終わってる。
部下に渡すつもりだった仕事が、
渡す前に終わってしまう。
権限移譲する前に、自己完結してしまう。
結果として、部下に仕事を振らずに終わる。
これが、僕の中でずっと起きていた。
では、経営から来たお題を、
そのまま部下に渡せばいいのか。
「この件、考えておいて」と。
やってみたこともある。
でも、すぐに返ってくる。
「どうしたらよいですか?」
そこで僕は説明する。
背景を話す。
課題を整理する。
論点を分ける。
進め方を伝える。
すると、また同じことが起きる。
説明しているうちに、
解決策ができてしまう。
部下に考えてもらうはずだったのに、
僕が答えを作ってしまう。
なんなら、部下は「なるほど」と
聞く側になっている。
これでは、部下が考える機会は増えない。
チームで考えているようで、
実は僕の頭の中を共有している
だけなのかもしれない。
要は僕は「任せている」のではなく、
「自分が考えたことを実行してもらっている」だけなのだと思う。
ここが、今回いちばん痛かった。
権限移譲という言葉を聞くと、
僕はずっと「仕事を渡すこと」
だと思っていた。
でも、たぶん違う。
権限移譲は、作業を渡すことではない。
考える余地を渡すこと。
もっと言うと、
少し失敗する余地まで
渡すことなのかもしれない。
ここで自分の中に、嫌な問いが出てきた。
僕は本当に、
部下に任せられないのだろうか。
それとも、部下には無理かもしれないと、
勝手に決めているだけなのだろうか。
子どもに対して、危ないからと言って
何でも先回りしてしまうことがある。
転ばないように。
失敗しないように。
困らないように。
でも、先回りしすぎると、
その子は転び方を覚えられない。
自分で考える前に、
答えが降ってくることに慣れてしまう。
もしかすると僕は、
会社でも同じことをしている
のかもしれない。
部下を守っているつもりで、
部下の成長する機会を奪っている。
チームを前に進めているつもりで、
チームが自走する筋肉を弱くしている。
いや、なかなかしんどい。
自分で書いていて、だいぶ刺さっている。
では、どうすればいいのか。
いきなり完璧な権限移譲なんて、
たぶんできない。
「今日から全部任せます」
みたいなことをしても、
それはただの丸投げになる。
それで部下が困ったら、
結局また僕が回収する。
そして
「やっぱり自分でやったほうが早い」
となる。
このループがいちばん危ない。
だから、まずやるべきことは、
仕事を渡すことではなく、
「どう進めるかを一緒に考える時間」を
先に作ることなのだと思う。
たとえば、
経営から難しいお題が来たとする。
そのとき、僕がひとりで抱えて、
分解して、
仮説まで作ってから渡すのではなく、
まだ少しぐちゃっとしている段階で部下と話す
「このお題、正直まだ整理しきれていない」
「まず、何が論点だと思う?」
「誰に聞けば前に進みそう?」
「最初の一歩を置くなら、どこからがよさそう?」
答えを渡すのではなく、問いを置く。
やり方を指示するのではなく、
進め方を一緒に作る。
たぶん、ここから始めるしかない。
僕の場合、権限移譲の第一歩は
「仕事を任せる」ではない。
「考える前の状態を見せる」
ことなのだと思う。
今までは、ある程度きれいにしてから
渡そうとしていた。でも、それだと部下は、
僕が整理した後の世界しか見られない。
本当は、その前が大事なのだ。
何がわからないのか。
どこで迷っているのか。
どの論点が怪しいのか。
どの情報が足りないのか。
なぜ、そこから考え始めるのか。
この「ぐちゃぐちゃの入口」を
共有しないと、
部下は課題の解き方を学べない。
僕が勝手に整地した道を歩いて
もらうだけになる。
魚を渡すのではなく、釣り方を教える。
と言うと急にビジネス書っぽくなるけれど、
たぶんそういうことだ。
ただし、釣り方を教えるには、
自分が釣っている途中を見せる必要がある。
釣れた魚だけ見せても、再現できない。
だから、次からはこうしてみようと思う。
まず、経営から来たお題を受けたら、
すぐに自分だけで抱え込まない。
初期段階で、部下と30分だけ話す。
その場で答えを出そうとしない。
論点だけ一緒に並べる。
その中から、部下にひとつ任せる。
任せた後は、先に答えを言わずに、
問いで返す。
具体的には、こんな感じだ。
「この件、まず何がわかれば前に進みそう?」
「原因は何パターンありそう?」
「一番小さく検証するなら、何を見ればいい?」
「誰を巻き込むと早そう?」
「僕が口を出しすぎるとしたらどこだと思う?」
最後の質問は、ちょっと怖い。
でも、たぶん聞いたほうがいい。
権限移譲は、上司が部下に
何かを渡す話に見える。
でも実際は、
上司が自分の握っているものを
少しずつ手放す話なのかもしれない。
仕事を手放す。
答えを手放す。
先回りを手放す。
「自分でやったほうが早い」という安心感を手放す
もちろん、全部を手放す必要はない。
責任まで丸投げするのは違う。
でも、考える場所まで全部自分の中に
閉じ込めていたら、チームにはならない。
360度評価のコメントは、正直痛かった。
でも、痛いということは、
たぶんそこに何かある。
僕はこれまで、難しいお題を
自分で解けることを強みにしてきた。
でも、これからは「自分で解けること」
だけでは足りないのだと思う。
チームとして解けるようにする。
部下が自分で考えられるようにする。
僕がいなくても、前に進む状態を作る。
それは、
自分の価値が下がることではない。
むしろ、そこまでできて初めて、
組織を動かしていると言える
のかもしれない。
まだうまくできる自信はない。
たぶん、
また先回りしてしまう日もある。
説明しすぎて、結局自分で答えを
出してしまう日もあると思う。
でも、まずは一つだけ変える。
部下に渡す前にひとりで完成させない。未完成の段階で、一緒に考える時間を作る。
権限移譲は、きれいに包装した仕事を
渡すことではない。
ぐちゃぐちゃの入口を一緒に
くぐることから始まる。
そんな気がしている。
最後までお読みいただき
ありがとうございます。
「自分も先回りしすぎてるかも」
と思った方は、あとで振り返れるように
保存しておいてください。
きっと僕も何度も読み返す側です。
この記事を書いた後も、未だに悩みは尽きていないのです。