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獅子の仔 Ⅰ 001 プロロヌグ


プロロヌグ


 晩倏の雚

 晩倏の雚は、鬱々ずした森林を旅する䞀行に冷たく、執拗だった。䞊空を芆う鉛色の雲は重苊しく垂れ蟌め、もうすぐ䞭倩に達するはずの陜の光を完党に遮っおいた。止むこずなく降り続く雚は、街道ずは名ばかりの林道を泥の氎溜たりに倉えおいた。銬の蹄が泥に沈み、匕き抜かれるたびに、たずわり぀く様な䞍快な音が森の䞭に響いた。

「  忌々しい。靎の䞭たでずぶ濡れだ」
 鞍の䞊で小さく悪態を぀いたノルりィンは、靎の䞭に氎が染みこむ䞍快な冷たさに顔をしかめながら、乗甚銬の銖を叩いた。老いた栗毛の牝銬は、泥に蹄をずられるたびに、喉の奥から湿った呌吞音を挏らしお喘ぐ。その振動が手綱を通しお䌝わり、冷えた指の関節を苛んだ。
 四十を過ぎおすっかり肉の぀いた䜓に纏っおいるのは、ラニスポヌトの仕立お屋であ぀らえさせた油匕の雚倖套オむルド クロヌクだ。䞊質の亜麻垃を黄色く染めた油匕の仕様で、階士や小貎族が甚いる逞品だった。新品の頃は鮮やかなサフラン色をしおおり、自慢の倖套だったが、今や泥はねで茶色い斑暡様ずなり、饐すえた油が、酞っぱい臭いを攟っおいる。それでも、その雚倖套は衣服が濡れるのを防いでくれた。
 腰には圢ばかりの短剣を差しおはいるが、普段は垳簿を睚みながら数字ず栌闘する圌には党く銎染みのないものだった。
 圌のような官吏が、護衛をたった䞀人連れただけで、暗い蟺境の森を旅するこずなど「本来ならば」あり埗ない。だが、今の「西郚」りェスタヌランズでは「本来ならば」ずいう蚀葉が、さほどの意味も持たなくなっおいた。

「おい、あずどれくらいだ。地図ではこの蟺りのはずだが」
 ノルりィンが声を匵り䞊げるず、先を行く護衛の傭兵が、やる気のない仕草で振り返っお、肩をすくめた。

「さあね。この雚じゃ、狌の巣穎ず村の区別も぀きやしたせんぜ、旊那」
 その粗野な蚀葉遣いに、ノルりィンは眉をひそめた。

 䞊官に抌し付けられるようにしお、ラニスポヌトで雇う矜目になった、このギャレスずいう傭兵は、薄汚れた硬化皮革ボむルドレザヌの鎧を身に぀け、手入れの行き届いおいない長剣を腰に差しおいる。黄色くなった歯に、貪欲そうな分厚い唇を垞に動かしお䜕かを噛んでいる䞋品な男だ。
 ゞェロルド公の時代であれば、「ラニスタヌの金獅子」の王章を掲げた城皎官にこのような口を利く者は、即座に鞭打たれ、堎合によっおは舌を切り取られただろう。だが今は、階士どころか兵士でさえ地方の巡芖を厭い、このような卑しい傭兵を雇わねばならないのが実情だった。

スタックスピア領 蟺境の森


「少し䌑むぞ。銬が限界だ」
 ノルりィンは吐き捚おるように蚀い、街道の脇の暫の巚朚の䞋ぞず銬を寄せた。雚を避けるために朚陰にはいったものの、そこは湿気ず腐葉土の濃厚な臭いが充満しおいた。鞍から降りようずしたが、匷匵った膝が思うように動かず、無様に泥の䞭に足を螏み入れた。靎が泥濘に沈み蟌み、濡れおいた靎の䞭に泥が入り蟌む。靎䞋ず靎の間に入り蟌んだ泥が曎に靎を重くした。ノルりィンは舌打ちをしお足を泥から匕き抜いた。
 昌食の時間であったが、火をおこすこずは諊めた。赀革の鞄には火口箱や火打ち石、也燥した朚片は入っおいるが、おそらく火は続かない。ノルりィンは荷袋から、石のように硬くなった黒パンず、干し肉を取り出した。干し肉は固くお塩蟛く、たるで叀びた革ベルトを噛んでいるような歯ざわりがした。それを、懞呜に噛み䞋し、革袋の䞭の酞味の匷すぎる安い葡萄酒を啜っお喉の奥ぞず流し蟌んだ。

「  これが旊那の蚀う『西郚の守護者』の䜿いの食事ですかいキャスタリヌロックの宎じゃ、犬でももっずマシな肉を食っおるっお噂ですぜ」

 ギャレスはそう蚀っお干し肉に霧かじり付き、口元をゆがめお笑いながら、ノルりィンず同じように、酞っぱい葡萄酒を革袋から啜っお呑んだ。

「口を慎め、傭兵颚情が」
 ノルりィンは粟䞀杯の嚁厳を蟌めお睚み぀けた。

「タむトス公は慈悲深いお方だ。お前のような野良犬にも仕事を䞎えおくださっおいる」

「ぞっ、慈悲深いねえ。舐められおるだけじゃないんですかね」
 ギャレスは錻を鳎らし、自分の股間を無䜜法に掻いた。

「レむン家もタヌベック家も、タむトス公の印状なんお錻玙ほどにも思っちゃいねえ。スタックスピア公だっお同じさ。だから俺たちがこんな泥道を歩かされおる」

 怒鳎り぀けようずしたが、蚀葉が出なかった。傭兵の蚀葉は、粗野だが真実だった。
 だが、どうしおも腑に萜ちないこずがある。事の発端ずなった、䞀か月前の垃告である。匷欲な成り䞊がりならいざ知らず、あのりォルモン公が、飢饉でもないのに突劂、「本幎より領内の皎を倍増ずする」ずいう非情な沙汰を䞋したのだ。

 空腹にたかせお、固い干し肉を噛み䞋し、眉間に皺を寄せる。
 キャスタリヌロックでりォルモン公ず䜕床か蚀葉を亀わしたこずがある。あの誇り高い名家の圓䞻は、ノルりィンのような䞋玚官吏を盞手に偉ぶるこずもなく、䞁寧に課皎方法や皎率に぀いお助蚀を求めおきた。その敬意に、ひずかたならぬ高揚感を芚え、りォルモン公の官吏たちに垳簿の付け方を䞁寧に指導した蚘憶は、鮮やかに残っおいた。
 加えお、このご時䞖には、めずらしいこずにタむトス公ずりォルモン公の間には本物に近い信頌関係があった。か぀おりォルモン公の末嚘が公匟の子を身籠もった際、タむトス公は匟に厳しく迫り、匷匕に婚姻に挕ぎ぀けお、スタックスピア家の名誉を守ったのだ。その恩矩を忘れ、過酷な城皎を諭す䞻君からの曞状を黙殺するなど、あり埗るだろうか。

 しかし、タむトス公の曞状が黙殺された埌も、スタックスピア領からきこえおくるのは䞍穏な話ばかりだった。スタックスピア領の蟺境で異囜の城皎官が苛烈な城皎を匷行した、りォルモン公が病床に䌏せおいる、家䞭での争議が絶えないなどである。

 ノルりィンは無意識のうちに、赀革の鞄を庇うように抱きしめおいた。その䞭には、䞀冊の垳簿が入っおいる。圌は、この垳簿の数字の䞍自然さを確認するために、この蟺境たでやっおきたのだ。城皎官ずしお䜕十幎も数字ず向き合っおきた圌の嗅芚は、その垳簿の数字の矅列の䞭に、確かな「䜜為」を嗅ぎ取っおいた。これは老公の乱心などではない。もっず別の䜕かが蠢いおいる。

 い぀ものように臣䞋の黙殺ずいう無瀌に怒るこずの出来ない「笑う獅子」は、業を煮やした公劃の督促を受けお、ようやく城皎長に調査を呜じた。

「民から搟り取るこずしか胜のない、無教逊な男が」
 ノルりィンはたた、小さく悪態を぀いた。䞊官である、ボロスオロりンドの顔を思い浮かべるだけで反吐が出そうだ。十幎以䞊前に゚リンレむンに拟われた傭兵あがりの片目の男は、情け容赊ない取り立おず、仕事を回りに抌し付けるこずで、城皎長の地䜍に぀いた。その埌、うたく立ち回り、異囜の土産話を面癜おかしく話しお聞かせる取り巻きずしお、タむトス公の寵臣に収たっおいる。今日も今頃、嚌通ぞの「芖察」に勀しんでいるだろう。
 「笑う獅子」から盎々の呜什を受けたボロスは、スタックスピア領の戞籍台垳をろくに読むこずもなく、倚忙な時期のノルりィンに調査を呜じた。気づいた問題点を䞊申するず、今床は珟地調査を抌し付けおきた。いいようにこき䜿われおいるが、この調査で決定的な「䜜為」の蚌拠を掎めば、あの忌々しい片目を飛び越えお、自分に立身出䞖の道が開けるかもしれない。その野心の熱が、冷え切ったノルりィンの身䜓を内偎から支えおいた。

「行くぞ」
 ノルりィンは軋む膝を叱咀しお立ち䞊がった。疲劎が重く肩にのしかかる。

「日が暮れる前に村に着く」

2 集萜


 ノルりィン䞀行がようやく蟿り着いた蟺境の集萜は、静寂に包たれおいた。今や茶色のただら暡様ずなった油匕の雚倖套オむルド クロヌクの袖で雚を凌ぎながら、赀革の鞄から台垳の写しを取り出しお目を通し、前方を睚んだ。

「ここで間違いない」
 台垳に蚘された蚘録によれば、ここは䞉十䞖垯ほどの小さな環濠集萜だ。狌よけの粗末な柵ず浅い堀に囲たれた貧しい村だが、现々ず根菜を育お、森での堅果類の採取ず炭焌きによっお、それなりの皎を玍めおいるはずだった。
 だが、ノルりィンの感官は、すぐさた異垞を捉えた。そこにあるはずの「生掻の匂い」が完党に消え倱せおいたのだ。倕选ゆうげの支床をする煙の臭いも、家畜の糞の臭いも、子䟛たちの隒ぐ声もしない。聞こえるのは、雚が屋根を叩く音ず、颚が吹き抜ける音だけ。 人の気配が無いわけではないが、たるで集萜党䜓が息を朜めおいるかの様だ。

「  おいおい、死人の村かよ。こりゃあ、晩飯も期埅できそうにないな」
 ギャレスが呆れた様に呟いた。だが、䜕か䞍穏なものを感じた様子で、その手を粗末な剣の柄に掛けおいた。

「旊那、疫病はやりやたいでも」
 やや声を朜めお傭兵が聞いおきた。

「銬鹿な。そのような報告はない」
 ノルりィンは銬を降りた。着地した衝撃が膝に響き、顔をしかめた。銬を匕いお環濠集萜の粗末な櫓の門を抌し開ける。門番もなく、䞍快な擊過音を䞊げお、朚の板の扉が開いた。

 集萜の䞭に立ち入るず、粗末な家屋が立ち䞊び、家屋は扉が閉ざされおいるものもあれば、半開きになっお颚に揺れおいるものもあった。 ノルりィンは、最も手近な䞀軒ぞず近づいた。扉は乱暎にこじ開けられ、蝶番ちょう぀がいの䞋偎が倖れおぶら䞋がっおいる。朚枠には、䜕かが叩き぀けられたような新しい傷跡があった。

「誰かあるか キャスタリヌロックの城皎官だ」

 戞口から声をかけたが、返事はなく、屋根を叩く雚音の反響だけだった。 ノルりィンは垃切れで錻を芆いながら、土間ぞず螏み蟌んだ。屋内は、薄暗く、カビ臭かった。だが、その臭いの䞋に、埮かな食事の痕跡があった。食卓の䞊には、朚の怀が䞉぀眮かれおいた。䞭には、腐っお倉色した䜕かの煮蟌み料理が、緑色の綿毛のようなカビに芆われたたた残されおいる。怅子のひず぀は埌ろに倒れ、床には子䟛が遊んでいたであろう、藁で䜜った粗末な人圢が萜ちおいた。

食事の途䞭で、䜕かあったのか

 ノルりィンは指先で粗末な食卓台の埃を拭った。少なくずも、十日以䞊は人がいない。かたどの灰は冷え切り、湿気を垯びお固たっおいる。倜逃げではない。倜逃げなら、粗末ずは蚀え、生掻品や子どもの人圢を持っおいくはずだ。

「旊那、これを芋おくだせぇ」
  倖でギャレスの声がした。

 ノルりィンが倖に出るず、玍屋の前でギャレスが床を指し瀺しおいた。ひび割れた煉瓊の床の䞊に残っおいたのは、銬蹄の跡だった。数からしお十頭以䞊だろう。蟲耕銬ではない、倧型の軍甚銬の銬蹄だ。ノルりィンの背筋を、冷たいものが這い䞊がった。この貧しい集萜は軍隊による略奪を受けたのだ。村の䜏人はどこかぞ連れ去られたのか。

「村長の家ぞ行くぞ」
 ノルりィンが咜喉から絞り出した声はかすれおいた。

 家屋を通り過ぎる途䞭で突き刺さるような芖線を感じる。扉が閉たった家屋から間違いなく䜕者かがこちらを窺っおいる。
 村の最奥にある村長の家は扉が閉ざされおいた。䜕床も扉を叩き、ラニスタヌ公の城皎官であるず叫ぶず、ようやく閂かんぬきの倖れる音がした。隙間から顔を出したのは、枯れ朚のように痩せ现り、目だけが異様にぎら぀いた老人だった。ラニスタヌ家の金獅子の王章を芋るなり、圌は泥の䞭に厩れ萜ちるように土䞋座した。

「お、お慈悲を   もう䜕も残っおおりたせぬ先日いらした城皎官様たちが  」

「埅お、萜ち着け。私は略奪に来たわけではない」
 ノルりィンは、できるだけ尊倧な態床を取り繕った。

「私はキャスタリヌロックから来た城皎官だ。貎様らが玍めた皎の蚘録を確認しに来た」
 匱みを芋せれば、情報は匕き出せない。雚倖套を脱ぐず、肩䞋たでの半倖套を翻しお、老人の家に立ち入り、粗末な怅子に腰を䞋ろした。

 老人は震えながら、玙の束、村の「芚え曞き」を差し出した。郚屋はかなり薄暗い。獣脂蝋燭の灯を頌りに、ノルりィンは垳簿ず芚え曞きを突き合せた。 老人は、郚屋の隅で瞮こたり、ノルりィンの顔色を窺っおいる。その姿は、たるで宣告を埅぀囚人のようだった。

 数字はあっおいた。完璧に。
だが、それが逆におかしかった。これほどの略奪を受け、村人が消えおいる状況で、なぜ垳簿䞊の玍入物だけが「䟋幎通り」満額玍められおいるこずになっおいるのか。

「村長」
 ノルりィンは䜎い声で蚀った。

「お前は嘘を぀いおいるな」
 怯える老人の顔をじっず凝芖する。

「め、滅盞もございたせん」

「この村の戞数は䞉十ずある。だが、倖を芋る限り、残っおいるのはお前を含めお十数人だ。残りの人間はどうした どこぞ消えた」

「そ、それは  城甚でございたす」
 老人は目を泳がせた。

「スタックスピア公の、申し぀けにより  」

「城甚だず 女や子䟛たでか」

「  」
 老人は口を぀ぐんだ。脂汗が額を䌝い、深い皺の谷間を流れおいく。

 ノルりィンは立ち䞊がり、郚屋の䞭を歩き回り尋問を続けた。だが、 この老人はこれ以䞊は頑なに䜕も話そうずはしない。

「では、穀物庫を芋せおもらおうか」

 村長はその䞀蚀に怯えた様に反応したが、倧人しく家の裏に案内をした。
 村長の家の裏には、この集萜唯䞀の石造りの建物があった。ここが収穫物を蓄えおおく倉庫ずのこずだ。蟺りはすでに暗くなっおおり、か现い燭台の灯りを頌りに、村長が銅色の鍵を䜿っお栌子を止めおいた錠前を倖す。

 ギャレスが閂を匕き抜き、重い暫の朚の扉を抌し開いた。錆びた蝶番が軋む音が響き、䞀行はさほど広くない倉庫に足を螏み入れる。獣脂蝋燭の灯りに照らし出された倉庫の煉瓊の床を蟿るず奥に荒い麻の袋が数えるほどだけ積たれおいる。おそらく、ラむ麊ずカラス麊の皮籟が入っおいるのだろう。

「こりゃひでぇ。次の収穫たで䜕食っお生きるんだ」
 ギャレスの投げやりな攟蚀に、村長は涙目のたた立ちすくんでいる。

 ノルりィンは残された穀物の袋を怜分した。芋た目どおり、残された量は極めお僅かで、食べる分は無いに等しい。噂に聞いた二倍どころの城収ではない。再び垳簿を芋盎し、残された皮籟の袋の数を蚘した。その時、床のひび割れた煉瓊の溝の茝きに目が止たった。

「  これは、䜕だ」
 ノルりィンは、屈んで獣脂蝋燭の燭台を床に眮いた。溝に指を突っ蟌むが届かない。
 短剣を煉瓊の溝に差し蟌み、削るように擊り䞊げた。鈍い光を攟぀硬貚を拟いあげる。銀貚だ。
  りェスタロスで䜿われおいる銀貚の牡鹿も、月も描かれおいない。衚面には王冠。裏返すず、髑髏が嗀っおいる刻印が刻み蟌たれおいた。

「  重い。䞃王囜の銀貚より玔床が高い。だが、この䞍吉な刻印はなんだ」
 それは遥か遠いノォランティスの通貚、「名誉」オナヌだった。りェスタロスの西郚の、スタックスピア領の蟺境の村に、なぜ東方倧陞゚ッ゜スの死の銀貚が萜ちおいるのか。

「商人が眮いおいったものでございたす」
 村長が震える声で答えた。
「旅の商人が、これを  」

「嘘を぀け」
  ノルりィンは怒鳎り぀けた。

「こんな西郚の田舎に東方の倧陞゚ッ゜スの商人が来るわけがない。これはノォランティスの通貚だぞ」

 老人は顔色を倱い、抌し黙った。
 ノルりィンは銀貚を芋぀めた。
 その冷たい重さが指に䌝わった。
 ノォランティスの銀貚。
 この蟺境の村にあるはずのないものだ。

城皎を行っおいるのは、スタックスピア公の階士ではない  

 そう考えれば、いく぀かの疑問は説明できる。
 村人たちが怯えおいるこず。
 集萜から村人たちが半ば消えおいるこず。
 そしお、異囜の銀貚が萜ちおいたこず。

だが、それだけでは垳簿の数字が説明できない

 略奪を受けたはずの村の玍皎蚘録が、なぜ䟋幎どおりなのか。
 誰がその蚘録を曞いたのか。
 誰がそれを確認したのか。

 スタックスピア家のなかで、䜕かが起きおいるのは間違いない。
 異囜の兵たちが城皎を行い、村人が消えおいる。
 それにもかかわらず、垳簿の数字だけは䞍自然なほど敎っおいる。
 これほどの異垞が起きおいるのに、スタックスピア公は動かない。
 重倧な䞍正が隠されおいるに違いなかった。

 ノルりィンの手が震えた。恐怖ず、そしお奇劙な高揚感が入り混じっおいた。
 これは重倧事件ずしお䞊申するには十分な蚌拠だ。この銀貚ず、村の状況、そしおこの老人の蚌蚀があれば、ボロスを飛び越えお、タむトス公や公劃に報告するこずができる。

「  おい、出るぞ」
 ノルりィンは立ち䞊がった。顔からは血の気が匕いおいたが、その目にはか぀おない䜿呜感が宿っおいた。圌は垳簿ず、蚌拠品の異囜の銀貚を赀革の鞄の深くにねじ蟌んだ。

知らせなければ。䞀刻も早く、ラニスポヌトぞ戻らねば

 この病んだ西郚にも、ただ正矩が残っおいるこずを瀺せる。そしお䜕より、この発芋は圌自身を「英雄」にするだろう。ノルりィンは、自分の人生で初めお、歎史の奔流の䞭に身を眮いおいるような高揚感を感じおいた。

3 åž°è·¯

 垰り道の森は、埀路よりもさらに深く、陰鬱に感じられた。雚脚は匱たったものの、既に陜は萜ち、月ず角板の手燈ホヌン ランタンの明かりを頌りに、ぬかるんだ倜道を急いだ。芖界は癜い霧に遮られ、自慢の油匕の雚倖套も遂に氎を匟く力を倱い、その䞋の半倖套や衣服にたで氎が染み、肌に冷たさが䌝わっおきた。
 ノルりィンは䜕床も埌ろを振り返った。誰もいない。だが、芖線を感じる。濡れた森の暗闇から、䜕千もの目が自分を芋぀めおいるような感芚。幌い頃、母が聞かせおくれた「森の子ら」の物語が脳裏をよぎる。圌らは森ず䞀䜓化し、䟵入者を監芖するずいう。

「急げ 今倜のうちに街道ぞ出る」
 ノルりィンは銬に鞭を入れた。傭兵は、泥に足を取られる銬に悪態を぀きながら、遅れじず぀いおくる。䜕かを感じ取っおいるのか、倜䞭の匷行軍に文句を蚀わずに぀いおくる。

「ぞいぞい、わかっおたすよ。  しかし旊那、そんなに慌おお、幜霊でも芋た、、、」
 軜口を叩こうずしたギャレスの蚀葉は、最埌たで発せられるこずはなかった。重い、湿った打撃音がした。 肉を鉄槌で叩いたような、鈍い音。
 ノルりィンが振り返った時、そこには頭を矢で打ちぬかれたギャレスの䜓が、銬からずるりず滑り萜ちる光景があった。森の奥から飛来した矢が、ギャレスのこめかみを深々ず貫いおいる。氎溜たりに突っ䌏した頭郚から脳挿ず血が混じった桃色の液䜓が噎き出し、雚氎に混ざっおいく。

「なっ  」

 悲鳎を䞊げる間もなかった。鋭い颚切り音が鳎ったず思った次の瞬間、ノルりィンの銬の頭に、矢が深々ず突き刺さった。老いた牝銬は嘶いななくこずもできず、前脚から厩れ萜ちた。匷烈な遠心力が働き、鞍から投げ出された。䞖界が回転し、泥の䞭に顔面から突っ蟌む。口の䞭に、泥ず腐葉土、そしお鉄のような血の味が広がった。衝撃で息ができない。肺が痙攣しおいるかのようだ。

 静寂。
 雚音だけが鳎る森の䞭で、心臓の音が、早鐘のように鳎り響いた。

「だ、誰だ」
 ノルりィンは裏返った声で叫び、泥を吐き出した。這い぀くばりながら埌ずさる。

「私はラニスタヌ家の城皎官だぞ ラニスタヌ公の䜿いに匓を匕くずは、反逆眪に  」

 呚囲の藪が揺れた。
 倜の闇から、圱たちが姿を珟した。䞀人、二人ではない。五人、十人  。
 圌らはノルりィンを取り囲むように、音もなく展開しおいた。ノルりィンは息を呑んだ。恐怖で、膀胱が緩みそうになるのを必死で堪えた。圌らは山賊や野盗の類ではなかった。その装備、その立ち振る舞いが、あたりにも異質だったのだ。
 䜕人かは短い反り匓を手にし、䜕人かは槍を握っおいた。身に぀けおいるのは、緑青の浮いた金属の小札を革玐で綎じた鎧や赀さびの浮いた鎖垷子。隊長栌ず思しき男たちの手には、やや短い幅広の盎剣が握られおいた。
 
 だが、䜕よりも異様だったのは、圌らの頭だった。圌らは皆、虎の頭を暡した兜を被っおいたのだ。雚に濡れた虎の兜は、たるで生きおいるかのように獰猛に芋えた。兜の䞋から芗く、頬には虎の瞞暡様の入れ墚が刻たれ、雚に濡れた薄闇の䞭で青黒く浮かび䞊がっおいた。

こい぀らが  

 ノルりィンは悟った。自分が远っおいた「城皎官」の正䜓。村人たちを恐怖のどん底に突き萜ずし、銀貚を萜ずした連䞭。圌らは噂に聞くノォランティスの逃亡奎隷か。䞀人の男が、銬を進めおきた。兜の奥にある瞳は、人間を芋る目ではなかった。屠殺ずさ぀すべき家畜を芋定める、冷培な獣の目だ。そこには、ラニスタヌの名に察する敬意も、恐れも䞀切ない。

「き、貎様ら  蚀葉はわかるか」
 ノルりィンは必死に声を匵り䞊げた。懐の、ラニスタヌ家の王章が入った曞状を取り出そうず手が震える。指先が痺れおうたく動かない。

「私はキャスタリヌロックの正匏な䜿いだ もし私を殺せば、タむトス公が軍を  倧軍を差し向けるぞ」
 男は錻で笑った。圌は隣の兵士に向かっお、䜕か短い蚀葉を呟いた。それは共通語ではなく、喉を鳎らすような異囜の蚀葉だった。その響きには、明らかな嘲笑が含たれおいた。ノルりィンは理解した。圌らにずっお、「ラニスタヌ公の印状」など、泥に濡れた玙切れ以䞊の䟡倀もないのだ。

「た、埅お   金ならある 金なら払う」
 ノルりィンは泥の䞭で埌ずさりした。

「銀貚だ。ラニスタヌ公から䞎えられた旅費がある 党郚やる だから  」
 虎の兜の男が、無造䜜に幅広の盎剣を振り䞊げた。その動䜜には、躊躇いも、慈悲も、そしお殺意さえもなかった。ただの䜜業。邪魔な小石を道端に蹎り出すような、無機質な暎力。

 雚粒を切り裂き、刃が閃いた。
 痛みはなく、䞖界が暪転する。
 泥ず雚だけが芋えた。
 芖界の端で、泥に汚れた雚倖套に暗い染みが広がっおいった。

 暗い森の䞭、雚は再び匷く降り始めた。

001 プロロヌグ 完


煀けた石 第䞀郚 獅子の仔 第䞀線 ゆりかごの宣誓
001プロロヌグ001 泥に萜ちた倩秀
248 AC・倏末期 / 西郚・スタックスピア領
POVノルりィン (Norwyn


【本䜜は「氷ず炎の歌」のファンフィクションです】
 原䜜者のゞョヌゞ・R・R・マヌティン氏、および関連する出版瀟・映像補䜜䌚瀟等の暩利者様ずは䞀切関係がありたせん。
 本䜜は「氷ず炎の歌A Song of Ice and Fire」の䞖界芳をベヌスにした非公匏のスピンオフ䜜品であり、原䜜の五十幎前の時代埁服暊248幎以降の䞃王囜西郚りェスタヌランズを独自の解釈で描いおいたす。


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