
【労働衛生小説】クサいモノにはフタをシロ シリーズ②「なんともないですよ」 第二十三話 違うにおい
第二十三話
違うにおい
第一製造棟を出ると、目の前には第二製造棟がある。
二人はその脇を抜け、管理棟の北側にある研究試験棟へ向かった。
中村が入社する少し前に建てられた建物だ。
中村は玄関を開ける。
製造棟のような機械音は聞こえない。
人の話し声まで小さくなるような静けさがある。
製造現場とは、まったく違う空気が流れていた。
廊下を数歩進んだところで、中村は鼻に意識が向いた。
甘いにおいがする。
この建物へ来ると、いつも感じるにおいだった。
中村は一つの試験室を軽くノックした。
「失礼します。少し見せてもらってもいいですか」
白衣姿の西岡が振り向く。
研究開発部主任の西岡だ。
四十代前半。
落ち着いた雰囲気の女性だ。
「どうぞ」
西岡がうなずく。
中村と香島は軽く会釈をして試験室へ入った。
においは少し強くなった気がした。
「……においます、よね?」
中村は香島を見た。
香島は静かにうなずいた。
「そうですね。おそらく、有機溶剤かと」
それだけ言うと、香島はゆっくり歩き始めた。
実験台が整然と並ぶ。
棚には試薬の入った瓶やガラス器具が並んでいる。
壁際では、研究員がドラフトチャンバーの中で薬品の量を量っていた。
前面のガラス扉だけを開け、両手を差し入れて作業している。
ドラフトチャンバーは、危険な化学物質などを扱うための排気設備だ。
ほかにも、
試験管を手に実験台へ向かう人。
分析装置の前でパソコン画面を見つめる人。
誰もが自分の実験に集中していた。
香島はあたりを見回し、試験室の奥へ歩いていく。
研究員一人ひとりの作業を静かに見て回る。
入口まで戻ってくると、一度息を吐いた。
ほんの少し肩の力が抜けたように、中村には見えた。
「……なるほど」
中村も同じ方向へ目を向ける。
何かある。
そんな気がした。
だが、何が気になるのかは分からなかった。
次の話
第二十四話 研究者って
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