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吾輩は地理学徒なり1|夜行

    まえがき

    まだ春浅き──ではない、盛夏真っ只中の信濃路へ向かう我ら四名。
    貧乏学生故に金はない。だから特急には乗れない。八時のあずさに乗れぬ我らは、狩人のように孤高でも、別れを告げる旅人でもない。
    ゆえに鈍行のボックス席に、荷物と共にぎゅうぎゅうに押し込まれている。その片隅で、我は同行の徒のけたたましい理系談話を聞くともなしに聞いていた。

    Kはすでに植物分類の話をはじめており(むさ苦しい)、
    Mは高山植物の素晴らしさを語り(とても嬉しそう)、
    Sは今日の晩餐を目を輝かせながら論じている(小さいくせに声がでかい)。

    一言でまとめれば、うるさい。
    そして、愛すべき馬鹿人(ばこうど)たちである。

    そんな思いを振り払うように、独りごちる。
    左手の車窓から、覆い被さるように赤石山脈北端の花崗岩の尖峰が見える。

    吾輩は地理学徒である。されど、漱石に非ず。
    伊能忠敬の末裔にして、太宰と森見に歩みを重ねんとする男。
    地形に心を捧げ、凹凸に酔い、等高線を読み解かんとする偏屈なる文士である。
    そして今、我は三名の理系馬鹿人と共に、白馬岳へ向かう鈍行に揺られておる。


    吾輩は地理学徒なり1|夜行

    斯くして我は、若き三名の理系馬鹿人と共に白馬岳へ向かう。

    『

    「まっつもとぉー、まっつもとぉー、まつもとです」

    夜を衝いてホームに滑り込んだ中央線経由の鈍行(略すれば即ち「夜行」たり)から松本駅に降り立った我は、その人口密度に息を詰めた。

    松本駅は、平成当初、夢と青春特有の酸っぱい汗が詰まったデカくて汚い背嚢に溢れていた。それは、有象無象の集団が大挙をなして一ヶ所に押し寄せる暴挙であった。
    然れど、この群のひとりひとりは、翌日の南小谷行き大糸線の始発に乗るロマンチストという存在である。

    かくいう我々も他聞に漏れぬその一員である。
    床という床は浮かれし者どもが占拠し、秩序があるのかないのか分からぬ有様。だが、やれ電気ブランだやれ偽電気ブランだと阿呆のように騒ぐ者は不思議とおらぬ。すべては明日の登攀のため、賢者はただ眠る。然れど、リノリウムの床の堅さたるや我の快眠を妨げる。時折、自販機が低い唸り声を上げるのも全くもっていただけぬ。

    ◇

    我の周囲には、同行の若き士三名が集っておる。ならば我、このあわいを活用し、各々を存分に紹介せむ。
    なお、何れも吾輩の主観であることは努々忘れるべからず。

    まず一人目は、理学部の若き植物学者で朋友のK氏。既に高いびきである。
    こやつは植物分類に命を懸けておる。ドーベルマンの如く精悍な顔立ちとしなやかなる躯体、ただ立っておれば物語の主人公も斯くあるやという風貌なれど、学的情熱が表情筋にまで滲み出ておる故、ひとたび語りはじめれば、暑苦しいことこのうえない。

    ◇

    その隣がM嬢。生物工学を専攻する才女である。
    犬種でいえばレトリバーか。未来の身近な少女たちが、波打ち際で水しぶき跳ねながら、ミネラルウォーターを回し飲みするだけでどきどきするような光景を彷彿とさせる。ん、時空が狂うておると?ならば、我はラブラドールよりゴールデンへの偏向ありて、あの黄金のもふもふには抗えぬと付け足しておこう。

    まあ、それとしてだ。
    これも静かに立っておれば百合か芍薬かといった様相だが、断じて喋らせてはならぬ。つい先刻も鈍行のボックス席で、Kと共にヨツバシオガマだタカネシオガマだなどという談義をかましておったところだ。塩竃なれば歌枕。嗚呼、「浦漕ぐ舟の綱手かなしも」。自走できずに他者に曳かれる舟の悲哀が漂っておる。

    話を戻せば、理系の輩、得意分野になると何故に斯くも等しく饒舌になるや。我には真似できぬ芸当なり。理系のノリには付いては行けぬ。只一つ口を挟むならば、今しがた車窓から見えし地蔵岳(鳳凰三山の一)のオベリスクこそ目に入らぬか?天を衝く花崗岩の大尖塔は神が創り給うた芸術作品に他ならぬ。今こそ両の眼を見開いて刮目せよ。そして、心の野帳にその姿刻むべし(回想終わり)。

    「@=¥#%(?……アカミド・ミソロジーΔΨm………むにゃ……∴∵Δλ〜」

    今も当のMは、吾輩の好き勝手なモノロォグなどつゆ知らず、寝言とは到底思えぬ謎の言語を口走っておる。然れども、我の辞書には該当語彙が掲載されておらぬ故、生憎ながらここには記せぬ。これ即ち生来共通言語を持たぬ間柄と心得よ。

    ◇

    最後はS嬢。見た目、言動のいずれもポメラニアンの茶色種としか喩えようがない。
    こう見えて体力馬鹿なれば、無限に芝生なんぞを走り回るようなイメージである。ちょこまかと無駄な動きが小動物らしく実に愛らしい。寧ろポメとはそういう存在であり、そういう定義の乙女こそポメであろう。

    まるで森見の性癖の塊のような乙女ではないか。但し、装幀の中村絵に非ず、文庫版「あとがき」の羽海野絵など連想されよ。よいか、ここは大切なお約束であるぞ。

    宜なるかな、元スポーツ少女で、小麦色に焼けたポメが、何処ぞの表彰台の中央に立ちしスナップを閲覧する機会に恵まれた。まぁ、あれだ。夏休みの小学生であるな。短パンがよく似合うておる。陸上競技のインハイ常連だったらしいが、それを本人は明確には語ってはおらぬ。その頃の話題には決まって言葉を濁すが、その理由は我には分からぬ。

    現在は、体育学部のスポーツ栄養学を極めんとしておる。競技を志す後輩をバックアップせんとする崇高な思想であって、食い意地が張っているわけでは、たぶんないぞ。

    寝袋に包まれてもなお、芋虫のようにもぞもぞと謎の蠢き見せおる。「にゅふふふー」などと謎の鳴き声が聞こえるが、蓋し故郷銘菓の甘い夢でも見ているのであろう。

    ◇

    かくいう吾輩、申し遅れたが名はW。孤高をこよなく愛するナイスガイだ。
    我が県土は関東平野の片隅に位置し、伊能先生の偉業とチバニアンと落花生がある限り、その存在価値は決して揺るがぬ、と信じて疑わぬ。

    犬種に喩えれば、無論千葉犬と言いたきところなれど、あれは犬のようで犬ではない。犬でないなら何であるか、それは我にも分からぬ。かような赤毛の犬が実在するわけがなかろう。赤毛なのはアンである。いやアンならば赤毛でなくてはならぬ。斯くの如き不思議な生き物なれど、そもそも不思議とは何ぞや。永遠の命題であるが、先を急ごう。

    「だからエゾマツではない、トウ………」

    「=@#%¥)?………ニャゴ・ヤカシノジー」

    「にゅふふふー」

    併せて、ぶぅぅぅぅぅん。と無機質に唸る深夜の自販機。

    四者四様の寝言ですら我が至高の語りへのツッコミ、まこと痛み入る。

    ならば我、オベリスクに四肢で立つ一匹狼に違いなかろう。コミカルなれど孤高の存在、それこそが我である。諸君、異議はあるか?あれども一切の反論は認めぬ。

    然らば何故世の塵芥に群れておるかと問われれば、
    狼が群を好むのは生来の生存本能なり。
    狼群れねば生きられぬ。
    生きられねばそれは狼に非ず。
    すなわち、一匹狼たれど群れるは必至(証明終了)。

    ◇

    さて、これより語るは、本邦の最高学府にまみえし、キャラも専攻も違う四人の若き若人、言葉が被っておるな、若き馬鹿人(ばこうど)の暑苦しくも実にくだらない、そして取るに足らない青春譚である。

    我々は卒業を間近に控えた前途も洋洋たる四回生であり、卒業記念の登山で白馬岳に向こうておる。このアオハル直中のイベントは、Kめの発案で実現した。ついでと言ってはなんだが、白馬岳の山頂付近に咲くとある花、子細を把握しておらぬが、その花の前で、苟もKはSに心中を吐露する旨、千一夜の物語の如く延々と聞かされたものであるが、それは我のあずかり知るところではない。

    何故なら吾輩は孤高の文士。世は吾輩を理系という。否、吾輩は文学部地理学科自然地理専攻の士にして、平成の伊能忠敬なり。地理学と山岳地形とに我を捧げ、太宰と森見の系譜に歩みを重ねんとする男である。

    諸君は我が語りを長く饒舌な物と断じるやも知れぬ。然れど人間は物語る葦である。我語る故に我あり。我語らずんば我に非ず。語らずんば人に非ず。──ならば語るより他あるまい。故に是は冗長に非ず、豊饒の織物(テキスト・スタイル)なり。

    ◇

    斯くして、我らは松本駅で眠れぬ夜を過ごし、早暁、まだ夢の中におるS嬢を荷物ごと担ぎ、大糸線の始発に駆け込むのである。

    わたしはLEDの硬質な光源の下で目を細めた。
    そこにはどんな転倒と逆転が潜んでおるか。心してご覧ぜよ。

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