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照射|3Hzの揺らぎ|あわいの掌編集11|風まかせ文芸部《揺らぎ》

    その週の間、週末の天気予報は、いつまでも確定しなかった。
    だけど、これは天候の周期的な推移であって、この季節にはよくあること。
    何とやらと秋の空、って言うじゃない。
    晴れたり曇ったり、この季節特有の気まぐれな空模様。

    でも、わたしは理性的な観察者。
    そんな外的要因に一喜一憂したりはしない──たぶん。

    山登りなんて、はじめから口実に過ぎないのよ。
    だから、その日がたとえ大雨だって構わない。
    気にしているのは、久しぶりに彼と会うという事実のほうだ。

    卒業してから、彼は地球の裏側まで行ってしまった。

    あれは、観察の一環だったのよ。そういう振る舞いを演じたかっただけ。
    でも、わたしは彼の領域に踏み込みすぎた。
    そのとき、わたしは観測者ではなく、醜いほどに女だった。
    それは、もはや科学ではなく感情の露呈だった。
    その揺らぎは、もう何年も経つのに、今も心の奥で燻っている。
    そのまま、ここにある。

    ◇

    白いベッドに広げられた色とりどりの服の花を見おろす。
    まるで、夏山のお花畑の縮図みたい。我ながら、ずいぶん散らかしたものね。

    だけど、山登りなんだから機能性の一択なのよ。
    色は、どうでもいいわね。わたしらしく黒──だけど、ラベンダーも悪くない。
    この薄紅色なんて、いつの間に増えたのかしら。
    それを胸元にそっと当ててみる。
    この胸の火照りは、新種の熱病かしら。
    でも、ぜんぜん嫌いじゃない。

    今日は、鏡に映る自分と幾度となく目が合った。
    何となく、ぜんぜん他意はなく、にっこり笑ってみる。

    ──チェシャ猫?
    いったい何をやってるの、わたし。
    鑑の中の自分にツッコミを入れ、少しだけ自己嫌悪。

    そうそう、馴染みのサロンにも予約を入れなくちゃ。
    先週行ったばかりだけれど、髪を整えるのは必須事項ね。
    でも、帽子を被ったら見えなくなっちゃうのは、少し残念ね。
    いえ、何でもないわよ。

    お化粧もしっかりしないと。
    そこに、ぜんぜん他意はないのよ。だけど、紫外線はお肌の大敵なの。
    ダメージは年齢とともに指数関数的に蓄積するし、高山帯のUVAは特に過酷よ。
    以前、Tekito & Iiwake(1975)が、科学的に実証していたわ。
    だから、わたしはできる限り最高のメイクをするべきよ(Q.E.D)。
    これは、科学者として、理に適った判断なのよ。

    愛用のウェアラブルデバイスが観測し続ける心拍数は、
    このところ、通常値より平均で3パーセントほど高い傾向にある。
    でも、この程度の変化なら統計的な有意差は観測されない。
    だって、測定値の揺らぎ自体が異様に大きいのだから。
    U.So & H.Appyaku(1988)によれば、これは、典型的な観測誤差ね。
    ……たぶん。

    ◇

    左ナナメ45°付近から、彼が呆れ顔で見つめてくる。
    初学者レベルの解釈の誤謬ですって?

    ウルサイわね、もう。あなた、査読者か何かなの?

    視線を思わず右下30°にぷいっと逸らす。
    その行為自体に、本当に、ほんとうに他意はないのよ。

    ◇

    そして、迎えた再会の朝。
    駅前は、雲量73パーセント程度の、晴天とも曇天ともつかない空模様。
    気象予報士さんお気の毒様という典型的な空色でした。
    でもそれは、再会したばかりのわたしたちの距離感とは別問題よ。

    バス乗り場に立つ彼は、孤高の狼ムーブを自分で演出して、どこか得意げにみえた。
    ほんと、相変わらずね。
    彼に手を振る。不意に光を帯びたまなざしに、わたしの知らない色がひとしずく落ちる。

    耳の裏側が少しくすぐったい。その感覚はどの公式にも当てはまらない。
    制御不能な感情を押し殺して、観測者たろうと努める。

    わたしは少し背筋を伸ばし、黒猫のようにつんとして一声を発した。
    内なる尻尾の揺れに、少しばかり意識が行く。

    「……本当に、久しぶりですね」

    なぜかしら、いつもより声帯振動が3Hzほど高いのだけれど。

    へんね。調律を間違えたのかしら?

    ◇

    わたしは観測者である。
    観測者は被観測者に干渉せず、被観測者の影響を受けない──のに。
    なのに、あの日の自分の行動が、いまだ解釈不能のまま残っている。
    それ以来、彼との距離を測るたび、世界の輪郭がかすかに揺らぐ。
    その揺らぎが、わたしの次の一歩をためらわせる。

    ──これは、観測者が観測不能に陥る、少し前のお話。

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