【前編】1センチの粘土層から始まった、恐竜絶滅の謎──「隕石衝突説」はどう生まれたのか
6600万年前、巨大な小惑星が地球に衝突し、恐竜を含む生物の大量絶滅を引き起こしました。

今ではよく知られている話ですが、改めて考えてみると不思議です。
6600万年も昔の出来事で、しかも「恐竜を滅ぼしたのは宇宙から飛んできた小惑星だった」というのは、まるでSFのような話です。いったい、どうやってその原因を特定したのでしょうか。
その謎解きの出発点は、イタリアの山あいに残された、わずか1センチほどの赤褐色の粘土層でした。
「1センチの粘土層」という時空のタイムカプセル
イタリア中部の山あいに、長い歴史を持つグッビオという町があります。

その郊外にあるボッタチョーネ峡谷には、「スカーリア・ロッサ(赤いウロコ)」と呼ばれる赤~ピンク色の石灰岩が、何層にも重なって露出しています。これらは、かつて深い海の底で非常に長い時間をかけて堆積した岩石です。
その中に、上下の厚い石灰岩に挟まれるように、数ミリから1センチほどの薄い粘土層があります。一見すると、地層の中にある小さな筋にすぎません。この薄い層が、地球史を大きく変える発見へとつながっていきます。

境界を見つけたスイス人研究者
この地層について研究を行った、最初期の研究者の一人が、スイスの地質学者オットー・レンツでした。
レンツは1936年にグッビオで採取した硬い石灰岩を薄片にして顕微鏡で観察し、そこに含まれる浮遊性有孔虫を詳しく調べました。
有孔虫は、海に浮かんで暮らす微小な生物です。こうした微化石は、地層がいつの時代に形成されたのかを調べるうえで重要な手掛かりになります。

レンツの研究によって、グッビオの地層の中に、白亜紀と、その後の古第三紀との境界にあたる重要な地層が存在することが明確になっていきました。現在、この境界は「K–Pg境界」と呼ばれています。
その後の研究では、この境界を境に、それまで豊富に存在していた白亜紀型の浮遊性有孔虫が急激に姿を消し、上の地層では、より小型の種類が中心になることが分かってきました。

つまり、この薄い地層には、生物相が大きく入れ替わった時期の記録が残されていたのです。ただし、この段階では、その原因が何なのかはまだ分かっていませんでした。
磁気を追う地質学者が気づいた違和感
それから約40年が経った1970年代、この地層に再び注目したのが、若き地質学者ウォルター・アルバレスでした。
ただ、彼がグッビオを研究対象にした目的は、恐竜絶滅の原因を探ることではありませんでした。
地球の磁場は過去に何度も南北が逆転しており、岩石にはその時代の磁場の向きが記録されています。
アルバレスは、この古い磁気を調べる「古地磁気学」や「磁気層序学」を使って、地球の過去を読み解こうとしていました。

その研究の中で、アルバレスは白亜紀とその後の時代の境界にある薄い粘土層に、再び注目することになりました。
そして、この薄い粘土層は、いったいどれくらいの時間をかけて堆積したのだろうかという、素朴な関心を持つようになります。
もし何千年、何万年もかけてゆっくり堆積したのであれば、そこには長期間の環境変化が記録されているのかもしれません。
反対に、非常に短い時間で堆積したのであれば、何か大きな異常事態が起きた可能性があります。
そこでアルバレスは、物理学者でノーベル物理学賞受賞者でもある父、ルイス・アルバレスに、その分析方法について相談しました。
父が提案した「宇宙の時計」
ルイス・アルバレスが提案したのは、宇宙から地球へ絶え間なく降り注いでいる「宇宙塵」を利用する方法でした。
基本的に地球表面の岩石には、イリジウムはほとんど含まれていません。一方で、隕石や小惑星などの地球外物質には、地球の地表に比べてイリジウムなどの白金族元素が豊富に含まれています。
こうした宇宙塵は長い時間をかけて地球に降り積もっているため、その供給量を基準にすれば、堆積物中に取り込まれたイリジウムの量から、地層の堆積速度や堆積に要した時間を推定する手掛かりになるはずでした。
ところが、グッビオの境界粘土から検出されたイリジウムは、周囲の地層に比べて約30倍という異常な濃度を示しました。

予想を覆した異常値──イリジウムの謎
しかも、これはグッビオだけの現象ではありませんでした。
世界各地には同じ時代の境界粘土層があり、例えばデンマークのステヴンス・クリントでは約160倍、ニュージーランドでは約20倍という高い濃縮が確認され、同じ時代のイリジウム異常が世界各地に存在することが分かってきました。

これは、単純に「宇宙塵が長い時間をかけて少しずつ降り積もった」と考えるだけでは説明しにくい現象でした。むしろ、ある時期に大量の地球外物質が一気に地球全体へ運ばれたと考えたほうが自然です。
そして1980年、アルバレス親子と本研究に協力した核科学者フランク・アサロ、ヘレン・ミシェルは、この結果から「白亜紀末の大量絶滅には、巨大な地球外天体の衝突が関係しているのではないか」という大胆な結論を導き、Science誌に論文を発表しました。
グッビオの地層は、こうして「大量絶滅の原因」を探るための重要な場所になっていきます。
世界を揺るがした「隕石衝突説」
その論文では、衝突した天体の直径をおよそ10kmと推定しました。
後の研究によれば、この衝突によって放出されたエネルギーは約10²³ジュール規模、TNT換算でおよそ1億メガトンにも達したと考えられています。これは広島型原爆に換算すると、およそ70億発分に相当します。
衝突によって巨大な地震や津波が発生し、膨大な量の岩石や粉塵が大気中へ放出されました。さらに、衝突地点周辺に存在していた硫黄を含む岩石も大量に蒸発・放出され、粉塵やエアロゾルなどが太陽光を遮ったと考えられています。
その結果、地球規模の急激な寒冷化が進み、いわゆる「衝突の冬」が起こり、光合成を基盤とする生態系が大きな打撃を受けました。そして約6600万年前、この出来事とほぼ同時期に、全生物種のおよそ4分の3が失われる大量絶滅が起こったのです。

しかし、論文を発表した1980年当時、この説には大きな課題が残っていました。巨大な衝突を裏付ける「現場」、つまり巨大なクレーターが、まだ見つかっていなかったのです。
ところが、その「現場」は意外なことに、まったく別の目的で集められていた石油探査のデータの中に、すでにその姿を現していました。
いったい、誰が、どのようにしてその存在に気づいたのでしょうか。続きは後編でご紹介します。
