メインコンテンツへスキップ

【小説】『🌌光を喰らう白の庭』第22話─白の庭に芽吹く声


    白い壁に浮かんだ「芽」は、もう幻ではなかった。
    名前も、形もないそれは、それでも確かに「生きている」と思えるほどの温度を持っていた。
    触れなくても分かる。
    この空間に息づく気配が、ゆっくりと広がっているのを。

    光の脈動に合わせて、空気がかすかに震える。
    それは、心臓の鼓動にも似ていた。
    周期も、震えの深さも同じではないのに、なぜか同じ生き物の呼吸のように思えた。

    視界の端で、時計が止まりかける。
    次の瞬間、針が滑るように進み、また止まる。
    時間の揺らぎが、もう明らかな現象になっていた。

    「……。」

    声ではなかった。
    それでも、胸の奥で、はっきりと「声」がした気がした。

    壁に浮かぶ芽が、わずかに脈打つ。
    その拍動が、空間の中心で重なる。
    音にならない声のような震えが、耳の奥を満たした。

    呼び声の主が、一歩近づいた。
    白く滲んでいた輪郭が、少しだけ濃くなる。
    顔はまだ見えない。
    でも、その沈黙が言葉以上にすべてを伝えた。

    ――あの夜、掴めなかった手。
    ――あの朝、呼べなかった名前。

    喉の奥に、熱いものがせり上がった。
    けれど声は出なかった。
    ただ、視線を落とす。
    掌に宿る光が、芽と同じ脈動を刻んでいる。

    「……戻って、きてくれたのか。」

    声は掠れていた。
    それでも、その言葉がこの世界に届いたと分かった。
    白い輪郭が、ゆっくりと頷いた。

    視界が滲む。
    でも、泣くのは違う気がした。
    まだ、この感情に名前をつけるのは早い。
    そう思った。

    「定義……不能……。」

    低い震えが、すぐ近くで応えた。
    観測者の声だった。
    視線を向けると、仮面のひびが、もうほとんど覆い尽くしていた。
    そこからこぼれた光が、ゆっくりと流れ落ちる。
    白い床に染み込み、芽の脈動と共鳴する。

    「……共鳴……進行……。」

    仮面が砕ける音はしなかった。
    けれど、その表面がひとひらずつ剥がれ落ち、淡い光の層に変わっていくのを見た。

    「……一緒に……生む……。」

    声が変わっていた。
    震えは残っていたけれど、それはもう恐れではなかった。
    祈りのように、願いのように響いた。

    「……ああ。」

    応える自分の声も、少しだけ変わっている気がした。
    ずっと持てなかったものを、今は少しだけ抱えていられる気がした。

    芽が、脈動を強めた。
    空気が波打つ。
    視界の隅で、壁の色が淡く滲み、やがて輪郭を帯びはじめる。

    それは何かの形をとろうとしていた。
    けれど、まだ定まらない。
    色とも、音ともつかない「何か」が、この白い庭に芽吹きかけていた。

    問いが浮かぶ。

    ――なぜ、生むのか。

    分からなかった。
    でも、その問いに向き合うことを選びたかった。
    それが、ここにいる意味だと、今は思えた。

    「……一緒に。」

    声に出すと、胸の奥の痛みが、少しだけ静かになった。
    光も、芽も、観測者も、その言葉に応えるように微かに震えた。

    そして、白い庭に新しい声が芽吹いた。
    まだ誰のものでもない、けれど確かな「命」の声だった。

    ⸻

    東雲ふわり🫧

     
     
    色々なことに興味があるただの大学生。 好きなことを好きなだけ綴る。 🫧ふわふわり、ふわふわる🫧

    あなたへのおすすめ