メインコンテンツへスキップ
見出し画像

教えてください、烏丸先生 #18 ウィルミントンの教会

    教えてください、烏丸先生 #18
    第4章・第3話 ウィルミントンの教会


    転校先の情報が「非公開」になっている場合、いじめ等に関係する人間関係のリセットか、虐待から子供を守るためであることが多い。
    藤野ふじの羅澪らみには、3年前、何かがあった。

    ノートには「教会」と書いてあった。これが家から教会への移動である場合、親から離れた可能性が高い。烏丸からすま先生が、教会に関わっているということではないか。

    教会にも色々なところがある。礼拝堂のみのところ、週末だけ子供を受け入れるところ。その中で、完全に子供を受け入れ、里親のような機能をもつ教会は限られてくる。私は、教会に片っ端から電話をかけることにした。
    用件はすべて同じ。烏丸先生を知っているかどうか。

    三件目で、電話口に変化があった。

    「烏丸先生と、おっしゃいましたか」
    「はい。中学校の教師です。お心当たりはありますか」
    「少々お待ちください」

    保留音が流れた。しばらくして、別の声が出た。

    「牛山うしやま様とおっしゃいましたか。私は、シスター・カタリナと申します」


    聖カトリーヌ教会は、住宅街の中にひっそりとあった。古い石造りの建物で、正面に小さな十字架が立っている。重い扉を押すと、中は静かで、ステンドグラスから光が差し込んでいた。

    「牛山様ですね」

    廊下の奥から、修道服を着た年配の女性が歩いてきた。白い布が顔のまわりを囲んでいる。
    応接室に通された。古い木のテーブルと椅子。窓の外には小さな庭があった。

    「烏丸先生のことで、お話しされたいことがあると」
    「烏丸先生、三月の終わりから連絡がつかないんです」

    シスター・カタリナは目を伏せた。

    「そうでしたか」

    しばらく沈黙があった。

    「烏丸先生と、長いお付き合いがあるんですか」
    「ここの信徒ではありません。ただ、何度かお世話になったことがあります」
    「お世話になった、というのは」
    「困っている方を、ご紹介いただいたことがあります」

    シスター・カタリナはそれ以上は言わなかった。

    「困っている方が、ここに集まっているんですね」

    壁には、子供たちが描いたであろう絵が飾ってあった。絵の出来から、小学生~高校生くらいまでの子供たちのものであった。絵に書いてある名前を探す。

    「藤野羅澪さんも、ここにいるんですか」

    シスター・カタリナは真っ直ぐ私を見たが、何も答えなかった。

    「ここはあくまでも、一時的な場所です。その後の生活を支援できる施設を、ご案内することがあります。全寮制の学校や、支援団体など。一年以上いることは無いです」
    「ここから、別の施設へ移るんですね」
    「ええ。安全な環境で、新しい生活を始められる場所へ」

    私はメモを取った。ノートの言葉が頭の中で並んだ。
    ウィルミントン、教会。フィラデルフィア、聖女。
    教会の次は、聖女。

    「聖女、という言葉を聞いて、何か浮かびますか」
    「私たちシスターにとって、聖女は目指すべき目標の女性よ」

    シスター・カタリナは優しい目をしていた。

    「けど、あなたにとっては違う意味になるのでしょうね」
    「違う、意味」

    「聖カトリーヌ女学院。聖女、と呼ばれることがあるわ」

    シスター・カタリナは優しい目のままだった。

    「私からは、ここまでかしらね」
    「ありがとうございます」

    「烏丸先生が、見つかりますように」

    シスター・カタリナは扉の向こうで手を振りながら見送ってくれた。
    五月の風は、太陽を雲で隠しはじめていた。


    車に戻り、ノートを開く。

    フィラデルフィア 聖女。
    聖カトリーヌ女学院。カトリック系の全寮制の中高一貫の女子高だ。
    学校名と氏名で検索しても、インターネットには出てこなかった。

    氏名を、変更している可能性がある。

    虐待などをしていたのが親であった場合、守るために通名を使うことがある。
    藤野羅澪は、今は違う名前で生活しているのではないか。

    フロントガラスに、降り始めた雨が音を立てた。


    私は事務室で、過去の部活動名簿を見ていた。
    三年前の四月は中学三年生。
    三年生まで部活に所属していたのであれば、高校でも続けているのではないか。

    陸上部 三年 藤野 羅澪

    いた。
    当時の顧問は既に異動してしまっていた。
    体育の鷹尾たかお先生なら何か知っているのではないか。

    「鷹尾先生、少しよろしいですか」
    「また卒アル?」
    「いえ。転校していった藤野羅澪という生徒、覚えていますか。転出記録に記載漏れがあって」

    この学校在籍最長の鷹尾先生は顎に手を当てた。

    「藤野か、覚えてるよ。だけど、藤野の転出先は非公開じゃないのか」
    「それが部活動の欄が空欄でして、陸上部で合ってますか」
    「あんまり学校来なかったけど、陸上部だったよ。長距離走ってて大会まで応援しに行ったよ。元気だといいな、あいつ」

    懐かしむように、鷹尾先生は目を細めて窓の外を見た。
    今回のような場合、転出先がどこか、その後どうなったのか、同じ学校の教員でも情報はかなり限定される。教育に携わる立場として、卒業まで関われなかった先生たちはどんな気持ちだろうか。

    「そうですね」

    鷹尾先生の気持ちを推し量るのは失礼な気がして、当たり障りない相槌を打った。
    雨で水溜まりができていく校庭を見ながら、鷹尾先生は「ああ」と言った。


    「聖カトリーヌ女学院 陸上」と検索すると、大会や記録会の出場者一覧が出てきた。
    聖カトリーヌ女学院の3年生で長距離の選手は、一名しかいなかった。

    高校3年女子 3000メートル 桜井 エマ

    次の大会は、今週の土曜日だった。
    陸上の大会は、雨でも行われるのだろうか。



    ▶NEXT #19 フィラデルフィアの聖女
    ▶BACK #17 ドーチェスターの家

     
     
    趣味の創作アカウントです。 小説「教えてください、烏丸先生」 シーズン1:全6章・30話。完結・公開済。 失踪した教師と、残されたノートを辿る物語。 シーズン2:全6章・31話。完結・公開済。 少しおかしくて、少し苦い学園ミステリ。 いろいろ書けたらいいな。

    あなたへのおすすめ