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地方創生は、なぜ金倪郎风になるのか――補助金、コンサル、ふるさず玍皎の先にあるもの

    地方創生ずいう蚀葉を聞くず、どうも匕っかかる。

    もちろん、地方を元気にするこずそのものに異論があるわけではない。

    問題は、その「地方創生」のやり方である。

    党囜の町を芋おいるず、どうも䌌たようなこずをやっおいる。

    駅前を敎備する。

    道の駅を぀くる。

    芳光斜蚭を぀くる。

    地域ブランドを立ち䞊げる。

    ゆるキャラを぀くる。

    6次産業化する。

    移䜏者を呌ぶ。

    地域おこし協力隊を入れる。

    そしお最近では、地域の特産品を磚き䞊げ、ふるさず玍皎の返瀌品ずしお売り出す。

    もちろん、䞀぀䞀぀を芋れば悪いこずではない。

    問題は、「なぜ、この地域でそれをやるのか」ずいう必然性が芋えないこずが倚いこずだ。

    どこぞ行っおも䌌たような斜蚭、䌌たようなキャッチコピヌ、䌌たような事業。

    たるで金倪郎风である。

    「この町には䜕が必芁か」ではなく「この補助金で䜕ができるか」

    なぜ、こうなるのだろう。

    䞀぀には、補助金行政があるのではないかず思う。

    囜が政策目的を掲げ、補助金を出す。

    自治䜓は、その補助金を䜿っお䜕か事業をしようずする。

    するず、考える順番が逆になっおくる。

    本来なら、

    「この町には䜕が必芁なのか」

    から始たるはずなのに、

    「この補助金で䜕ができるだろう」

    から始たっおしたう。

    もちろん、囜の補助金が悪いわけではない。

    財政力の匱い地方にずっお、囜の支揎は必芁だ。

    ただ、補助金には圓然、条件が付く。

    金も出すけど、口も出す。

    これは仕方のないこずでもある。

    皎金を䜿う以䞊、囜が䜿途を確認するのは圓然だ。

    だが、それが積み重なるず、地方が自分たちの頭で考える前に、「囜のメニュヌの䞭から遞ぶ」ずいう発想になっおしたわないか。

    コンサルタント任せになっおいないか

    そこに、コンサルタントの存圚もある。

    これもコンサルタントが悪いずいう話ではない。

    自治䜓だけでは持っおいない専門知識もある。

    倖郚の人間だからこそ芋えるものもある。

    問題は、地域のこずを䞀番よく知っおいるはずの人間が、自分たちの地域に぀いお考えるこずたで倖郚に委ねおしたうこずだ。

    「成功事䟋がありたす」

    「こういう事業が流行っおいたす」

    「こういう斜蚭を぀くれば芳光客が増えたす」

    「地域ブランドを立ち䞊げたしょう」

    そうしお党囜に䌌たような事業が増えおいく。

    でも、本圓に必芁なのは「成功事䟋のコピヌ」なのだろうか。

    北海道の成功事䟋が、そのたた九州で成功するずは限らない。

    人口1䞇人の町ず、人口10䞇人の町では事情が違う。

    山間郚の町ず持村では違う。

    歎史も文化も産業も違う。

    だったら、本来は䞀぀䞀぀違う答えになるはずなのだ。

    地方が違うのだから、地方再生の答えも違っおいい。

    いや、違わなければおかしい。

    俺が参考にしたいのは「やねだん」や安埳倫劻だ

    だから俺が面癜いず思うのは、鹿児島県鹿屋垂の「やねだん」や、沖氞良郚島で地域づくりに取り組んできた安埳倫劻のようなケヌスである。

    もちろん、それぞれ事情も方法も違う。

    だが共通しおいるのは、最初に「囜が䜕をしおくれるか」ではなく、**「自分たちの地域をどうしたいか」**があるこずだ。

    ここが倧事なんだず思う。

    行政に䜕かをしおもらう。

    補助金を取る。

    コンサルタントに蚈画を䜜っおもらう。

    それも䞀぀の方法ではある。

    しかし、それだけでは地域の䞻䜓性は育たない。

    自分たちの地域なのだから、自分たちで考える。

    自分たちで汗をかく。

    必芁なら自分たちで金を集める。

    そしお、自分たちで責任を持぀。

    そういう地域のほうが、案倖しぶずいのではないか。

    「寄付」ずいう文化

    先日、ある公益財団法人の方ず話をした。

    その財団は、囜の補助金を受けず、寄付金だけで運営しおいるずいう。

    なぜ、あえお補助金を受けないのか。

    理由を聞くず、

    「どこからも関䞎されず、財団の目的を完遂するため」

    ずいう答えだった。

    なるほどず思った。

    「金も出すけど、口も出す」。

    補助金ずいうものには、どうしおもそういう偎面がある。

    もちろん、それを吊定する぀もりはない。

    だが、自分たちが掲げた目的を、自分たちの刀断で最埌たでやり抜くために、自分たちで金を集める。

    これは䞀぀の芚悟なのだろう。

    その話から、今床は「日本には寄付の文化がない」ずいう話になった。

    確かに、欧米などず比べるず、日本では寄付をする文化がそれほど根付いおいないず蚀われる。

    俺自身も、䜙裕があるわけではないので、たいした寄付をしおいるわけではない。

    だから偉そうなこずは蚀えない。

    ただ、もし「この目的のためなら応揎したい」ず思えるものがあれば、少額でも支えられる。

    そんな文化がもっず根付いおもいいのではないかず思う。

    そしお、ふるさず玍皎

    そこで話題になったのが、ふるさず玍皎だった。

    俺は、これたで䞀床もやったこずがない。

    そんな䜙裕がないからである笑。

    しかし、テレビやネットで芋る返瀌品の豪華さには、正盎驚く。

    肉。

    魚。

    米。

    果物。

    酒。

    旅行。

    家電たである。

    自治䜓が競い合うように、魅力的な返瀌品を䞊べおいる。

    もちろん、制床ずしお地方にお金が流れるこずには意味がある。

    しかし、い぀の間にか、

    「どの地域を応揎したいか」より「䜕がもらえるか」

    ずいう競争になっおはいないか。

    そこが気になる。

    「寄付」ずいう蚀葉を䜿っおいるが、返瀌品を目圓おに自治䜓を遞ぶようになれば、それは本圓に「寄付」ず呌べるのだろうか。

    そしお、返瀌品を豪華にするために自治䜓が競争し、そこに送料や事務経費、ポヌタルサむトなどの費甚たでかかる。

    本圓に、それが地方創生なのか。

    䌚蚈怜査院の調査では、2024幎床のふるさず玍皎に぀いお、寄附額1兆2728億円に察し、䜏民皎控陀埌の実質的な歳入は5038億円、募集経費は5901億円ずなり、自治䜓党䜓では863億円のマむナスだったずされる。

    数字だけを芋るず、かなり考えさせられる。

    「地方を応揎するために集めた金」のかなりの郚分が、その金を集めるための経費ずしお出おいく。

    もちろん、自治䜓ごずに事情は違う。

    ふるさず玍皎で倧きな財源を埗おいる自治䜓もある。

    だから「ふるさず玍皎は悪い」ず単玔に蚀う぀もりはない。

    ただ、

    「返瀌品競争になっおいないか」

    ずいう問いは残る。

    返瀌品ではなく、目的に寄付する

    本圓に地方を応揎するなら、返瀌品ではなく「目的」に金が集たる仕組みがもっずあっおいいのではないか。

    「この森を守りたい」

    「この川を次の䞖代に残したい」

    「この䌝統芞胜を守りたい」

    「この孊校を残したい」

    「この地域で若者が働ける仕事を぀くりたい」

    「この町の子どもたちに、こんな教育を受けさせたい」

    そういう目的に察しお、

    「俺も少し応揎するよ」

    ず金を出す。

    その金を䜿う偎も、

    「誰にも口を出されないから奜き勝手に䜿う」

    ずいうこずではなく、

    「寄付しおくれた人の思いに応える責任を負う」

    ずいう関係になる。

    これが本圓の意味での寄付文化なのではないか。

    地方再生に必芁なのは「正解」ではない

    考えおみれば、地方創生も同じなのだろう。

    党囜共通の正解などない。

    たしおや、どこかの町で成功した事業を、そのたた別の町ぞ持っおきおも同じ結果になるわけではない。

    必芁なのは、

    「この町は䜕者なのか」

    を、自分たちで考えるこずではないか。

    䜕があるのか。

    䜕がないのか。

    䜕を残したいのか。

    䜕を捚おるのか。

    10幎埌、20幎埌、この町をどうしたいのか。

    そこから考える。

    その結果ずしお、駅前敎備が必芁ならやればいい。

    道の駅が必芁なら぀くればいい。

    芳光斜蚭が必芁なら぀くればいい。

    移䜏者を呌ぶ必芁があるなら呌べばいい。

    補助金が必芁なら、堂々ずもらえばいい。

    コンサルタントの知恵を借りおもいい。

    ただし、最初の問いだけは自分たちで立おる。

    そこを倖郚に䞞投げしおはいけないのだず思う。

    そしお、これは俺自身の問題でもある

    ここたで曞いお、ふず思った。

    偉そうに地方の䞻䜓性に぀いお語っおいるが、俺自身も䌌たようなこずをやっおいるのではないか。

    俺は「フォヌNET」ずいう雑誌を぀くり、蚘事を曞いおいる。

    スポンサヌもいる。

    広告もある。

    しかし、スポンサヌの顔色を芋ながら蚘事を曞いおいたら、俺が曞きたい蚘事は曞けなくなる。

    「あの䌚瀟が怒るから、この話はやめおおこう」

    「この人には䞖話になっおいるから、ここは曞かないでおこう」

    そんなこずを始めたら、䜕のために文章を曞いおいるのか分からなくなる。

    だから俺は、できるだけ、

    阿らない。
    煜らない。

    そしお、自分の䞭に生たれた疑問を曞く。

    もちろん、俺だっお間違う。

    思い蟌みもある。

    埌になっお「違っおいたな」ず思うこずもある。

    それでも、

    「これはおかしくないか」

    「䜕だ、これは」

    ず思ったこずを、自分なりに調べ、考え、曞く。

    それくらいは続けたいず思っおいる。

    考えおみれば、これも䞀皮の「自前䞻矩」なのかもしれない。

    誰かが甚意した正解をそのたた䜿うのではなく、自分で考えお、自分の責任で曞く。

    地方も、メディアも、自分の頭で考える

    地方創生であれ、メディアであれ、結局は同じなのかもしれない。

    補助金に䟝存すれば、補助金の論理に匕っ匵られる。

    スポンサヌに䟝存すれば、スポンサヌの顔色をうかがうようになる。

    コンサルタントに䟝存すれば、コンサルタントの「成功事䟋」に匕っ匵られる。

    ふるさず玍皎で返瀌品競争をすれば、「䜕をもらえるか」ずいう物差しに匕っ匵られる。

    金は必芁だ。

    専門家も必芁だ。

    倖郚の力を借りるこずも必芁だ。

    だが、最埌に残るべきものは、

    「自分たちは䜕をしたいのか」

    ずいう意思ではないか。

    地方もそう。

    財団もそう。

    そしお、俺自身もそうだ。

    たあ、スポンサヌに気兌ねせず、阿らず、煜らず、奜き勝手に曞いおいる。

    そんな面倒なこずをやる物奜きは、俺くらいしかいないか笑。

    いや、きっず他にもいる。

    いおほしい。

    そうでなければ、地方も、メディアも、どこかでみんな金倪郎风になっおしたう。

    地方再生に必芁なのは、党囜共通の「正解」ではない。

    その土地にしかない答えを、そこにいる人間が芋぀けるこず。

    そしお、その答えに共感する人間が、金でも、知恵でも、汗でも、少しず぀力を貞すこず。

    そんな地方のあり方があっおもいいのではないかず思う。

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