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Photo bykachin808

キャリアコンサル-心音のノート 第7話

    相談者 佐藤美咲のコンサル

    ミドルノート

    「それ、よく使ってるんですね」
     心音の視線が手帳に落ちると、佐藤は少しだけ照れたように笑った。

    「はい。ずっと持ち歩いてます」
     そう言いながら指先で角をなぞる。少し丸くなったその感触がなぜか落ち着いた。
     手帳は昔から好きだった。持っているだけで少し気分が上がる。
    新しいページを開くだけで、何かが始まりそうな気がする。理由なんて考えたことはなかったけれど、たぶん、好きなんだと思う。

     気がつくと、佐藤の意識は少し前の記憶へと沈んでいく。駅前のショッピングモール。特に目的があるわけでもなく、ふらっと立ち寄る場所。その中にある文具店は昔から好きだった。カラフルなペン、整然と並んだノート、手書きのポップ。
    「これ、かわいい!」
    「おすすめです!」
     そんな言葉たちがどこか楽しそうに奏でる。見ているだけでも、店にいるだけでも、少し明るくなれる場所だった。隣には化粧品コーナーもある。新しい色を試しながらぼんやり考える。

    “今日は、どんな顔で仕事しよう”

     そんなことを考える時間も嫌いじゃなかった。そして、いつも最後に戻ってくるのは文具だった。

     手帳とペン。それだけは必ず手元に置きたかった。美咲の好みはフリクションペン。これを選ぶことが多いかな。書いて消してまた書ける。間違えてもいい気がして少し気が楽になるから。でも、ときどきカラフルなペンも使う。ページの端にちょっとした絵を描いたりする。

     電話をしながら無意識に手を動かす。話の内容とは関係のない小さなイラストが自然に表れる。気がつくと、好きなものばかり描いている。それは花だったり、食べ物だったり、なんとなく安心する形のもの。それを見て少しだけ落ち着く。

     どうしてだろう。考えたことはなかった。ただ、そうしている時間が、
    好きだった。


    「…買い物、行きませんか」
     心音の声で意識が戻る。

    「え?」

    「疲れたし、一緒にショッピングモール行きませんか?そしてどこかでおいしいカフェにでも行きましょう。」

     気がつくと佐藤は頷いていた。

     夕方のモールは少しだけ人が多い。でも、不思議と疲れは感じなかった。

    「買い物してると、疲れ取れるんですよね」
     歩きながら佐藤はそう言った。

    「へえ、どうしてですか?」

    「うーん…、楽しいから、ですかね」
     自分でも少し曖昧な答えだった。

     たくさんの色どりあるモールを歩いていくと、明るく光りが差し込む文具店が目に入る。お店に入ると空気が変わる。

    「これ、かわいいですね」
     心音が手に取ったのは淡い色のノートだった。

    「いいですね、それ。その色、落ち着きますよね」

     自然と会話が弾む。

    「このペン、書きやすいですよ」

    「ほんとだ。あ、でもこっちもいいかも」

     気がつくと二人は別々の棚を見ていた。それぞれが、それぞれの“好き”に引き寄せられていく。

     しばらくしてまた同じ場所に戻る。

    「美咲さん、さっきの手帳の話なんですけど」

    「はい」

    「誰に向かって書いてる感じがしますか?」

     その問いにすぐには答えられなかった。ページをめくる。そこには整っていない文字と、自由な線で描かれた小さな絵。

    「…誰にも見せないんですけど」

     ぽつりと言葉が落ちる。

    「でも」

     少し間を置いて佐藤は続けた。

    「なんか…、聞いてくれてる感じがするんです」

     その瞬間だった。音の視線がわずかに変わる。

    「それって、誰ですか?」
     佐藤は答えられなかった。

     けれど、さっきまでとは違う“何か”が胸の奥に触れていた。文具店の明るい光の中で、彼女の目がほんの少しだけ揺れる。

     まだ言葉にはならない。けれど確かに、そこには “誰か”の気配があった。

    第8話

    #創作大賞2026#お仕事小説部門

     
     
     
    人の心の揺れや、誰かに寄り添う時間をテーマに小説を書いています。 『キャリアコンサル 心音のノート』 『心音前夜』(心音のノートの前のお話) 『風の便り心音の栞』(心音のエッセイ) 香りや季節の空気を大切に、やさしい再生の物語を描いています。

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