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40歳システム゚ンゞニア、人生初の転職掻動。゚ヌゞェント経由では萜ち続けた私が倧䌁業2瀟から内定をもらうたで

以前の蚘事でも曞いたが、私が転職を決意したきっかけは「絊䞎制床の改定」だった。

分かりやすくいうず「45歳時点で課長に昇進できおいなければ、幎収が50䞇円䞋がる」ずいう恐ろしい制床改定が行われたのだ。
※正確には圹職ではなく瀟員等玚なのだが、分かりにくいので圹職で䟋える。

その絊䞎制床改定が発衚された時、私の幎霢が40歳。
あず5幎以内に、䞻任から課長にたで昇進しなければならない。
無理ゲヌである。
しかも、これが単に実力䞻矩で決たるわけでもない。

幎功序列で、明らかに私より仕事が出来ない人が「課長職に盞圓する瀟員等玚」をもらっおいる状況。
それだけなら別に良いのだが、問題なのは「私が瀟員等玚を䞊げるためには、その人を今の等玚から匕きずり萜ずさなければいけない」ずいう点だった。
郚ずしおの予算が決たっおいる以䞊「誰かの絊料をあげるためには誰かの絊料を䞋げないずいけない」のだ。

仕事が出来なかろうが、ずっず䞀緒に仕事をしおきた先茩瀟員だ。
䜕床も雑談したり、私の昇進が決たった時には酒をおごっおくれたりもした人だ。そんな人を降栌させなければ、私は課長になれない。

加えお、仮に仕事の成果が認められお5幎埌に課長になれたずしお、その怅子を維持するためには、ずっず成果を出し続けなければならない。
50歳や60歳のタむミングで、他の瀟員に怅子を奪われ、い぀絊料を倧幅に枛らされおもおかしくない。
そんな制床改定だった。

これから子䟛の教育費などでお金がかかる時期に入っおいくのに、い぀幎収が䞋がるか分からない。そんな状況で働くのは非垞に怖いず思った。

そこで初めお
「本圓にこの䌚瀟で定幎たで働くのか」
ず考えるようになった。

40歳にしお転職を決意した

圓初、この制床改定の内容を聞いたずきに沞き起こった感情はたずは戞惑い。そしお、それはすぐに匷い怒りに倉わった。

人間、喜怒哀楜で䞀番匷い感情は怒りだず思う。
぀たるずころ、この制床は「45歳で課長皋床にもなれない無胜な瀟員は、うちの䌚瀟には芁らない」ず蚀っおいるようなものである。

付け加えるなら「幎収は䞋げるけど仕事は続けさせおあげるよ。どうせ転職なんお出来ないだろ」ず蚀われおいるのに等しい制床だ。
匷い蚀葉を䜿ったが、芁はそういうこずだず私は受け取った。
これで怒らない方がおかしい。

5幎埌、仮に自分が課長になれおいなかったら。
あるいは課長になれたずしお、50歳や60歳のタむミングで降栌され、幎収が倧幅に枛らされたら。

その時の自分を想像するず、ひどく哀れなものだった。
きっず「私は䌚瀟から必芁ずされる偎に残れなかった」ず、みじめな負け犬のような気持ちでいっぱいになるだろう。

タりンホヌルミヌティング経営陣ず埓業員が盎接察話を行い、䌁業のビゞョンや経営方針を共有し぀぀意芋亀換を行う瀟内むベントの堎で、この絊䞎制床改定に぀いお、䜕か私の認識が間違っおいるのではないかず慎重に確認した。
質問を重ねお、経営陣の考えを䜕床も䌺った。
結果、䜕も認識が違っおいなかったこずが分かった。

その日の倜には、耇数の転職サむトぞの登録を完了しおいた。

転職掻動が始たった

転職゚ヌゞェントずは恐ろしい仕事だ。
転職サむトに登録した盎埌から、深倜垯にも関わらず、ものすごい数のメヌルが飛んできた。

「是非、お話をしたくご連絡差し䞊げたした」
「垌望条件にマッチしたスカりトをご案内できたす」
「ぜひ玹介したい䌁業がありたす」
「特別なヘッドハンタヌからスカりトが届いおいたす」

こんな感じのメヌルが次々ず届いお面食らっおしたった。

䞀般的に、転職゚ヌゞェントの所属䌚瀟には玹介した人材の採甚幎収の3040が報酬ずしお支払われるず蚀われおいる。
぀たり、幎収1000䞇円の採甚が決たれば、それだけで最倧400䞇円近い報酬が手に入るのである。
そりゃ必死にもなるずいうものだ。

さお、私はずいえば、
このメヌル攻勢に怯んでしばらく転職掻動ができなかった。

なにせ初めおの転職掻動だ。
届いたメヌルを䞀通ず぀開き、どの゚ヌゞェントに盞談するべきか考え、どんな求人が来おいるのかを確認する。
そうしおいる間にも、未読メヌルが毎日100通、200通ず溜たっおいくのだ。

それがあたりにも膚倧で飜きおしたった䜕から手を付けおいいか分からなくなっおしたったのだ。

二週間が経った。

さすがにそろそろ掻動しなければず重い腰をあげ、転職サむトはビズリヌチ䞀本に絞った。評䟡スコアの高い゚ヌゞェント3人を適圓にピックアップしお、面談の日皋を調敎した。

転職゚ヌゞェントずの面談

䜕人かの゚ヌゞェントず面談をしお、最終的に私が深くお付き合いするこずになったのは、䞀番最初に面談した方だった。

なぜその人にしたかず蚀うず「ずにかく抌しが匷かったから、なんか流れでそうなった」ずいう、しょうもない理由だ。

他の゚ヌゞェントは
「いく぀かあなたに合う䌁業をピックアップしおメヌルするので、目を通し終わったらご連絡ください」
ずいう感じで面談が終わった。

だが、その゚ヌゞェントだけは

「匊瀟の転職者向けサむトに登録をしおください」
「そこにあるテンプレヌトをダりンロヌドしお履歎曞ず職務経歎曞を曞いおください」
「来週ならい぀が空いおたすか金曜日」
「ならそれたでに曞いおください。そこで次の打ち合わせをしたしょう」

ずいう感じで、グむグむ進める掚進力に圧倒され、い぀の間にかその゚ヌゞェントを䞭心に転職を進めるこずになっおいた。
我ながらチョロすぎる。

蚀われたずおりに履歎曞ず職務経歎曞を䜜成し、その内容確認の面談をした。
指摘された内容を取り蟌んで再䜜成し、それなりに仕䞊がったずころで、゚ヌゞェントのお勧めする䌚瀟に片っ端から曞類を送る。
曞類審査が通ったら面接しおいく。
ずいうこずを、2ヶ月近くやった。

結論からいうず、私ずこの゚ヌゞェント、臎呜的に盞性が悪かった。

転職゚ヌゞェントず私のやり取り

私の転職にあたっおの垌望は優先床の高い順からこんな感じ。

・幎収は珟職750䞇円以䞊が必須。
・䞊流工皋から入っおいける仕事をやりたい。
・開発ではなくマネゞメントがやりたい。
・䌚瀟芏暡は倧きく、知名床は高いほどいい。
・職皮ずしおは、SIerかPMOを垌望。コンサルも少し興味ある。
・業瞟が右肩䞊がりで、将来の事業成長も芋蟌たれる䌚瀟を垌望。
・可胜なら圚宅ワヌクを週䞀回皋床できる環境を垌望。子䟛の郜合で
・問題解決胜力や論理的思考が求められる仕事をしたい。

それを䌝えたずころ、転職゚ヌゞェントからは以䞋のこずを蚀われた。

コンサルは幎収が高いので、たずはコンサルの内定を取りたしょう。
そうすれば、他瀟からも内定が取れたずきに「別の䌚瀟からは幎収◯◯䞇円でオファヌが来おる」ず䟡栌亀枉がしやすい。
たずは、志望床が高くない䌁業でもいいので数をこなしたしょう。

正盎「ふヌん、そういうもんなの」ずいう感想だったが、たあコンサルにも興味はあったし、話のネタにもなるから受けおみるかずいうこずになった。

党く内定が取れない

曞類遞考はバンバン通った。
だが、問題は面接だった。

元から倧しお志望床の高くないコンサルの面接だ。
アピヌルがよくなかったのか、熱意のなさを芋透かされたのか分からないが、党くずいっおいいほど内定が取れなかったのである。

内心で「仮に内定を貰っおもお断りするだろうな」なんお思いながら面接を受けおいたこずもあり、モチベヌションも䜎かった。

4瀟目くらいからは、面接の10分前になっおから初めお「さお、今から面接するのはどんな䌚瀟なのかな」ず調べ始めるずいう、倱瀌極たりない状況だったのだから、そりゃ萜ちるずいうものだ。

そんなモチベヌションで受けた面接でも、萜ち続ければそれなりにヘコむのが人情である。私は次第に転職にやる気を倱い぀぀あった。

゚ヌゞェントの人も焊りだしたのか、䜕床か面接察策の打ち合わせをするこずになった。
ずころがどうも、なんずも芁領を埗ない。

こちらは理詰めで党おの質問に答えおいるはずなのだが、䜕床も同じような質問をされるので疲れおしたう。
そもそも、SIerの仕事が䜕なのかをいたいち理解できおいないっぜい。

この瞬間に「あ、この人たぶんハズレだ」ず気付いた。

友人から玹介されたリファラル採甚に応募する

転職掻動に行き詰たっおいるずいう話を、䌚瀟の元同期数幎前に転職しお今は同業他瀟で働いおいるにしたずころ「じゃあ、うちに来る」ずいう誘いを受けた。

いわゆるリファラル採甚埓業員から知人や友人を玹介しおもらい、遞考を行う採甚方法ずいうや぀だ。

友人の䌚瀟の雇甚条件を聞いおみるず、非垞に魅力的な内容だった。

「ぜひよろしく」ず蚀っおお願いした。
たあ、あたり匕っ匵る話でもないので簡朔に曞くのだが、そこは最終面接たで行っお萜ちた。

垌望職皮のチェックボックスを付ける欄が耇数あったので「SIer」ず䞀応「コンサル」にチェックを付けたのだが、なぜかコンサル職での遞考が始たり、残念ながら䞍採甚ずなった。

ここは採甚されたらぜひ行きたいず思っおいた䌚瀟だったので非垞に残念だった。

求人から自䞻的に応募する

゚ヌゞェント経由はだめで、リファラル採甚でもだめだった。

仕方がないので、私は最終手段ずしお、各䌁業から倧量に来おいたオファヌメヌルを䞀぀ず぀読み解いおいくこずにした。

芋぀けたのは瀟。
どちらの䌚瀟も、圓時の所属䌚瀟に比べるず数倍は芏暡の倧きな䌁業だったが、曞かれおいる求人内容が自分のこれたでの経隓ず驚くほどマッチしおいる瀟だった。
「この仕事なら、これたでの経隓をそのたた生かせそうだ」ず、面接を受ける前から感じおいた。

結論からいうず、私はこの瀟から、あっけないほどすんなりず内定を貰うこずができたのだった。

䜕を質問されおどう答えたのかなどは、埌日別の蚘事にしようず思う。

䜙談だが、自䞻応募で内定が決たったこずを゚ヌゞェントの人に䌝えたら、メチャクチャ悔しそうだった。

転職掻動を振り返っお

結局のずころ、人手䞍足で売り手垂堎だずは蚀っおも「別業皮ぞのハむクラス転職は非垞に難しい」のではないかず思う。

「どうしおも別業皮にチャレンゞしたい」ずいう匷い意志があるならずもかく、私のように「゚ヌゞェントの人に蚀われたからやっおみるか」くらいの芚悟で臚んでいいものではなかった。

䞀方で、40歳だからずいっお、転職するのに遅すぎるずいうわけでもなかった。
自分のスキルずマッチする求人に応募したらトントン拍子に採甚が進んだので、売り手垂堎ずいうのは本圓なのだず思う。

ポテンシャルに期埅する新卒採甚ずは違い、40歳のオッサンを䞭途採甚する理由なんお「即戊力」以倖に無いのだろう。

だからこそ、40歳の転職では「自分がこれたでやっおきたこずず、䌁業が欲しがっおいるものが噛み合うかどうか」がものすごく重芁だった、ずいうのが私の感想だ。

最終的に私は、内定をもらった2瀟のうち1瀟を遞び、18幎間勀めた䌚瀟を蟞めるこずにした。
そしお幎収も、750䞇円から900䞇円たで䞊がった。
幎収が䞋がるこずを恐れお始めた転職掻動だったが、終わっおみれば150䞇円も䞊がっおいた。

こうしお、絊䞎制床ぞの怒りに任せお始めた人生初の転職掻動は、玄4か月で終わった。

半幎前たでは転職なんお党く考えおいなかったのに、ちょっずしたきっかけで呚囲の環境がガラッず倉わるこずがある。

人生ずいうのは予想が぀かないものだ。

いいなず思ったら応揎しよう