
☕ Café Solas — Season 5 Episode 10 (最終話) 余白のまま
夕方のCafé Solas。
外の光が、ゆっくりと店内に沈んでいく。
照明はまだ落ちていない。
けれど、カウンターの上だけが、少しだけ静かに見えた。
アキラはカップを並べている。
ひとつ。
ふたつ。
……六つ。
「多くない?」
ケンタが言う。
「そうか?」
「そうだろ」
「来るかもしれないし」
「その“かもしれない”で六個出すなよ」
「来なかったら、二人で飲む」
「だから量の問題じゃねえって」
ケンタが小さく笑う。
――――――――――
ドアベルが鳴る。
タクヤが入ってくる。
「なんか、もう始まってる?」
「始まってはない」
「じゃあ途中か」
そう言って、自然にカウンターに座る。
少しして、ミユキとアイが入ってくる。
「なにこれ、集合?」
「別に」
「別にで揃うの怖いんだけど」
「偶然だろ」
「精度高すぎ」
小さく笑いが落ちる。
さらに少し遅れて、サチが顔を出す。
「あ、やっぱりいる」
「“やっぱり”ってなんだよ」
「なんとなく」
「今日それ多いな」
「じゃあ、そういう日なんでしょ」
六人が揃う。
でも、特別なことは何も起きない。
いつもの延長みたいに、ただそこにいる。
――――――――――
ケンタがカップを手に取る。
「で、なんの集まり?」
「さあ」
アキラもカップを持つ。
「ただの夕方だろ」
タクヤ
「それにしては人数多いけどな」
ミユキ
「こういう日もあるでしょ」
アイ
「説明いらないやつ」
サチ
「便利だな、それ」
……少しだけ笑う。
店の奥で、時計の音が小さく鳴る。
ケンタ
「……なあ」
誰も返事はしない。
でも、全員聞いている。
ケンタは少しだけ迷って、言葉をやめる。
「……やっぱいいわ」
タクヤ
「気になるだろ」
「今じゃない気がする」
「なんだそれ」
「なんとなく」
それ以上は、誰も追わない。
――――――――――
アキラがカウンターの奥に手を伸ばす。
「灯り、つけるか」
「まだ見えるだろ」
「見えるうちにつける」
スイッチの音。
店内の灯りが、ひとつだけ落ち着いた色に変わる。
誰も乾杯はしない。
誰も締めない。
ただ、それぞれがカップを持っている。
タクヤ
「……で、これ、誰が片付ける?」
ケンタ
「それ最初に決めとけよ」
ミユキ
「ケンタでしょ」
「なんでだよ!」
アイ
「一番文句言ってるし」
サチ
「適任」
「理不尽すぎるだろ!」
笑いが広がる。
その日が特別だったかどうかなんて、
あとからじゃないと分からない。
ただ、
六人がそこにいた。
それだけだった。
Café Solas の灯りは、
今日も変わらず、そこにある。
閉店の時間が近づいても、誰も急いで帰ろうとはしなかった。
むしろ、少しずつ“余白”が増えていくみたいに、会話の間が伸びていく。
ケンタが皿をまとめながらぼそっと言う。
「こういうのさ、なんて言うんだろうな」
ミユキがすぐに返す。
「さあね。名前つけたら終わりそう」
「終わらせる気はない」
アキラが静かに言う。
その言葉だけ、やけに軽くない。
タクヤがカップを置く。
「じゃあ、未定でいいんじゃない?」
アイが少し笑う。
「それが一番しっくりくるの、ずるいよね」
サチは窓の外を見ている。
夜の気配が、ガラスの向こうに滲んでいた。
「……この店さ」
サチがぽつりと言う。
「何も起きてないのに、ちゃんと何か残るよね」
誰もすぐには返さない。
その沈黙は、否定じゃなくて、確認に近い。
アキラがカウンターに手を置く。
「起きてないから残るのかもしれないな」
ケンタが小さく笑う。
「それ、ちょっと怖いこと言ってない?」
「そうか?」
「そうだろ」
でも、誰もその“怖さ”を壊そうとはしない。
むしろ、そのまま置いておく。
それが、この店のやり方だった。
時計がひとつ進む。
カチ。
アキラが立ち上がる。
「そろそろだな」
ケンタも続く。
「だな」
タクヤが荷物をまとめる。
「また明日」
アイが手を振る。
「うん、またね」
サチは少しだけ遅れて立ち上がる。
「……また明日も、ここにいていい?」
アキラは振り返らずに言う。
「いない理由がない」
それだけ。
ドアベルが鳴る。
カラン。
ひとりずつ、外へ出ていく。
最後に残るのは、いつも通り、光だけになる。
アキラは灯りを見上げる。
ケンタが鍵を回す音がする。
タクヤが外で軽く手を振る。
ミユキが何かを言って笑っている。
アイが空を見ている。
サチが少しだけ立ち止まる。
でも、誰も呼び止めない。
それでいいと、全員が思っている。
――――――――――
扉が閉まる。
静けさが戻る。
それでも、空っぽではない。
アキラはカウンターに戻る。
残ったカップをひとつずつ見て、
そして、最後に一言だけ呟く。
「……余白、か」
誰に向けた言葉でもない。
でも、ちゃんと届いている気がした。
Café Solas。
そこは今日も、
何かが“終わらないまま続いている場所”だった。
