
Episode 7 「寒くて布団から出られない話」🛌
朝の Café Solas。
開店したばかりの店内は、まだ静かだった。
コーヒーの香りがゆっくりと広がる中、ケンタがマグカップを両手で包みながら、大きなため息をつく。
「なあ」
タクヤが苦笑する。
「その始まり方、今日は何?」
アキラはコーヒーを淹れながら聞く。
「また何か考えたのか」
ケンタは真剣な顔で言った。
「布団ってさ」
「最強じゃない?」
一瞬の沈黙。
タクヤが静かに頷く。
「それは認める」
「早いな」
ケンタが笑う。
「いや、あれは強い。」
アキラも小さく口を開く。
「冬限定ならな。」
「おっ、珍しく賛成した。」
「事実だから。」
ケンタは身を乗り出す。
「朝さ。」
「起きようとは思うんだよ。」
「思うだけで終わる。」
「あるな。」
タクヤも笑う。
「あと五分。」
「あと三分。」
「あと一分。」
「気付いたら三十分。」
「そう、それ!」
ケンタは指をさす。
「絶対、布団が離してくれない。」
アキラが首をかしげる。
「逆だ。」
「え?」
「自分が離れたくないだけだ。」
「言い方。」
「現実はだいたいそうだ。」
少し笑う。
タクヤがコーヒーを飲む。
「でもさ。」
「布団って、なんか安心するよな。」
「分かる。」
ケンタがすぐ返す。
「全部忘れられる。」
「忘れてる場合じゃない日もあるけどな。」
タクヤが苦笑する。
「仕事の日とか。」
「それは思い出したくない。」
ケンタは天井を見上げた。
「もしさ。」
「布団に超能力があったら?」
タクヤが吹き出す。
「また昨日の続きか。」
「絶対あるって。」
「『もう少し寝てていいよ』って誘惑してくる。」
「怖い能力だな。」
アキラが静かに言う。
「それは能力じゃない。」
「何?」
「自分の本音だ。」
「うわ。」
「言われた。」
少し笑う。
窓から朝の光が差し込む。
ケンタはぼんやり外を見る。
「でもさ。」
「布団から出る理由って何なんだろうな。」
タクヤは少し考える。
「待ってる人がいるとか。」
「仕事とか。」
「約束とか。」
アキラは静かに続ける。
「今日を始めるため。」
ケンタは小さく頷く。
「……それがなかったら?」
一瞬だけ静かになる。
タクヤが優しく笑う。
「それでも腹は減る。」
「現実だな。」
ケンタも笑う。
「確かに。」
アキラはコーヒーカップを三人の前へ置いた。
「居場所は、布団だけじゃない。」
ケンタが顔を上げる。
「例えば?」
アキラは店内を見回す。
「ここもそうだろ。」
少しだけ間が空く。
タクヤが静かに笑う。
「朝からいいこと言うじゃん。」
「珍しい。」
「事実だから。」
三人が笑う。
店のドアベルが鳴る。
カラン。
「いらっしゃいませ。」
朝が、ゆっくりと動き始める。
外は少し寒い。
それでも今日も、人は布団を出て、誰かに会いに行く。
Café Solasもまた、そんな一日の始まりを静かに迎えていた。