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☕ Café Solas: < Fragments > – 記憶のレシピ 第二章 禁断のレシピ

    店内には、いつの間にか静けさが戻っていた。

    だが、それはさきほどまでの穏やかな静けさとは違う。

    どこか、張りつめた空気だった。

    アキラはカウンターの上に置かれた手帳を、もう一度ゆっくりと開いた。

    古い紙の匂いが、かすかに立ち上る。

    ページには、祖父――佐伯修一の文字が並んでいた。

    整った、落ち着いた筆跡。

    しかし、書かれている内容は奇妙だった。

    「午後の光を半分」

    「遠い夏の記憶を一滴」

    「沈黙を三分、静かに混ぜる」

    ケンタが思わず口を開く。

    「……ポエム?」

    「レシピ、らしい」

    アキラは小さく言った。

    ケンタは顔をしかめる。

    「いやいや、どう見ても料理じゃないだろ」

    タクヤが手帳を覗き込む。

    「でも、分量の書き方はレシピっぽいよな」

    たしかにそうだった。

    材料。

    時間。

    順序。

    構造だけを見れば、完全にレシピの形式だ。

    だが、材料が普通ではない。

    「記憶」

    「沈黙」

    「光」

    そんなものが並んでいる。

    カウンターの前に立つ女性が、静かに言った。

    「祖父は、研究者でした」

    三人の視線が彼女に集まる。

    「大学で、脳科学を研究していたんです」

    アキラは手帳から目を上げた。

    「脳科学?」

    「はい」

    彼女はうなずく。

    「記憶と感覚の関係を研究していました」

    タクヤが興味深そうに言う。

    「味覚とか?」

    「そうです」

    女性は少しだけ安心したように話し始めた。

    「人は、味や香りで記憶を思い出すことがありますよね」

    ケンタが頷く。

    「あー、あるある」

    「子供の頃のカレーの匂いとか」

    「そうです」

    女性は続けた。

    「祖父は、その現象を研究していました」

    アキラの指が、手帳の上で止まる。

    「味覚と記憶は、脳の中でとても近い場所にあるんです」

    女性はそう言った。

    「祖父は言っていました」

    少しだけ遠くを見るような目で。

    「もし記憶を“レシピ”として再現できたら、人は過去をもう一度体験できるかもしれない、と」

    店内が、静まり返った。

    ケンタがぽつりと言う。

    「それって……」

    「タイムマシンみたいな話じゃない?」

    女性は小さく首を振った。

    「いいえ」

    そして静かに言った。

    「記憶の再現です」

    アキラは、もう一度ページをめくった。

    そこには、少し違う内容が書かれていた。

    今度は、詩ではない。

    数式だった。

    神経反応。

    嗅覚刺激。

    脳波パターン。

    そして、ページの端にはこう書かれている。

    「レシピ完成には、最後の材料が必要」

    ケンタが顔を近づける。

    「最後の材料?」

    タクヤが眉を上げる。

    「何だろうな」

    女性は静かに答えた。

    「それが、分からないんです」

    三人は顔を見合わせた。

    「祖父は」

    女性は続けた。

    「その材料を見つけるために研究を続けていました」

    そして、少しだけ声を落とす。

    「でも、突然いなくなったんです」

    店の外を、風が通り過ぎた。

    窓際の席。

    祖父が座っていた場所。

    そこには今、夕方の光が差し込んでいる。

    アキラは、ゆっくりと手帳を閉じた。

    そのときだった。

    店の扉が、再び開いた。

    カラン。

    入ってきたのは、一人の男だった。

    黒いコートを着た、背の高い男。

    ゆっくりと店内を見回す。

    男の視線は、カウンターの上に置かれた手帳に釘付けになっていた。

    まるで、
    喉元に刃を突きつけられたかのような、
    奇妙な圧迫感。

    男は静かに、
    しかし有無を言わせぬ響きを含んだ声で言った。

    「……ようやく見つけた」

    店内の時間は、その瞬間、完全に停止した。


    第三章 黒崎という男

     
     

    和人

     
     
    和人 52歳。 放送大学で学びながら、 小説『Café Solas』を執筆中。 就職氷河期世代として、 仕事・学び直し・健康・老後について考えています。 50代のリアルな日常と、 学び直しの記録を発信しています。 小説とエッセイを中心に更新中。

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